第134話
「ぬあーー! また失敗だ!」
ボルグリンの鍛冶場に声が響く。
ユーリはさっそく壁にぶつかっていた。今試しているのはオリハルコンの製造である。
汗だくになったユーリは、無様に固まった銅だったものの塊を廃材置き場に放り投げて天井を仰ぐ。
上手くいかない。そんなに簡単に出来るとは思っていなかったが、少しくらいは手ごたえがあると思っていたのだ。
「うーん、もう一回!」
再び新しい銅をやっとこで掴み炉に入れる。十分熱した後に金床へ。金床に掘った溝に入れた触媒に左手の小指を触れて通力。銅への魔力飽和。錬金しながら鍛造する。
ここまではいい、ここまではいいのだ。
ある程度鍛えたら再び銅を炉の中へ。この時触媒の錬金反応を維持するために右手の指で触媒に触れておく。
再加熱した銅を錬金台に戻し、再び左手の小指で通力し、右手の金づちで打ち付ける。
これを錬金反応が終わるまで続ける。理論上これで行けるはずなのだが……
――ガギン!
こんな複雑なことをしながら、銅への錬金を完璧にこなすことなどそうそうできない。またもや微妙に銅の硬度を固くしすぎたようだ。変形し黒ずみ、硬化してしまった。こうなってはただのスクラップである。
「……」
今度は無言で天を仰ぐ。せめてもう一本手があれば。二本しかない腕を恨む。
ちなみに足はもうすでに試しており失敗済みである。
「……錬金術で腕、増やせるかな」
「何を物騒なことをつぶやいておるんじゃ」
ゴチン
ラウラが金槌で天を仰ぐユーリの額を叩いた。もちろん柄の方で。
「……痛い」
「痛くしておるんじゃ、ド阿呆。少し散歩でもして頭を冷やして来い」
ユーリの頭のねじが何本か外れていることはラウラも知っている。そして先ほどの腕を一本増やす発言が少しだけ本気だったことも分かっている。煮詰まった頭のまま放置しておくと危険だ。
「分かった。ちょっとお散歩してくる」
「うむ。鍛冶は根気と継続じゃ。我武者羅にやるだけではむしろ進みは遅くなるぞ」
「うん。ありがとうラウラ」
ユーリがふらふらと歩き出す。ラウラはため息を一つついて見送った。
◇
何も考えずにふらふらと歩いてたどり着いたところ。そこはスラム街であった。レンツィオを追いかけていったあの日から、ユーリは時々スラム街に足を運んでいた。
と言っても、触媒と適当な魔法素材を持ってきて、適当に錬金術をやって見せているだけではあるが。
あまり興味を持たれないが、とある灰色髪の少女だけは毎回無表情にユーリの隣に座り、じっと錬金を眺めているが。
最近では蓄熱石であれば失敗せずにつくれるようになった。少しだけ肉の付いた体は、蓄熱石を売った利益によるものだろう。
ユーリがスラム街の広場まで来ると、その姿を見つけた灰色髪の少女がテトテトと近づいて来た。いつもどおりの眠たげな半眼でユーリを見上げる。
「こんにちは。今日は散歩しに来ただけなんだ」
「……」
灰色の少女はしゃべらない。初めて出会ったときから四年ほどの時が経ったが、ユーリはその少女の声を聴いたことがない。なので名前もまだ知らないのだ。
少女は以前ユーリが持ってきた触媒が置いてあるところに向かう。ユーリの手を引いて。何でもいいから錬金をしてほしいのだろう。
「ヒマワリ草が生えてるし、蓄光石でもつくろっか」
触媒で円を描き、ヒマワリ草と適当な石を置いて、錬金を開始する。スゥっと触媒が発光する。この程度の錬金術であれば、もはや目をつむっていても失敗することは無い。なんなら右手と左手で同時に二つの錬金だって出来る。
錬金をしている最中に、灰色の少女がズムリと触媒に人差し指を触れた。この少女は度々ユーリの錬金中にこうやって人差し指を突っ込んでくる。
ユーリはそれを気にも留めていなかった。出会ったときから、ずっとこうされているから。
時々少女がユーリの錬金に合わせるように魔力を流している。何か楽しいのだろうか。
「……あれ」
ユーリが気が付く。触媒が焼き切れない。
以前エレノアと二人での錬金術を試した時、二人の魔力が混ざったところで触媒が焼き切れた。何度やっても駄目だったのだ。
それなのに今、ユーリと灰色の少女の魔力は反発することなく混ざり合っている。多少触媒に負荷がかかっているようにも思えるが、それでも焼き切れることは無い。
出来ている。二人での、複数人での錬金術が。
慌ててユーリが新たに蓄熱石を作る準備をし始めた。
「蓄熱石、作れるよね!? 一回二人でやってみよう!」
触媒で円を描き、石と火属性魔法素材である火薬を置き、触媒に指を触れて少女を見るユーリ。
ユーリの意図を察したのか、少女も指を触媒にちょこんと触れた。ユーリが頷く。
通力。二人の触れているところが淡く光る。光が触媒に沿って進み、二人の魔力が混ざる。
「……反発しない」
やはりエレノアの時のように触媒が焼き切れることはない。
混ざりあった魔力。少し反発してはいるが、ほんの少しである。
二人分の魔力を流せば当然魔力量は倍になる。二人は示し合わせたように触媒に流す魔力を調整し、負荷をかけすぎないようにする。
そのまま魔力飽和。そして錬金反応の開始である。人肌より少し温かいくらいの温度を維持するイメージを送り込む。
「……つっ!」
二人のイメージが合わなかったのか、一瞬触媒が瞬いた。しかし、持ち直す。
ユーリではない。魔力を、イメージを調整したのは少女である。ジッとユーリの顔を伺い、まるで心を読むかのように、魔力を合わせる。
しばらくすると、蓄熱石から魔力が溢れ出した。錬金反応の終了のサインだ。
「……出来た」
蓄熱石を手に取る。出来ている。エレノアとなんどやっても出来なかった二人での錬金術。近代の錬金術では不可能と言われていたそれが、こんなスラム街の一角で成功した。
ユーリは呆然と少女を見る。何を考えているか分からないの灰色の少女。
ユーリの夢へのピースが、半眼で無表情にこちらを見ていた。




