表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
135/167

第135話

「ほ、ほぉ〜〜〜〜ん。な、なるほどですね〜〜〜〜」


 誘拐と言ってもつかえないような強引さで灰色の少女を学園に連れてきたユーリ。二人での錬金術が成功したことを伝えると、エレノアはとても複雑な顔になった。

 複数人での錬金術の成功。それは現代錬金術理論の革命ともいえる出来事だ。

 何故成功したのかを解明して、他の人でも再現、そして汎用的に使用する方法の確立にまでこぎつければ、錬金術理論は大きく飛躍するだろう。それこそ、名前が錬金術の教科書に乗るほどに。

 さらに、水を生み出す魔道具の量産に成功なんてしたならば、ユーリの名前は後世にいつまでも語り継がれるだろう。それほどの大発見だ。

 だからエレノアは、その発見が羨ましかった。ユーリに嫉妬してしまった。

 ……なんてことはまったくない。これっぽっちもない。

 本来であれば瞬時にその発見の素晴らしさに気が付き、錬金術の色々な応用方法が頭を巡っただろうが、今は全く頭が回っていなかった。

 目の前の少女のことで埋め尽くされているからだ。

 エレノアは思う。

 え、誰ですか、この子は? スラム街の子? 二人での錬金術? 二人の魔力が混ざったんですか? 私とはうまく行かなかったのにどうして? なんかエッチな感じじゃないですか? それをどうしてこの子と? 羨まし……不潔じゃないですか? あいや、錬金術ですから、不潔も何も無いですけど。え、誰ですか、この子は?

 エレノアの類稀なる思考能力を持つ素晴らしい頭脳は、無意味な問答で無意味にフル回転していた。

 そう、エレノアは偉大なる発見をしたユーリにではなく、灰色の少女に嫉妬しているのである。

 そんなエレノアの心中など全く気が付かずに、ユーリが錬金術の準備を始める。


「それじゃ、やってみるね! 今からこの子と一緒に蓄熱石を……」


 錬金台の上に触媒を置こうとしたユーリの手を、エレノアが止めた。


「エレノア? どうしたの?」


「あ、えっと、その……」


 エレノアが目を泳がせる。止める理由などない。ユーリとエレノアが探し求めていた複数人での錬金術の方法、その手掛かりが目の前にあるのだ。止める理由などあろうはずがない。

 ないが、エレノアはそれを絞り出した。


「お、お風呂に行ってきます! この子も、キレイになりたいでしょうし! ね!?」


 確かに、エレノアの言う通りである。

 スラム街の住人が水を満足に使えるわけがない。さらに子供ともなると、水を得られる手段も限られる。


「確かにそうだね。ごめんなさい。僕、自分の事しか考えてなかったや……」


 スラム街で生きてきた子を、半ば強引に連れてきて、自分の手伝いをさせようとしているのだ。相手の事情など何も考えずに。

 ここはスラム街ではなく学園だ。お世辞にも清潔とは言えない身なりで歩けば、眉をひそめられることは必至。

 ユーリは己の浅慮を深く反省する。そしてエレノアの気遣いに感謝した。


「ありがとうエレノア。この子の事を考えてくれて。僕、反省するね」


 シュンとするユーリに、今度はエレノアが焦る。


「いえ、えと、その。ほら、女の子ですから! それでは行ってきますね!」


 よくわからない理由を口走って、エレノアが少女の手をひいて出ていった。



「ふぅ〜〜」


 学園にある大浴場で少女を洗ってあげたエレノアが、湯船に浸かって一息ついた。

 しばらくの間身体を洗えていなかったのだろう。髪はベタついていて、体には垢が溜まっていた。

何度も丁寧に髪を濯ぎ、石鹸で身体をキレイに洗うとあら不思議。スラム街にいるとは思えないほど可愛い少女が現れた。

 今は湯船に入り、何が楽しいのか、湯口から流れ出るお湯に手を突っ込んでは引き、手を突っ込んでは引きを繰り返している。


「貴女、名前は何と言うのですか?」


 問いかけてみるも、少女は半眼でエレノアを見るだけで何も言わない。

 そういえば、出会ってから一度も声を聞いていない。


「もしかして……喋れないんですか?」


 少女は肯定も否定もしない。ただエレノアを眺めているだけだ。

 エレノアも少女を見る。何も喋らない少女を。

 決して健康とは言えない細い体に、雪のように白い肌。顔や体の所々に傷があった。

 エレノアは思う。スラム街で生きていくのは大変だろう。もし自分がスラム街に産まれていたら、すぐに死んでいる自信がある。

 それを、この小さな少女は生き抜いてきた。

 辛いことが沢山あっただろう。もしかしたら精神的なショックで言葉が喋れなくなったのかもしれない。感情を表に出さないのは生き抜くためにつけた能力なのかもしれない。

 こんなに小さくか弱い体で、何回もの寒い冬を乗り越えて来たのだろう。


「……ふぐぅ」


 エレノアは勝手に不憫な想像をして、勝手に泣き始めた。そして勝手に決意する。


「だ、大丈夫です。貴女は私が守りますから……。もう、辛い思いはしなくて良いんですよ」


 少女の手を優しく握る。


「名前がないなら私がつけましょう。今日から貴女の名前は、セリィ。セリィちゃんです。今日から私の助手として一緒に暮らしましょう」


 ユーリの連れて来た少女を、勝手に自分のものにしたエレノアであった。



「ただいま帰りました」


「おかえりなさい。あれ、なんか仲良くなってる?」


 手をつないで研究室に戻って来た二人に、ユーリが首をかしげる。


「はい。これからセリィちゃんは私の助手として一緒に暮らすことになりました。ね? セリィちゃん」


 少女……セリィは半眼でエレノアを見上げる。ちなみ来ている服は学園の制服である。エレノアが用向室から予備の制服を貰ってきたのだ。教官になってすぐに、その権限を乱用している。


「セリィちゃん? その子の名前?」


「そうです! 私が命名しました!」


「そうなんだ。よろしくね、セリィ」


 ユーリが言うと、セリィは少しだけ頷いた。


「それじゃ、さっそく錬金術を……」


「その前に、少し私の持論を聞いてもらっても良いですか?」


 早速ユキと二人で錬金術を始めようとするユーリをまたしてもエレノアが止める。


「お風呂に入りながら考えたのです。ユーリ君とセリィちゃんが出来て、私とユーリ君が出来ない理由、それは魔力の波長が違うからではないでしょうか」


「波長が? でも多分僕とセリィも違うと思うよ?」


「はい。完全に一致している必要はなく、似通っていればいいのではないかと推測されます。とりあえずやってみましょう!」


「えっと、どうやって?」


「私とユーリ君の波長を全く同じにする方法、ありますよね?」


 エレノアの言葉に、ユーリは少し考えて、すぐにその方法に思い至る。


「あ、そっか。中和剤だ」


「そうです! 中和剤を通せば波長は消えます。つまり、全く同じになるというわけです!」


「エレノアすごい! 僕、それは思いつかなかったや!」


「ふふふ、ハフスタッター教官ですから!」


「ハフスタッター教官すごい!」


 ちなみにどうにかセリィより先にユーリと錬金術を行えないかと、エレノアが必死に思考を巡らせていたのは秘密だ。


「それじゃ、触媒と中和剤を混ぜて、石と火トカゲのしっぽを置いて……よし、やってみよう!」


 ユーリとエレノアが触媒に手を触れ、通力を始める。

 それぞれの指先から発光し、光は触媒を伝って進み、そして、その光が混ざり合う……。


「……できた」


「……できましたね」


 二人の魔力が混ざった。反発しない。触媒が焼き切れない。

 エレノアの推察は当たっていた。

 触媒に負荷をかけすぎないよう、二人は魔力を絞る。そのまま素材を魔力で満たしていく。魔力飽和。

 ユーリとエレノアは一度顔を見合わせて頷いた。さぁ、錬金反応である。


 ジジジジ……ボシュ


「あっ」


 残念ながら、錬金反応は失敗した。失敗したが、それでも


「魔力飽和までは、出来ましたね」


「うん! できたね! でも、錬金反応はだめだったね」


「蓄熱石のイメージが違ったからでしょうか。ユーリ君はどういうイメージをしていましたか?」


「人肌よりもちょっと暖かいくらいかなー」


「なるほど……もう一回だけいいですか?」


 問う様な言葉を、有無を言わせない雰囲気で発するエレノア。


「う、うん。いいけど……」


 再び錬金術の準備をして、エレノアとユーリが錬金を開始する。

 通力、魔力飽和。ここまではいいのだ。問題はここから。

 魔力に乗せて、イメージを送り込む。


 ジジ……


「くっ」


 やはり、錬金反応で反発する。イメージが合っていないのだろう。

 またしても錬金は失敗に……


 ズムっ


「あっ!!」

「なっ!?」


 錬金反応中に、セリィが触媒に指を突っ込んできた。

 当然錬金は失敗……していない。

 慌ててユーリとエレノアが魔力を絞る。3人での錬金術。

 ユーリとエレノアを一瞥して、魔力を流すセリィ。錬金反応が、安定した。

 すごい。ユーリが驚愕する。

 おそらくこの少女、ユーリとエレノアの思考を読み、二人のイメージを仲介している。

 魔力操作もさることながら、人の機微を読み取る能力が桁外れに高いのだろう。

 程なくして、錬金反応が終了した。

 成功である。


「成功したね! セリィ、すごいよ! ねぇエレノア! 出来たよ! ……エレノア?」


 エレノアは涙目になってセリィの頭を撫でていた。


「ずっとずっと、人の顔色を伺って生きてきたんですね……。でももう良いんですよ、人の顔色を伺わなくて。自分の好きなことをしましょう。セリィちゃんには自由に生きる権利があるんですよ」


 どういう結論に至ったのかわ分からないが、セリィの事を不憫に思って泣いているようだ。


「うーん。複数人での錬金術が出来なくなったら困るから、僕の顔色は伺っててほしいな」


「……ユーリ君って時々悪魔みたいですよね。錬金術が絡むと」


 何はともあれ、二人、そしてなんと三人での錬金術に成功したのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ