表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
141/167

第141話

「魚が釣れる場所、ですか?」


「そう! 釣りをやってみたくて! 何処かないかなー? 近場なら街の外でも良いんだけど」


 ユーリはいつものように冒険者ギルドでモニカに聞きに来ていた。困ったときはモニカに相談である。


「そう……ですね。申し訳ありません。冒険者ギルドではそのような情報は扱っておりません」


 残念ながら管轄外の様だ。魔法素材の材料になるレアな魚の捕獲依頼は稀にあるが、ただの食用魚の捕獲依頼など冒険者ギルドには来ない。市場に行けば売ってあるし、頼むなら当然漁師に頼むからだ。

とはいっても、モニカはヒエヒエ君とポカポカ君でユーリに貸しがある。分からないからと何も情報を与えないのも気が引ける。

 苦肉の策で魚図鑑を持って来る。


「えーっと……川魚、ですので、ヤマメやイワナ……いえ、これは上流にしか生息しないので難しいですね。となると、鮎……でしょうか」


 頑張ってはみるものの、モニカに釣りの知識などない。


「んだよ。釣りにでも行きてぇのか?」


 そこに偶然やってきたのは依頼を探しに来たレンツィオである。


「そうなの。いい釣り場無いかな」


「そんなもんギルドで聞いてんじゃねぇよ。東の草原の川に行きゃマスでもハヤでも釣れんだろうが。餌はミミズ掘るか、虫が嫌ならパンでも付けとけ。まぁ、一番釣れるのは川虫だけどな。あと鮎は無理だ。あいつらは苔を食うから釣れねぇよ」


 スラスラと情報をくれるレンツィオにモニカが目を丸くする。


「レンツィオ様。釣りをご存知なのですか?」


「まぁな。つーか貧乏な冒険者なら誰だって一度はやってると思うぜ。依頼の度に干し肉なんて到底買えねぇからな」


「存じ上げませんでした……」


 モニカは目から鱗が落ちる思いだった。


「レンツィオ様、私から個人的な指名依頼をさせてください。内容はユーリ様に釣りについて詳しく情報を伝達すること。報酬は……そうですね」


 モニカは少し悩み、言った。


「お食事一回分で、如何でしょうか」


「……へ?」


 思いがけないモニカの言葉にレンツィオが固まる。言葉の意味が理解できなかった。


「も、もしかして……モニカちゃんと?」


「……別の方が良いのであれば、それでも構いません。お手続きいたします」


「い、いや、いい! モニカちゃんがいい! よーし、ユーリ! 釣りについて何でも聞いてくれ! 何なら釣り竿も貸してやるよ!」


 やる気満々のレンツィオ。当然だ。何年もの間全く進展のなかった片思いが、ようやく一歩前に進みそうなのだ。嬉しくない訳がない。

 過剰なほどの釣りの知識をレンツィオから叩き込まれたユーリであった。



「よーし、釣るぞー!」


「……」


 気合い十分といった様子のユーリが右腕を上げる。

 セリィもそれに習って無言で左手を上げた。なお右手はユーリと繋いでいる。

 場所はベルベット領都東の雑木林、そこに流れている川である。

 川幅は10メートルほどで、流れは穏やか。川べりには大きな岩がゴロゴロと転がっている。


「と言っても、まずは餌の確保からなんだけどね」


 ユーリは靴を脱いで大きな岩の上に置き、裾をまくってチャプリと川の中に入った。

 季節は初秋。残暑の中、足元がひやりと気持ちが良い。

 セリィも続いて川に入る。


「虫、大丈夫?」


 ユーリの問いにセリィがコクリと頷いた。

 セリィはスラム街育ち。人間よりも、気持ちの悪い虫と接する機会の方が多かった。

 ユーリが半分水に沈んでいる頭大の石をごろりと転がすと、石の後ろに砂粒の塊が張り付いている。川虫の巣である。

 ぺりぺりと砂粒の塊をはがすと、中から黒い虫が出てきた。川虫である。

 セリィと二人で十数匹捕まえた後、レンツィオから借りて来た竿を準備する。レンツィオお手製の3本継ぎの竿である。当然リールなどは付いていない。ただの棒に糸と針が付いているだけのものである。

 針に川虫を付けて、


「ホイッと」


 川の中ほどに投げ込む。しばらく待ってみるも反応は無い。そうそう簡単に釣れるものでもないだろう。

 木の影になっている場所に移動し、川の中に頭を出している岩に座り、足をちゃぷちゃぷと水に入れる。隣にセリィもくっついて座った。

 川のせせらぎと木々のざわめき、時折聞こえる鳥や虫の声。

 無言の時間が流れる。決して気まずくなどはない。心地の良い無言だ。


「セリィはさ、どうしてしゃべらないの?」


「……」


 ユーリが問いかけるも、セリィからの返答はない。無言でユーリを見つめるだけだ。

 ユーリは右手で竿を持ち、左手をセリィにつないだ。


「僕が質問するからさ、『はい』なら一回、『いいえ』なら二回手を握って。それ以外なら握らなくていいよ。質問していい?」


「……」


 無言のまま、一回キュっと手を握った。


「ありがと。まずさ、最初に謝りたいんだ。セリィはあそこで、スラム街で生きて来たのに、僕が勝手に学園に連れてきちゃったこと。セリィに何も聞かずに、無理やり学園に連れてきちゃった。ごめんね」


 セリィが無言でユーリを見る。困ったような瞳だ。


「あ、いきなり『はい』か『いいえ』で答えられない質問しちゃった。ごめんごめん。それじゃあらためて。セリィは学園に連れてこられて、嫌だった?」


 セリィが二回、手を握る。『いいえ』。


「そっか。良かったー。ずっと気にしてたんだ。セリィは学園にいるのがつらいんじゃないかって。じゃあさ、エレノアのことは好き?」


『はい』


「学園にいて嫌なことある?」


『いいえ』


「錬金術以外にやりたいことってある?」


『返答無し』


「わかんないってことかな?」


『はい』


「家族っている?」


『いいえ』


「……そっか。寂しい?」


『いいえ』


「うん、なら良かった」


 しばらくの間、ユーリが問いかけてセリィが答える時間が続く。

 好きな食べ物を絞り込んで行ったり、好きなことや嫌いなことを聞いたり。

 ユーリは少しずつ、セリィのことを理解していく。


「それじゃ、次の質問。これからも僕と一緒に、錬金術をしてくれる?」


 セリィからの回答は。

 一回……二回。

 これは、『いいえ』の合図だ。

 ユーリが少し残念そうな顔をして……三回。

 四回、五回、六回。セリィが何度もユーリの手を強く握る。


「どうかした?」


 ユーリがセリィを見ると、左手で必死に何かを指さしている。

 ユーリが目を向けると……


「わっ! 引いてる! 魚がかかったんだ!」


 竿先がピクピクと動いている。慌てて竿を上げると、グググっと何かに引っ張られた。魚だ。


「すごい! 本当にかかった! えっと、竿のしなりを利用して、少し弱らせて……」


 魚との駆け引き。なかなかに面白いやり取りだ。魚が強く引いた時はそれに合わせて竿を下げ、引きが弱くなったらこちらに寄せる。

 しばらくのやり取りの後。


「やった、釣れたー!」


 身体の中心に朱色の帯があるマス科の魚。ニジマスだ。


「セリィ! 釣れたよ! やったー!」


 セリィも大きな魚を見て、心なしか興奮気味のようだ。


「セリィもやってみてよ! 面白かったよ!」


 竿持ち交代。今度はセリィの番だ。

 その後もぽつぽつと釣れ、計6匹。大量だ。

 魚籠ビクの中でビチビチと跳ねる魚を見て、ユーリもセリィも大満足だ。

 時刻は夕の四の刻を回ったところ。帰宅するにはちょうど良い。


「それじゃ、帰ろっか」


 コクリと頷き、セリィはユーリの手を握る。

 しばらく歩いた後、セリィが一度だけ、強く長くユーリの手を握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ