第146話
ムッスー
エレノアの研究室でオリヴィアが拗ねている。
オリヴィアはどちらかと言えば、いや、どちらかと言わなくても自分を律するタイプである。
自堕落な生活を嫌い、我儘を言わず、嫌なことでも必要であれば文句を言わずこなす。
身の丈に合った生活をするし、羽目を外すことも少ない。酒に溺れることだって殆どない。
無法者や厄介者が多い冒険者ギルドの中でも、優等生として扱われる冒険者、それがオリヴィアその人である。
そんな彼女だが、今はまるで子供のように拗ねていた。
ここ一週間、セレスティアの屋敷には戻っておらず、エレノアの研究室で自堕落な生活をしている。
……自堕落な生活とは言いつつも、きちんと掃除洗濯家事を行っているので、エレノアやセレスティアよりもよっぽど規則正しく清らかな生活なのだが。
規則正しく朝早くに起き、きちんと着替え掃除洗濯をし、毎日お風呂に入って整えたベッド(エレノアの)に寝る。
自堕落になりきれない彼女の唯一の反抗、それは
「ご飯買ってきて。お肉系の奴」
炊事の放棄である。
あの日からオリヴィアは料理を一切していない。
全て露店のもので済ませている。ちなみに買いに行くのはユーリだ。
オリヴィアからの命令があれば、ユーリは文句の一つも言わずに中央市場まで買いに走る。
不可抗力とはいえ、ミスリルの細剣を作る約束をして、それを破る形になったのだ。これくらいでオリヴィアの気持ちが収まるのならば安いものだ。まぁ、収まってはいないが。
急いで買ってきたご飯をオリヴィアに渡すと、オリヴィアは一口食べてから眉間に皺を寄せた。
美味しくない。いや、美味しくないことはないが、自分で作ったほうがよっぽど美味い。
大きくため息を吐き、食べかけのローティ(薄いパンに野菜や肉を挟んだもの)を錬金台の上に置く。
そして一言。
「私のミッピー……」
ちなみにミッピーとは、まだ持っていないミスリルの細剣のことである。オリリンよりはましなネーミングだ。
一週間、この調子で炊事をストライキしている。
ユーリとエレノアは良い。オリヴィアがいてくれれば部屋が綺麗に保たれるのでむしろ恩恵のほうが大きい。
しかし、オリヴィアのストライキに耐えられない者が約1名。
「オリヴィア、ご飯、作って……」
オリヴィアにガッツリ胃袋を掴まれた麗しの銀級冒険者が、空腹に耐えきれずやってきたのだった。
◇
「ごめん」
「……」
「オリヴィアの気持ち、考えてなかった」
「……」
「いつも、ごはんありがとう」
「……」
「片づけも、ありがとう」
「……」
「私も、銀の手に入れ方、考える」
「……本当?」
「うん。がんばる」
「……分かった。私こそ、ごめん。大人気なかった」
正座したセレスティアが謝ること一時間。ようやくオリヴィアの怒りが収まった。
そっと見守っていたユーリとエレノアがホッと息を吐く。
「私も本気でジュエルトータスが狩れるとは思ってなかったのよ。ただ、どうしてもミッピ……ミスリルの武器があきらめきれなくて。何かいい方法ないかしらね」
金や銀のとれる鉱山は全てベルベット領都の持ち物だ。勝手に彫りに行くことはできない。そのため欲しければ自力で銀の採れる場所を探さなければならないのだが、そう簡単に見つかるわけもない。
度々鉱石をあさりに出かけているラウラでさえ、まともな銀鉱山など見つけたことは無い。
少量だけ銀が含まれる鉱石を集め、小さなインゴッドを作るくらいが関の山だ。レイピアを造れるほどの銀など夢のまた夢である。
そうなると、やはり。
「ジュエルトータスを狩るしか……」
「それは無理」
オリヴィアが言いかけるも、やはりセレスティアに即否定される。
しかし、今回はユーリからの応援が入った。
「倒さなくてもさ、銀が手に入ればいいんだよね?」
「どういうこと?」
オリヴィアの問いに答える。
「ちょっとジュエルトータスについていろいろ調べて見たんだ」
オリヴィアの落ち込み様はそれはそれは見ていて居た堪れないものがあった。原因の一端となるユーリは責任を感じて色々と調べていたのだ。
「まず、ジュエルトータスを倒すことは出来ない。これは僕もセレスティアと同意見なんだ」
「たったら駄目じゃない」
少し期待に目を輝かせたオリヴィアが、落胆のため息を吐く。
「ううん。そうでもないよ。例えばさ、ほら、こういうこと」
ユーリは腰に下げたシースナイフを抜くと、己の白い髪を少し切る。
オリヴィアとセレスティアは訳が分からず首をひねる。
しかし、エレノアはユーリの言いたいことに気がついた。
「なるほど、木竜の鱗と同じ考えですね」
「そう。僕たちが欲しいのはあくまでも『銀』であって、ジュエルトータスの命ではないんだ。ナイアードのリオから切った髪を、ユニコーンのユーニから抜けた角を貰うように、ジュエルトータスの背中の銀鉱床から、少しだけ銀を分けてもらえればそれで良いんだ」
「なるほど、一利あるわね……」
オリヴィアが納得したように呟く。確かにそのとおりだ。冒険者はどうしても魔物素材の採取依頼を討伐依頼と混同しがちだが、目的さえ達成出来れば倒す必要など無い。
「というわけで、ティア、どうかしら?」
ユーリの提案にセレスティアがしばらく考えこみ、言った。
「かなり難しい、けど、可能性はある」
「っしゃ!」
セレスティアの回答にオリヴィアがガッツポーズを決める。
行くのであれば、ユーリ達学生組が長期休暇である今しかない。
仲良し組は慌ただしく動き始めた。




