第141話
「魚が釣れる場所、ですか?」
「そう! 釣りをやってみたくて! 何処かないかなー? 近場なら街の外でも良いんだけど」
ユーリはいつものように冒険者ギルドでモニカに聞きに来ていた。困ったときはモニカに相談である。
「そう……ですね。申し訳ありません。冒険者ギルドではそのような情報は扱っておりません」
残念ながら管轄外の様だ。魔法素材の材料になるレアな魚の捕獲依頼は稀にあるが、ただの食用魚の捕獲依頼など冒険者ギルドには来ない。市場に行けば売ってあるし、頼むなら当然漁師に頼むからだ。
とはいっても、モニカはヒエヒエ君とポカポカ君でユーリに貸しがある。分からないからと何も情報を与えないのも気が引ける。
苦肉の策で魚図鑑を持って来る。
「えーっと……川魚、ですので、ヤマメやイワナ……いえ、これは上流にしか生息しないので難しいですね。となると、鮎……でしょうか」
頑張ってはみるものの、モニカに釣りの知識などない。
「んだよ。釣りにでも行きてぇのか?」
そこに偶然やってきたのは依頼を探しに来たレンツィオである。
「そうなの。いい釣り場無いかな」
「そんなもんギルドで聞いてんじゃねぇよ。東の草原の川に行きゃマスでもハヤでも釣れんだろうが。餌はミミズ掘るか、虫が嫌ならパンでも付けとけ。まぁ、一番釣れるのは川虫だけどな。あと鮎は無理だ。あいつらは苔を食うから釣れねぇよ」
スラスラと情報をくれるレンツィオにモニカが目を丸くする。
「レンツィオ様。釣りをご存知なのですか?」
「まぁな。つーか貧乏な冒険者なら誰だって一度はやってると思うぜ。依頼の度に干し肉なんて到底買えねぇからな」
「存じ上げませんでした……」
モニカは目から鱗が落ちる思いだった。
「レンツィオ様、私から個人的な指名依頼をさせてください。内容はユーリ様に釣りについて詳しく情報を伝達すること。報酬は……そうですね」
モニカは少し悩み、言った。
「お食事一回分で、如何でしょうか」
「……へ?」
思いがけないモニカの言葉にレンツィオが固まる。言葉の意味が理解できなかった。
「も、もしかして……モニカちゃんと?」
「……別の方が良いのであれば、それでも構いません。お手続きいたします」
「い、いや、いい! モニカちゃんがいい! よーし、ユーリ! 釣りについて何でも聞いてくれ! 何なら釣り竿も貸してやるよ!」
やる気満々のレンツィオ。当然だ。何年もの間全く進展のなかった片思いが、ようやく一歩前に進みそうなのだ。嬉しくない訳がない。
過剰なほどの釣りの知識をレンツィオから叩き込まれたユーリであった。
◇
「よーし、釣るぞー!」
「……」
気合い十分といった様子のユーリが右腕を上げる。
セリィもそれに習って無言で左手を上げた。なお右手はユーリと繋いでいる。
場所はベルベット領都東の雑木林、そこに流れている川である。
川幅は10メートルほどで、流れは穏やか。川べりには大きな岩がゴロゴロと転がっている。
「と言っても、まずは餌の確保からなんだけどね」
ユーリは靴を脱いで大きな岩の上に置き、裾をまくってチャプリと川の中に入った。
季節は初秋。残暑の中、足元がひやりと気持ちが良い。
セリィも続いて川に入る。
「虫、大丈夫?」
ユーリの問いにセリィがコクリと頷いた。
セリィはスラム街育ち。人間よりも、気持ちの悪い虫と接する機会の方が多かった。
ユーリが半分水に沈んでいる頭大の石をごろりと転がすと、石の後ろに砂粒の塊が張り付いている。川虫の巣である。
ぺりぺりと砂粒の塊をはがすと、中から黒い虫が出てきた。川虫である。
セリィと二人で十数匹捕まえた後、レンツィオから借りて来た竿を準備する。レンツィオお手製の3本継ぎの竿である。当然リールなどは付いていない。ただの棒に糸と針が付いているだけのものである。
針に川虫を付けて、
「ホイッと」
川の中ほどに投げ込む。しばらく待ってみるも反応は無い。そうそう簡単に釣れるものでもないだろう。
木の影になっている場所に移動し、川の中に頭を出している岩に座り、足をちゃぷちゃぷと水に入れる。隣にセリィもくっついて座った。
川のせせらぎと木々のざわめき、時折聞こえる鳥や虫の声。
無言の時間が流れる。決して気まずくなどはない。心地の良い無言だ。
「セリィはさ、どうしてしゃべらないの?」
「……」
ユーリが問いかけるも、セリィからの返答はない。無言でユーリを見つめるだけだ。
ユーリは右手で竿を持ち、左手をセリィにつないだ。
「僕が質問するからさ、『はい』なら一回、『いいえ』なら二回手を握って。それ以外なら握らなくていいよ。質問していい?」
「……」
無言のまま、一回キュっと手を握った。
「ありがと。まずさ、最初に謝りたいんだ。セリィはあそこで、スラム街で生きて来たのに、僕が勝手に学園に連れてきちゃったこと。セリィに何も聞かずに、無理やり学園に連れてきちゃった。ごめんね」
セリィが無言でユーリを見る。困ったような瞳だ。
「あ、いきなり『はい』か『いいえ』で答えられない質問しちゃった。ごめんごめん。それじゃあらためて。セリィは学園に連れてこられて、嫌だった?」
セリィが二回、手を握る。『いいえ』。
「そっか。良かったー。ずっと気にしてたんだ。セリィは学園にいるのがつらいんじゃないかって。じゃあさ、エレノアのことは好き?」
『はい』
「学園にいて嫌なことある?」
『いいえ』
「錬金術以外にやりたいことってある?」
『返答無し』
「わかんないってことかな?」
『はい』
「家族っている?」
『いいえ』
「……そっか。寂しい?」
『いいえ』
「うん、なら良かった」
しばらくの間、ユーリが問いかけてセリィが答える時間が続く。
好きな食べ物を絞り込んで行ったり、好きなことや嫌いなことを聞いたり。
ユーリは少しずつ、セリィのことを理解していく。
「それじゃ、次の質問。これからも僕と一緒に、錬金術をしてくれる?」
セリィからの回答は。
一回……二回。
これは、『いいえ』の合図だ。
ユーリが少し残念そうな顔をして……三回。
四回、五回、六回。セリィが何度もユーリの手を強く握る。
「どうかした?」
ユーリがセリィを見ると、左手で必死に何かを指さしている。
ユーリが目を向けると……
「わっ! 引いてる! 魚がかかったんだ!」
竿先がピクピクと動いている。慌てて竿を上げると、グググっと何かに引っ張られた。魚だ。
「すごい! 本当にかかった! えっと、竿のしなりを利用して、少し弱らせて……」
魚との駆け引き。なかなかに面白いやり取りだ。魚が強く引いた時はそれに合わせて竿を下げ、引きが弱くなったらこちらに寄せる。
しばらくのやり取りの後。
「やった、釣れたー!」
身体の中心に朱色の帯があるマス科の魚。ニジマスだ。
「セリィ! 釣れたよ! やったー!」
セリィも大きな魚を見て、心なしか興奮気味のようだ。
「セリィもやってみてよ! 面白かったよ!」
竿持ち交代。今度はセリィの番だ。
その後もぽつぽつと釣れ、計6匹。大量だ。
魚籠の中でビチビチと跳ねる魚を見て、ユーリもセリィも大満足だ。
時刻は夕の四の刻を回ったところ。帰宅するにはちょうど良い。
「それじゃ、帰ろっか」
コクリと頷き、セリィはユーリの手を握る。
しばらく歩いた後、セリィが一度だけ、強く長くユーリの手を握った。




