第145話
中等部2年の学年末特別試験を終え、オリヴィアが待ちに待った、学園の長期休暇の時期となった。
そう、銀を取りに行くのである。そしてユーリに作ってもらうのだ。ミスリル製の細剣を。
やって来たのは以前も来た廃鉱山。メンバーはユーリ、オリヴィア、フィオレ、ナターシャ、そして鍛冶師のラウラである。
ちなみにセレスティアは、
「悪霊、ミスリルの剣でも、切れない。私、役立たず。だから、行かない」
と自らを役立たず呼ばわりしてまで頑なに来なかった。
もっとも、今回に関してはフィオレとオリヴィアでさえ来なくてよかったかもしれない。というのも、
「光の精霊よ、聖なる光となりて悪しき者どもを祓いなさい」
ナターシャがいるからである。
闇属性の魔物にとって、特に悪霊系の魔物にとって光魔法は大敵だ。皆、一瞬で成仏していく。
「光の精霊よ、柔らかな光の珠となりて道を照らせ」
そして廃鉱山の中を煌々と照らす光の珠。フィオレの火魔法と異なり酸素を燃やし尽くすことも無いし、ガスに引火することも無い。
もはや何も怖いもの無しである。
こうなったら廃鉱山もただの採掘場と変わりない。ただラウラが銀を掘って、皆で持って帰るだけである。
しかし、
「……ほとんど採り尽くされておるな」
以前は多く残っていた銀鉱石は、もうほとんどなくなってしまっていた。
「どうして!? 前はたくさんあったじゃない!!」
ようやくミスリルの細剣を手に入れられると喜んでいたオリヴィアが悲痛な叫びをあげる。
「……以前ユーリとオリヴィアが悪霊を一掃したじゃろ。それに気づかれたんじゃろうな。あまり悪霊が出てこないとなれば、ここは恰好の採掘所。銀を求めて皆こぞってやって来たんじゃろうな。ぬかったわ。あの時、全部採り尽くすくらいの意気込みでやっておくべきじゃった」
ラウラが後悔するも、もう遅い。
「塞がってる真ん中の道って、何とかして通れないかな」
ユーリが尋ねるも、ラウラは首を横に振る。
「やめておいた方が良いじゃろうな。無理に崩そうとすれば、この廃鉱山そのものが崩落するやもしれん。そうなったら儂らが新しいレイスかスケルトンになるじゃろうな」
笑えない冗談である。あながち冗談でもないが……
「他に銀の採れる鉱山はないの!?」
「鉱山自体はあるじゃろうが、廃鉱山でもない限り領主が管理しとる。勝手に入って採掘などすれば、最悪首が飛びかねん」
「そ、そんなぁ……私のミスリルの細剣がぁ……」
「元気出してください、オリヴィアさん」
がっくりとうなだれるオリヴィアの背中を、フィオレが慰めるようにポンポンと叩いた。
「それで、もう帰ってもいいのかしら。ここ、じめじめしてて好きじゃないわ」
ナターシャが顔を顰めながら言う。血も涙もない。
「…………を狩るわよ」
「え?」
「ジュエルトータスを狩るわよ! もうそれしかないわ!」
オリヴィアが立ち上がり、大声で叫んだ。
◇
ジュエルトータス。
大きなものは全長30メートルにも及ぶ巨大なその亀の特徴は、何と言ってもその甲羅にある。
世界一堅い物質、ダイヤモンドで作られたその甲羅は強固なだけでなく、どんな魔法も跳ね返すと言われている。さらにダイヤで出来た甲羅の上には、大小さまざまな鉱床が生えているらしい。
当然その亀を狩れば、その者は絶大な富を手に入れることができる。
が、しかし。成獣のジュエルトータスを討伐できたものは未だかつておらず、体長1メートル程度の幼生を狩ったものが片手で数えられる程度いるだけだ。
当然魔物等級は金級。並みの冒険者では相手にすらしてもらえないほどの魔物である。
準伝説級とも呼ばれるジュエルトータスを狩るなんていうことは、当然ながら、
「無理」
そういう事である。
短く言い放ったセレスティアは、この話は終わりとばかりに食事を再開し始めた。今日も働かずに食うオリヴィア手作りの飯がうまい。
「そこを何とかしてよ! あんた銀級冒険者じゃない!」
「無理。相手は金級、その中でも準伝説級。無理、無謀、自殺行為」
今回ばかりはセレスティアの言うとおりである。
そう簡単に狩れるのであれば、誰だって狩っている。そして巨万の富を手に入れるに決まっている。それが出来ないから準伝説級なのだ。
そしてそんなことはオリヴィアも分かっている。何故なら彼女は聡明な銅級冒険者。もう少し銅級としての経験を積んだうえで、何か大きな功績を一つでもあげれば、確実に銀級に昇格できるくらいの力を持った冒険者なのだ。そのくらいは理解できる。
理解できるが、理解できるからといって、納得できるとは限らないのである。
「ティアは良いわよね! 自分はミスリルの武器を貰ってるもんね!」
「パーティ加入に対する、正当な報酬」
「ちょっとは自分の弟子に対するねぎらいとかないわけ!?」
「感謝してる。けど、それとこれとは別。無理なものは無理」
「だったら他に方法考えてよ!」
「分からない。私、金属詳しくない」
全て即答。取り付く島もない。
これにはオリヴィアもキレた。
オリヴィアとて、自分が我儘を言っている自覚はある。あるが、それでも親身になって欲しかったのだ。
可哀そうだねとか、自分ばっかりいい思いしてごめんねとか、いつも美味しいごはんをありがとうとか、そういう言葉が聞ければ留飲もおりたはずだ。
しかし、セレスティアのこの態度。キレもする。
「~~~~っ! もうティアなんて知らない! ご飯だって作ってあげないんだから!」
そう言ってオリヴィアがセレスティアの屋敷を飛び出した。
セレスティアが『仲良し組』に入ってたったの数日で、もう仲良くないことが起こってしまったのだった。




