第136話
セリィは三ヶ月をかけてエレノアからみっちりと錬金術を学んだ。ユーリの時の反省を生かし、過剰なほど慎重になったエレノアから、基礎の基礎までみっちりと学んだ。
また、セリィはえらくオリヴィアに気に入られたようで、毎日のようにオリヴィアがご飯を作りに来るようになった。
オリヴィア曰く、
『エレノアやティアより数百倍可愛くていじらしいからお世話のやり甲斐がある』
とのことだ。
お陰で細かった身体に肉が付き、頬もふっくらと膨らんだ。
着ている服はニコラに見繕ってもらったパーカーで、フィオレに買ってもらった髪飾りをつけ、時折ナターシャから光魔法の治療をしてもらって傷跡が薄くなっている。
みんなから愛されている様だ。
そんな彼女は今、ボルグリンの鍛冶場に来ていた。目的はもちろんユーリのお手伝いである。
金床の溝に詰められた触媒に手を添え、魔力を流す。ユーリがヤットコで銅を熱している時も、触媒への魔力飽和を維持するお手伝いだ。
季節は真夏。さらに燃えたぎる炉の熱で汗だくになりながらも、文句一つ言わずに魔力飽和を続けるセリィ。
もっとも、文句どころか今まで一言も喋ったことは無いのだが。
流石に最初から上手くは行かなかった。慣れない鍛冶場の空気に戸惑ったり、何百度とある金属の塊に怯えたり。
それでも何度も行っているうちにセリィも慣れたのか、今では安定して魔力飽和を維持できている。
セリィが魔力飽和を続けてくれるお陰で、ユーリも錬金が行いやすくなった。いちいち魔力の抜けきった触媒に通力から行う必要がないのだ。ユーリが触媒に手を触れると、道を開けるようにセリィが魔力を弱める。これで錬金の力加減を誤ることはほぼなくなった。
魔力を込めながら銅を叩き、ついにナイフを作り上げた。
柄は急拵えのものなので不格好ではあるが、それでもとんでもない逸品であることが分かる。
鋭く、そして硬い。しなりは無いが、そんなもの無くても折れる気がしない、刃がかける気がしない。
ユーリが出来上がったナイフをラウラに渡す。
「どう? オリハルコンになってるかな?」
受け取ったナイフを食い入るように眺め、指ではじき、試し切りする。
「分からん……。銅などではないことと、素晴らしいものであることは分かるが、オリハルコンかどうかは分からん。純粋なオリハルコンなど、見たことがないからの……」
「間違いなく、オリハルコンじゃ」
ラウラの後からボルグリンがのっそりと歩いてきた。ラウラが持っているナイフをヒョイと掴み上げる。
「とんでもない小僧だとは思っておったが……こんなに早く成し遂げるか。何か成すにしても十年二十年は先だと思っておったぞ」
ボルグリンが浮かべる表情は驚愕でも称賛でもなかった。もはや呆れ果ててしまったという表情だ。
「世界中の鍛冶師達が夢見る技術が、こんな寂れた鍛冶場で、しかも幼子二人によって成し遂げられているとは、誰も思うまいな。そして誰も信じまい。さて、どうする小僧?」
突然の問いに、ユーリが疑問符を浮かべる。
「どうするって、何を?」
「この技術をじゃ。高値で売ることも出来る。秘匿して荒稼ぎすることもできる。領主に提供すれば男爵位くらい貰えるじゃろうな」
ボルグリンの言葉に少し考えこみ、ユーリが口を開く。
「うーん。僕の目的は魔法を使うことだし、これはその通過点にすぎないから、どうでもいいや。ボルグリンの好きにしていいよ。そのかわり、これからも鍛冶場を貸してほしいな」
ユーリの返答にボルグリンが目を丸くする。
この小僧、鍛冶師の夢ともいえる偉業を成しておきながら、ただの通過点だからどうでもいいなどとほざきよる。
見ていないのだ。いや、ユーリの夢が、ゴール地点が遥か先にすぎて、これすらも些事なのだろう。
「ガーーッハッハッハッハッハ!! ユーリ、お前は本当に面白い奴じゃ! 良い、いつでも好きに使え。そのうちにユーリ専用の炉を作ってやる」
突然大笑いして言うボルグリン。
「良いの!?」
「こんなに面白いものを間近で見せて貰っとるんじゃ、釣りがくるどころの話じゃないわい、ド阿呆」
オリハルコンの製造には成功した。次は、ミスリルである。
◇
とはいっても、そう簡単に事は運ばない。
伝説級の金属と言われるオリハルコン、ミスリル、ヒヒイロカネであるが、オリハルコンとその他ではレア度がまるで違う。それだけミスリルとヒヒイロカネを作ることは難しいのだ。
オリハルコンは作れたが、ミスリルを作るにはユーリとセリィの思考イメージが一致しない。二人での錬金術を何度も重ね、お互いのことを理解しあい、イメージを共有する必要がある。こればっかりは今すぐにという訳にもいかない。
どうせ世界樹ユグドラシルへ向けて出発するのは、早くてもあと二年はある。焦っても仕方がない。
ユーリは思考を切り替えて、自身の戦闘能力の向上について研究していた。
誰もいない森の中、触媒を片手に考える。
錬金術を使った、戦闘能力の向上。
以前錬金術の授業中に発見した、触媒の破裂。あれの威力をもっと上げる必要がある。
正直、あの程度の爆発なら、普通に偏重強化した腕で殴ったほうが数百倍強い。
試しにユニコーンの角を使用してみたらなかなかの威力にはなったが、それでもそこまで強いわけではない。そして何より使い捨てにするには勿体なさすぎる。
手に触媒をつけて、いろいろなところを殴り、爆発させるユーリ。
バアン、バアンという音が周囲に響く。周りの木々や岩が無残に壊されていく。容赦がない。
しばらく暴れまわった後、ふうと一息ついた。
「うーん、決め手と言うには、いまいち威力に欠けるし、応用が利かないな……」
ちなみにレンツィオの石化に倣って、足の裏に触媒を仕込み爆発の威力で加速しようと試みたが、見事に靴の底が破けて終わった。なかなかに阿保である。
「そもそも、爆発させるなら火薬でもいいわけだし、触媒を使ってやる意味ないよなー。違う切り口から方法を考えるしかないかなぁ」
ゴロンと横に転がる。手は触媒で真っ白だ。顔の横に落ちている小さな木の実を見つけ、指で転がす。
「錬金術じゃないとできない事……うーん」
無意識に気の実に通力し、先ほどまでやっていたように急激に魔力を送り込む。
パチュン
木の実が、はじけた。
「……え?」
今までとは違う。今までは、手に付けていた触媒に対し、急激に流す魔力量を増やすことで爆発させていた。しかし今やったのは、木の実に通力し、木の実の内部に急激に魔力を送ったのだ。
錬金術にしかできない事。対象の内部に、魔力を送り込むこと。
「これだ!」
勢いよくユーリが起き上がる。
攻撃対象の表面で爆発を起こすのではなく、内部に強制的に魔力を送り込み、対象の内側で爆発させればよい。そうすれば内側からの破壊が可能になる。
試しに近くの木の幹に手を触れて試してみる。
「そいっ!!」
ボッ!!!!
幹がえぐれた。
幹周りの3分の2程を粉砕されたその木は、ギギギと音を立ててゆっくりと倒れた。
「……出来た」
震える手を握りしめる。ズキリと痛みが走った。折れている。
「ただ使うだけだと、爆発で手まで怪我しちゃう。偏重強化と組み合わせよう。後は、戦闘しなが触れた瞬間に魔力を流せるようにならないと。まだまだ、実践では使えない。それでも……」
それでも、出来た。
ユーリが冒険者として、また1つ上のステージに上がった。




