第014話
戦闘技術の授業開始から3時間30分程。
走っているものはユーリ、ただ一人。
そして歩いているものが一人、ナターシャだ。
流石に息も絶え絶えになってきたユーリをアルゴがとめた。
「おいクソガキ、そこまでだ」
「……まだ、170周……あと、13周……」
「いいんだよ」
アルゴはクイッと顎で後ろをしめす。ヨロヨロになりながら、ナターシャが30周目を歩ききった。
「合わせて200週だ。ったく、ほんと馬鹿だなお前ら」
そう言いながらも、汗に濡れるユーリの白い髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「おいテメェら! 集合だ! さっさとこいオラ!」
アルゴがリタイアし木陰で休む生徒に向けて声をあげると、彼らが小走りで集まってきた。
「はっ、まだ走れるじゃねぇか。お前らこいつを見てなんとも思わなかったのかよ」
アルゴは倒れそうなナターシャを抱きかかえる。
「もういいと言われたから辞める、自分は限界まで走ったからと諦める、明日もあるからと言い訳を正当化する。お前ら何がしたい?なんで必死こいてこの学園に来たんだ?」
アルゴの問いに、生徒達が気まずそうに目を逸らす。
「お前ら『鉛』クラスでいいのか? 自分より下を見て満足か? いいか、次からはやめる判断は俺がしてやる。だからお前らは全力でやれ、何度でもぶっ倒れて何度でも立ち上がれ。調整なんかするな。分かったか!?」
はいっ!! と、大きな声が重なる。
「よし、今日の授業は終りだ。あぁ、どんなにキツくても飯は食えよ。絶対に抜くな。それじゃ、解散」
話が終わり、足を引きずりながら寮に帰ろうとするユーリを
「うわっ!」
「てめぇはこっちな」
アルゴは米俵を担ぐように、肩に乗せた。ユーリがアルゴの肩にうつ伏せで後ろ向きになっている形だ。
ユーリとナターシャを軽々と担ぎ、アルゴは歩く。
ナターシャは静かにしている……というより、限界が来て寝ているようだ。
アルゴが向かった先は医療室である。
「入るぞ」
両手が塞がっているので、アルゴは足で雑にノックして、妙に重厚な医療室の扉を蹴り開ける。
「もぉー、行儀が悪いわよー」
「いいじゃねぇか。ほら、エサだ」
ドサドサっとユーリとナターシャを同じベッドに放る。
どちらも小さいので一つのベッドで十分だ。見るからに疲弊している二人の子供を見てエマが目を輝かせる。
「あら〜あらあらあら〜〜! アルゴ君ありがとうーー!」
「んじゃ、俺は帰る」
「はぁーい、あとはまっかせて〜」
エマはルンルンと上機嫌にユーリににじり寄った。エマから少しでも距離を取ろうとユーリは後ずさるが、すぐに壁にぶつかった。
「ユーリ君、また来てくれたのね〜、エマ先生、嬉しいわぁ〜。前回ほどじゃないけど、こんなにボロボロになっちゃってぇ〜。さて、今日はどこが悪いのかなぁ?ちゃーんと、触診しないとぉ。ウフフフフ」
エマはユーリを見る、目の奥に怪しい光を浮かべて。睨め回す。身体をペロリとだして。ユーリは本当に舐められていかのような錯覚に陥った。
「あ、あの……僕は大丈夫だから……先にそっちの子を……」
「一番痛いのは、ここかなぁっ?」
グリッ
ユーリの話など聞かず、エマはユーリの足に親指をめり込ませた。
「ぐ、ギ……」
筋肉断裂を起こしかけている太ももの一番痛いところを、エマはピンポイントで当てた。
しかし、ユーリは耐えた。可愛い顔を苦痛に歪めながら、悲鳴を押し殺したのだ。知っているから。エマが絶叫が大好きな変態であることを。
そんなユーリを見て、エマはスッと真顔になった。
「だめよ」
いつもの間延びした喋り方ではない。
「ねぇ、駄目よ、それは駄目。そんな頑張って悲鳴を押し殺したら。ぁ、どうしよう」
ユーリは知っていた。エマが悲鳴が大好きな変態であることを。しかしユーリは知らなかった。エマが自分の想像を遥かに超えたド変態であることを。
エマは左手を自分の豊満な胸に当て、右手をユーリの足へと再び手を伸ばす。
「ユーリ君が悪いんだよ? そんな顔するから。ちょっといじめるだけのつもりだったのに、そんな顔するからいけないんだよ? そんないじわるするからいけないんだよ?」
ググッ
「ヒグ……グァ……」
「あああ、やめて、やめて。もう我慢できなくなっちゃうから。ねぇお願い、ユーリ君やめて、私、変になっちゃう」
エマは今までと比べ物にならないほど強い力でユーリの患部を刺激した。
猛烈な痛みに、ついにユーリの絶叫が響いた。
「ギィ……グアアアアアアアァァァァァァ!!!!」
「あっハアアアアアアアアアァァァ!!あ、あ、もう、もう」
何故かエマの艶やかな叫換が重なった。
「あっはぁ……もう、ユーリ君って意地悪なんだからぁ」
あまりの激痛に意識を失ったユーリ。エマは恍惚の表情で次の獲物……ナターシャの方に首をひねった。
「ヒッ……」
そこには、ユーリの最初のうめき声で目を覚ましたナターシャがいた。整った顔に恐怖と悲壮感を貼り付けて。
「ねぇ、どうしてぇ? どうしてみんな先生を困らせるのぉ? そんな顔されたら、されたらぁ」
痛みで失神したユーリと、その横で恍惚の表情を浮かべながらこちらを見る白衣の変態。恐怖でしかない。
「大丈夫よぉ、痛いのは最初だけだから……あら? ずっとかしら?」
「ヒッ……ヒッ……」
何とかエマから離れようとするナターシャだが、シーツで足が滑って体がうまく動かない。
ニタァとエマの口が開く。
「いただきまぁ〜す」
ナターシャの名誉のために割愛。ただ、下着は替えた。