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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
131/167

第131話

 飛ぶように走って行ったユーリを追いかけて医療室に来たエマとエレノア。

 視界に入ってきた光景にエマが驚愕する。

 魔法を使う者であれば必ず教えられる禁忌、生体への錬金が行われようとしていた。

 ユーリの手元から伸びる触媒の光。それが今まさにナターシャの身体へと今まさに到達しようとしている。


「ユーリ君! 何をしているの!?」


 エマとて医療関係に身を置く立場だ。錬金術の禁忌を犯したものの悲惨な末路は知っている。だから以前、ユーリから禁忌を犯したという話を聞いたときに、彼を強く叱責した。

 だというのに、彼はまた愚行を犯そうというのか。


「今すぐにやめなさいっ!!」


 ユーリに近づくエマ。しかし、


「木の精霊様、蔦を伸ばし彼女を捉えて!」


 木魔法。エマと一緒に来たエレノアが床に手をついて唱える。エレノアの手元から植物の蔦が伸びてエマを補足した。細身の女性の力では逃げられない。


「エレノア! 何をするの! 解きなさい!」


「ごめんなさい、エマ教官。だけど、させてあげてください」


「何をやっているか分かっているの!?」


「はい。分かった上で、やっています」


「あなたたち……」


 エマが首を動かしてユーリを見る。

 自分のことなど意に介さずに、彼は真剣な表情で錬金を続けている。


 通力。触媒の光がナターシャへと届き、その体へと入っていく。

 なんの抵抗も無い。ナターシャがユーリの全てを受け入れているからだろうか。

 まるで蓄熱石を作るときのように、いとも簡単にユーリの魔力がナターシャを満たしていく。

 魔力飽和。しばらくの後、ナターシャの身体全てがユーリの魔力でゆっくりと満ちていく。

 そして最後に、錬金反応。

 ナターシャの身体にイメージを送り込む。心を侵食している悪意を取り除くように。


「……クッ」


 出来ない。

 長期間に渡ってナターシャの身体からだに、心に染み付いた悪意を剥がすことができない。

 作戦変更だ。

 悪意が抜けないのなら、上書きするしかない。

 ナターシャの心身を蝕む悪意の上に重ねがけする。夢を、希望を。


「ガッ……アッ!」


 途端、ナターシャが苦しみ始めた。

 心に根付いた希死念慮とユーリから送り込まれる希望。二つが反発し、細い身体に負担をかける。

 ユーリが歯噛みする。

 これではナターシャの身体が持たない。錬金が終わるまでに死んでしまう。何とかして身体への負担を和らげねば。

 それが出来るのは……熟練の光魔法の使い手だけ。そしてそれは、この場にいる。


「エマぁ!!」


「……ああもう!! 分かったわよ!! エレノア!! 手伝うからこれほどいて!!」


 エレノアがつたを解くと、ナターシャに駆け寄ったエマが詠唱する。

 錬金反応の光に、エマの魔法の柔らかな光が重なる。優しくナターシャを包み込む。

 表情が少し和らいだ。


「ありがとう、エマ」


「……後で死ぬほど説教してあげる」


「うん」


 ユーリは錬金を、エマは光魔法を。

 深夜の医療室に柔らかい光が灯り続ける。


 ……どのくらいそうしていただろうか。


 ユーリもエマも魔力が底をつきて来た。

 それでも集中力を切らさない。いつ終わるか分からない作業を、全力の集中力を持って続ける。

 汗だくのユーリに、歯を食いしばるエマ。

 手伝えない事に歯噛みするエレノア。


 永遠に続くかと思われた時間は、ついに終わりを迎えた。

 ナターシャに送り込んでいた魔力が溢れ出す。錬金反応の終了のサインだ

 ドチャッとユーリが床にへたり込む。エマも魔力が枯渇して床に倒れ込んだ。

 エレノアが急いで第三級位キュアポーションを二人に飲ませた。消耗した身体が多少は癒えるはずだ。

 息も絶え絶えにエマが問う。


「成功したってぇ……思っていいのよねぇ……?」


「ハァ……ハァ……。うん、多分……」


「二人とも、お疲れ様でした」


 エレノアがナターシャの様子を伺う。

 ナターシャは……生きていた。

 光を失っていた瞳は輝き、金の双眸からしずくをこぼしながら窓の外を見つめている。

 いつの間にか空は白み、太陽が頭をのぞかせていた。

 ナターシャの心に希望が芽生える。

 なんてことはない。普通の人が朝起きて、今日は何をしようか、誰に会おうか、どんな一日になるのかと思うだけの、些細な希望。

 ここ数年、ナターシャの心に芽生えることのなかった希望という名の活力に、ナターシャが涙を流す。

 朝日とは、こんなに美しいものだったか。


 錬金術の禁忌は、成功した。



 一週間、ナターシャは医療室で過ごした。食事を食べてもあまり嘔吐えずかなくなり、すこしずつだが体も動かせるようになってきた。

 今、ナターシャの中には呪いとユーリの付与した希望が拮抗している。健康な状態とはいいがたいが、それでも以前よりは多少マシになった。

 クスリを飲むのをやめれば、呪いはこれ以上進行することは無いだろう。

 それと、ナターシャの心身に起こった異変が2つ。


「……本当にごめんなさい」


「ハァ……だから謝らないでって何度も言ってるじゃない。バカなの?」


 あの夜から毎日かかさず医療室に顔を出すユーリに、ナターシャがため息を吐いた。

 ユーリが謝っているのはナターシャの瞳についてである。

 以前は紫と翠のオッドアイだったが、今はその双眸は金色に変わっていた。生体への錬金術による弊害だろう。

 魔力の波長も変わってしまったのか、以前は火、水、木、光のクアドラプルであったが、今は光のみのシングルである。それ以外の魔法は使えなくなってしまった。


「僕の錬金術のせいで……」


「だから、バカなの? あなたが錬金術を、禁忌に手を染めてまで助けてくれなければ、私は死んでいたのよ? 命を助けてもらったのに、貴方を責めるわけないじゃない」


「それでも……」


 クアドラプルは非常に稀有だ。ダブルでさえかなりレアだというのに、さらにその二つ上。その特性をユーリが消してしまった。

 そしてユーリとエレノア同様に、どんな影響があるかは分からない。


「ユーリ、本当にもう謝らないで。私はあなたにとても感謝している。怒ってなどいないし、怒る気などない。むしろ謝られる方が不快なのよ。分かる?」


「……」


 そこまで言ってもユーリはうつむいたまま顔を上げない。

 どこまでお人好しなのだろうか、この少年は。

 聞いた話によると、自分が倒れてからは寝る間も惜しんで研究をしていたらしい。あの夜ももう深夜だったというのにポーションの開発をしていたと言うではないか。そこまで自分の為に身を粉にして頑張ってもらったのに、怒る馬鹿がいるものか。

 だというのに、ユーリのこの態度である。

 ナターシャはため息を吐き、少しだけ微笑む。


「ユーリ、ちょっと近くに来なさい」


 そんな愛らしい少年に手招きをする。


「……うん」


「もうちょっと近くに来て」


「……」


 浮かない表情でベッドの横に立つユーリ。申し訳なさそうに伏せられた瞳は、ナターシャの顔を見ようとしない。所在なさげに床を見ている。

 ナターシャはそんなユーリの頭に手を伸ばし、自分の胸に引き寄せて抱きしめた。


「……え?」


 離れようとするユーリの頭を、離すものかと強く抱く。


「最後にもう一度だけ言うわ。ユーリ、私を助けてくれて、本当にありがとう。貴方がいたから私は今ここに生きている。何度も何度も泉の水を持ってきてくれてありがとう。私の為に薬の研究をしてくれてありがとう。錬金術の禁忌にまで手を染めて、私を闇から救い上げてくれてありがとう。そして……私の友達になってくれて、本当にありがとう。貴方がいなければ、私の心はとっくの昔に闇に沈んで死んでいた。貴方と言う希望があったから、今まで生きてこられたし、貴方が希望をくれたから、これからも生きていくことが出来る。本当に、本当にありがとう」


「……うん」


 ナターシャは愛おしそうにユーリの頭を撫で、気づかれないように白い髪にキスをする。

 ナターシャに起こった異変の、もう一つ。

 彼女はユーリに、恋をした。

 いや、まだその感情が恋かどうかは分からないが、愛情を抱いているのは確かである。

 呪いのせいで前向きな感情を抑制されていたが、その抑制がなくなった今となっては、ユーリに対して好感を抱かない方がおかしいだろう。

 生意気で口も態度も悪い自分に、ここまで寄り添って助けてくれたのだから。

 ナターシャは思う。

 多分これが、恋なのだろう。冷静に考えれば、ここまでしてくれる異性に恋しない方がおかしいだろう。

 まぁでも、この感情を伝えるつもりは無いのだけれど。


 一週間前、ナターシャ・ベルベットは死んだ。

 あの時から、ただのナターシャだ。

 エマによると、領主へは本当に死んだと報告したらしい。めんどくさいことになるかと思ったが、特に追及も無く受け入れられたとのこと。これからは命を狙われることもないだろう。

 本来なら悲しむべきことなのかもしれないが、それでいいとナターシャは思う。

 肉親を失ったというよりも、足枷が外れた気分だ。

 きつく抱いていた腕を緩めると、ユーリはゆっくりと顔を上げた。戸惑っているものの、その顔にさっきまであった悔恨の色はない。


「ようやく目が合ったわね」


「うん。ごめ……ありがとう、ナターシャ」


「危なかったわね。ごめんって言ってたらひっぱたいていたわよ」


「あ、あはははは」


 ユーリが乾いた笑いを漏らす。


「それで、私はどうすればいいの?」


「へ?」


 唐突な意味の分からない言葉にユーリが疑問の表情を浮かべる。

 ナターシャの口が意地悪な形にゆがんだ。


「へ? じゃないわよ。言ったじゃない、私の命をあげるって」


「えっと、それは……」


「『ナターシャの命を僕に頂戴』って言ってたくせに、いらないの? 私に死ねっていうのかしら」


「そ、そんなことないよ!」


「なら、私はもうユーリのものになったのだから、なんでも好きにしていいわよ。もう帰るところもなくなっちゃったのだから」


「えっと、それは、その……」


 正確には『ナターシャの命を僕に頂戴』ではなく『ナターシャの命を僕に託して』であったが、そんなことはナターシャにとってはどうでもいい。都合よく過去を改竄している。

 ワタワタと慌てるユーリを見て、ナターシャが微笑む。


 この感情を伝えるつもりは無いけれど。

 だけど少しくらい、異性として意識してもらうのも、悪くはないのかもしれない。


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