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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
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第137話

 初秋、ユーリがオリヴィアと対峙する。


「オリヴィア。宣言しとく。今日は必ず、僕が勝つから」


 毎週恒例と化したユーリとオリヴィアの手合わせ。結局のところ今日こんにちに至るまで、ユーリは一度も勝利していない。あわよくば奥の手を使わずに一度くらい勝ってみたかったが、先日遂に実践レベルまで完成してしまった。

 出し惜しみはしない。

 いつもと雰囲気の違うユーリにオリヴィアが目を細める。


「へぇ。随分な自信じゃない。いいわ、その自信、へし折ってあげる」


 これまで何度も紙一重のところまで肉薄されてきたが、それでも全てしのいできた。

 今日だって、負けるつもりは毛頭ない。

 何をしてくる気かはわからないが、返り討ちにしてやる。

 いつもより真剣な雰囲気に、観戦しているナターシャがいつでも駆け寄れるように腰を上げた。

 最近はナターシャの回復魔法があるおかげで、手合わせが少々激しくなってきている二人である。


「それじゃ、開始」


 緊張感の無いセレスティアの合図で、試合が始まった。

 先に動き出すのはユーリ。いままでもずっとそうだった。守るより、攻める。避けて避けて、攻める。それがユーリの戦闘スタイルだ。

 対してオリヴィアは冷静に観察する。ユーリとの試合で動体視力も随分と上がった。相手を見て、冷静に確実に対処する。それがオリヴィアだ。

 ユーリの動きからフェイントは無いと判断して細剣を構える。

 しかしユーリはオリヴィアが射程圏内に入らない位置で止まる。そしてポケットに手を突っ込んだ。

オリヴィアが困惑する。


(そこからだとユーリの手足じゃ届かない。それに右手の粉は……中和剤? 一体何に使うってのよ)


 ユーリは右手をオリヴィア……ではなく細剣の腹に触れ、同時に……


「そいっ!!」


 通力、強引に魔力を流し込む。


 バギン!!


 細剣がはじけた。欠片の一辺がオリヴィアの頬をかすめ、一筋の血が流れる。


「なぁ!?」


 驚愕しているオリヴィアのみぞおちにソッと拳をあてる。得体のしれない、白い粉のついた手を。

 ゾッとした。

 今のよくわからない攻撃。まるで内側から破裂するようにはじけた技を腹に喰らえばどうなるか……想像にかたくない。


「ままま、ちょま、ちょっとまって! 降参! 参りました!」


 動揺するオリヴィアにユーリが苦笑した。


「流石にやらないって。安心してよ」


「よ、よかった~~」


 へなへなとオリヴィアがへたり込む。


「勝負、あり。勝者、ユーリ」


 数年かかって、ようやく一勝を掴んだユーリであった。



「で、さっきの爆発は一体何だったのよ」


 ナターシャに頬の傷を治して貰ったオリヴィアが問う。ナターシャとセレスティアも興味津々と言った様子だ。


「さっきやったのは錬金術だよ」


「錬金術って、あれが?」


 刀身半ばから折れた細剣を眺めながらオリヴィアが言う。とても錬金術とは思えない。オリヴィアにとって錬金術とは、ちまちました地味でめんどくさいものなのだ。ちなみに中等部一学年の錬金術の授業は最初の数回しか出席していない。通力ができなくて即行で諦めていた。


「うん。といっても、通力しかしてないんだけどね」


ユーリは一度ポケットに手を突っ込み、白い粉、触媒を手に付けて、その掌の上に近くに生えている雑草の葉を乗せる。


「いろいろ試行錯誤してたらできたんだ。触媒を通して、対象に通力したと同時に爆発的に魔力を流し込むと、対象の内部から爆発するようにはじけるんだ。……ふっ!!」


 パァン!


 葉が弾けた。


「こんな風に」


「内部からって……反則じゃない、そんなの」


 防御不可避の攻撃である。いくら体を鍛えても、内部から攻撃されたら防ぎ様はない。まるで無敵の攻撃の様にも思える。


「それがね、結構欠点も多いんだ。まずそこそこの触媒を使わなくちゃいけないから、必ず一度ポケットに手を突っ込んで触媒を付けておかないといけない」


 戦闘中にポケットに手を突っ込むなど、敵に隙をさらす行為でしかない。


「あと、当たり前だけど相手にくっついておかないと使えないし、結構頑張ったけど発動までにタイムラグはある。例えば切りかかって来た刃物に発動しようとしても、通力する前に手を切られちゃう。それと試してみたんだけど、厚手の服を着てると通力が届かないから、服を破くだけでになっちゃうんだ」


 流石に何でもかんでも対処できる万能技ではないという事だ。

 今回も初見だったためオリヴィアを嵌めることが出来たが、からくりを知った次からは対処できないことは無いだろう。


「でも、それでも、ユーリ、見つけた」


 セレスティアの言葉に大きくうなずく。


「うん、見つけた! 右手には触媒、左手には中和剤。これで普通の敵にも悪霊にも対抗できる。錬金術師としての戦闘スタイルだよ!」


「伸びしろ、出来た」


「うん! ちなみに名前は『ふうせん術』! ふうせんが破裂するみたいだから!」


「名前ダサすぎないかしら?」


「名前、ダサい」


 ナターシャとセレスティアの突っ込みも気にせず、ユーリの笑顔がはじける。

 まだまだ成長できるのだ、うれしくないはずがない。

 そして何より、右手と左手に粉を付けて戦うスタイルがかっこよくて気に入っている。名前はダサいが。


「ほんと、とんでもない発想をするわねあんた。それにしても、私の細剣が……」


 今までは驚愕が勝っていたため忘れていた。思い出したように己の細剣を眺めて悲し気にため息を吐く。

 刀身が真ん中からぽっきりと折れている。


「ごめんねオリヴィア。もしかして、思い出の剣だった?」


「別にそういう訳じゃないし、そろそろ買い替えなきゃなとはずっと思ってたんだけど、卒業してからずっと使ってたから愛着もあったのよね。まぁでも、これで踏ん切りはついたわ。お金もあることだし、奮発して新しい細剣を買おうかしら」


 折れた細剣を悲し気に鞘に戻す。


「オリヴィア、ちょっと待っててね」


 そんなオリヴィアに、ユーリが布に包まれたものを取ってきて渡す。四十センチ強ほど大きさである。


「何これ、くれるの?」


「うん。オリヴィアの為に作ったんだ」


「ふーん?」


 唐突なプレゼントに疑問を浮かべながらも、貰えるものなら貰っとこうと布を広げる。

 出てきたのは、短剣のようなもの。刃渡りは二十五センチほどで太く頑丈そうな作りになっており、取っ手には手の甲を覆うように護手が付いている。

 鍔は左右に五センチほどの棒が伸びており、攻撃を受け止められるように出来ているようだ。

 シンプルなデザインながら、控えめな装飾も施されており、とてもかっこよい。


「これって……マンゴーシュ?」


「うん。オリヴィアは細剣使うから、左手の防御用にどうかなって思って。廃鉱山に行った時も二刀流してたし、使えるかなって」


「使えないことは無い、けど、これ……」


 オリヴィアは別に武器マニアというわけではない。そのためこのマンゴーシュの出来がどれほどのものか正確には分からないが、それでもとても良いものに見える。鞘から抜いてみると、とても洗練されていることが分かった。かなり頑丈そうで、信頼できそうな武器だ。


「めちゃくちゃ高いんじゃないの、これ……」


「僕が作ったから値段は無いよ?」


「そういうこと言ってんじゃないのよ……ベース素材は何? 銅?」


「オリハルコンだよ」


「オリっ!?」


 驚愕で目を見開く。オリハルコン。めちゃくちゃ高価な金属である。

 たしか、ユーリが持っているシースナイフにもオリハルコンが少しだけ使われていたはずだ。たった微量含まれているだけで、たしかその値は50万。つまりこのマンゴーシュ、最低でもそのくらいの値段はするのだ。


「えっと、どのくらいオリハルコンが入ってるの?」


「基本的に全部」


「全部!?」


 聞いたことがない。いや、聞いたことはある。オリハルコン製の武器は冒険者の憧れだ。一部の金級冒険者が持っているらしいという事くらいは知っている。それをまだ銅級の自分が手にしていいものだろうか。


「廃鉱山の時に使った剣みたいに中和剤を入れてるから、もし悪霊系の敵が来た時にはそれで対処できるよ。そのせいで純オリハルコン製ではないんだけど……でもほとんどオリハルコンだから、強度はかなり強いと思う」


 ほぼ純オリハルコン製で、さらに悪霊に対応できる武器。値を付けるとしたら、いったいいくらになるのだろうか。ボルグリンならおおよその値付けは出来るだろうから、今度聞いてみようか。しかし、聞くのはこわい。盗まれるのが心配で眠れなくなりそうだ。


「あんた……とんでもないものを寄こしてくれたわね……」


「えっと、もしいらなかったら返してもら」


「いる。私の。もう私の。絶対返さないから。何言ってんのよバカ。バカユーリ」


 一度ギュッと胸に抱き、腰に装備してみたり、抜いて眺めたり、振ってみたり。

 どうやら相当気に入ったようだ。その顔はニヤけている。


「そうだ。名前つけてあげようかしら。これから長い付き合いになりそうだし」


「あ、えっとね。一応名前も考えてるんだ。あのね」


「まって、ちょっと待ってユーリ、お願い」


 笑顔が消え、懇願するようにオリヴィアが言う。


「私に付けさせて。お願いだから」


「え? でも、普通武器とかって銘を入れるのは作者だよ?」


「そうかもしれないけど、でももうこれは私のものになったのよ。だから、私の好きにしていいはず、そうよね? ね?」


 こんなに素晴らしい武器にチンチクリンな名前を付けられたらたまったもんではない。必死なオリヴィアだ。


「えっと、うん。分かった」


「ありがとう! そうね、どうしようかしら。オリハルコンだものね。そうねー。貴方の名前は……オリリン! オリリンにするわ! 私の名前ともかかっててとても良いわ!」


「名前ダサすぎないかしら?」


「名前、ダサい」


 残念ながらネーミングセンスは壊滅的な二人だった。


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