第149話
三頭の馬が茜色の風景をかける。もうすぐ夕暮れだ。
セレスティアはフィオレと、オリヴィアはナターシャと、レンツィオはユーリと同じ馬にまたがっている。
最初はすごいすごいと興奮していたユーリではあったが、二日目の夕方ともなると、もう乗馬にも飽きてきていた。
飽きてきたが、激しく揺れる馬の上では寝るわけにもいかない。
馬の上では錬金術もできないし、もちろん鍛冶もできない。暇である。
何十回目の大あくびをし、日課の魔力遊びをする。体内の魔力をぐるぐるぐるぐる。
もうやりすぎて無意識でも出来るが、ほかにやることも無いのでしょうがない。
「レンツィオ。何かお話して」
「お前、それ何回目だよ……。もうおもしれぇ話なんてねぇよ」
この二日間ずっと同じ馬にまたがっていて、やることなど会話くらいしかない。
レンツィオも退屈なので話をすること自体はやぶさかでは無かったが、さすがにもうネタが尽きていた。
「モニカとのご飯はどうだったの?」
「なんでてめぇにンな事話さなきゃなんねぇんだよ!」
「だって退屈なんだもん。レンツィオってモニカのどこが好きなの?」
「あぁ? まぁそりゃ、あれだ。芯があるところだな」
「ふーん。昔はナメクジ女とか言ってたのにね」
「何年前のこと掘り返してんだボケ! 馬から突き落とすぞ!」
仲良く? 会話をしているうちに、ようやくミネ湿原に一番近い村へとたどり着いた。
馬から降り、肩を回したり伸びをしたりする一行。流石に体がバキバキだ。
「さてと、それじゃちょっと馬預かってくれるところを探してくるわね」
小さな村だ。馬宿なんてものあるわけがない。オリヴィアは村長と交渉し、五万リラで預かってもらうことになった。
「宿屋なんてものは無いから、もう少し離れたところに野宿しよう」
ぞろぞろと歩いて村を出るときに、一人の老婆に話しかけらる。
「あんたたち、冒険者かい? おおかた大亀のところに行くつもりだろうが、悪いことは言わない、辞めておいたほうがいいよ」
「ご忠告ありがとうございます。でも、行かなくちゃいけない理由があるので」
全く聞く耳を持たないオリヴィアが言うと、老婆が大きくため息をつく。
「若い頃は、若さが宝だってことに気がつきゃしない。金銀財宝なんかより、健康がよっぽど大事だっていうのにねぇ。はぁ、ひとつふたつみっつ、合計6つ。墓石を用意しておくかねぇ。若者が死ぬのは、いつになっても辛いもんだよ」
ブツブツと縁起でもない独り言を言いながら去っていく老婆にオリヴィアが頬を引きつらせた。
「い、良い人なのか嫌な人なのか、判断に迷うわね……」
「それだけ、危険」
「まぁ、ジュエルトータスに挑むっつったら、あんな反応になんのも仕方ねぇよ。気にすんな」
ジュエルトータスは準伝説級の魔物である。討伐は容易ではない。いままでにも多くの冒険者が挑み、屍になってきた。あの老婆は今までにそんな冒険者の墓をいくつも立ててきたのだろう。
老婆のことなどすぐに忘れ、一行は村から少し離れたところに仮拠点を作り、即席の風呂に入り、ナターシャの魔法で疲れを癒す。
準備は万全である。憂いは無い。
◇
「わぁ! すごく広い湿原ですね!」
目の前にどこまでも広がる一面の緑。暖かくなり生えて来たばかりであろう柔らかな草や苔が地面を覆いつくしている。
ところどころに池や小山が形成されており、歩くのに苦労しそうな湿原である。
そんな湿原がどこまでも、数十キロ先の山の麓まで広がっている。
「いくらジュエルトータスが大きな亀と言っても、探すのは苦労しそうね。流石に動いて居れば見つけられるでしょうけど」
ぬかるんだ地面に足を取られないように歩きながらオリヴィアが言う。
「ユーリ、ユニコーンの時みたいに、何か手掛かりは無いのかしら」
「うーん、ジュエルトータスはあんまり資料が無かったんだよね。そもそもユニコーンと違って人間に友好的じゃない上に、討伐記録もほとんどない。大きくて甲羅がダイヤの亀ってことくらいしかわからないや。強いて言うなら、寝るときに地面に潜るはずだから、湿原の中でも地面が荒らされているところがあったら、近くにいるかも」
「それじゃ、ユニコーンと違って目を皿にして探す必要は無さそうね。見晴らしは良いし、適当に探していれば見つかるでしょ」
楽観的に考えてオリヴィアが歩き出す。
時折ぬかるみに足を取られて悪態を吐きつつも、朝の澄んだ気持ちの良い空気の中を進む。東から登った太陽が照り付け、寒さが和らぐ。
「ジュエルトータスって、どうやって甲羅をダイヤにしているのかしら」
何気ない疑問を口にするナターシャ。それにレンツィオが答える。
「あいつらは鉱山から流れる水を含んだ土を食べる。その中に含まれてる成分を魔法で甲羅にしてるってわけだ。ミネ湿原にいるやつはほとんどがダイヤだが、場所によっちゃ、ルビーとかアメジストとか他の宝石で甲羅が出来ているやつもいるらしいぜ。住むところによって甲羅の種類が変わるってわけだ」
「……あなた、意外と物知りなのね。見た目は軽薄そうなのに」
「泥に沈めんぞヒョロガキが」
出会って数日しかたっていないが、そんな軽口を言い合うナターシャとレンツィオ。
そんな二人を見てオリヴィアが言う。
「領主の娘とスラム街産まれの冒険者がこうやって普通に話してるのって、なんだか不思議ね。普通なら絶対に関わり合うことが無い二人なのに」
「そう? 領主の娘でもスラム出身でも同じ人間だし、普通じゃない?」
「ユーリって本当に分け隔て無いわよね。この前なんてスラム街から女の子拾って来るし」
「みんな僕に協力してくれるいい人だよ!」
「……分け隔てが無いっていうより、究極に自分本位と言った方が正しそうね。自分に協力してくれるなら極悪人でも悪魔でも仲間にしそう」
「あ、あはははは……ユーリ、今度からお友達にしたい人が出来たら、まずお姉ちゃんに相談してね?」
「どうして?」
「どうしてでも。良い?」
「良く分からないけど、分かった!」
「絶対分かってないじゃないそれ……」
元気よく返事をするユーリにオリヴィアはあきれ顔で、フィオレは困り顔である。
他愛の無い話をしながら捜索をするも、目的のジュエルトータスは一向に見当たらない。太陽はすでにてっぺんまで登り、西に傾こうとしている。
太陽に照らされて温められた地面が、モゾリと動いた。少し離れたところだが、オリヴィアの目はそれを見逃さなかった。
「警戒!!」
オリヴィアが叫ぶ。咄嗟に全員が臨戦態勢をとった。
地面からもぞもぞと出てきたそれは……
「蛙?」
体長1メートルほどの、まんまるな形の蛙であった。
ミネ湿原で、初めての敵との遭遇である。




