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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
130/167

第130話

 エレノアから渡された白い粉、ナターシャの飲んでいるという薬を指先で触りなが、エマはギリと歯を噛んだ。

 薬草学に精通しているペネロープに聞いたところ、こんな薬はないとの答えがあった。まさかと思いフィリップに問うと……


『はい、これは闇属性の魔法素材の一部ですね、間違いありません、はい。砕かれてはいますが、呪物に該当します。それもかなり強めの魔法素材ですね。どちらでこれを? ……頂いてもよろしいですか?』


 との答えだった。


「子供に、なんてものを飲ませてるのよ……」


 ナターシャが飲んでいたという薬は、薬などでは無かった。

 それは、細く砕かれた呪物。元が何だったのかは分からないが、決して人が体内に入れていい物ではない。

 体内に入った呪物は、身体を、心を蝕む。

 精神から生きる力を削いでいくのだ。病気になったわけでもないのに倦怠感を覚え、怪我をしたわけでもないのに身体が痛む。飲み続ければ生きる希望を失い、死に至るのである。


「一体誰がこんなものを……」


 夜の医療室で呟くナターシャに、か細い声が帰って来る。


「母よ……」


「ナターシャちゃん! 起きてたの!?」


 ベッドに横たわり、しばらく目を覚まさなかったナターシャが、瞳をあけてうつろな目で天井を見つめる。


「母が、私を見て、残念そうに言ったわ。『まだ生きていたのね』って。薄々気がついていたのよ。それが薬なんかじゃないってことに。だって、おかしいじゃない。原因不明の病なのに、母が薬を持っているなんて。でも、信じて飲むしかなかった。母の愛を失ったら、私には何もないから。生きる希望がないから。信じて飲むしかなかった」


 瞳から雫が伝う。


「でも、もう終わり。母が私の死を望んでるって、分かってしまった。理解してしまった。はっきりと、認識してしまった。もう私には生きる理由も希望もない。心と身体からだが死にたがってる。もう、死にたいの」


 ナターシャの体が弱っていく。不自然な自然死へと落ちていく。

 エマが焦る。血圧が落ち、本当にナターシャが死に向かっていることが分かった。


「駄目よ! しっかりして! 希望はあるわ! これから見つければいい! だから負けちゃ駄目!」


 エマの言葉は、ナターシャには届かない。

 何か、何か無いか。ナターシャの生きる希望となるものが……

 エマが駆け出した。



「ナターシャ!!」


 深夜だと言うのにエレノアの研究室で机に向かっていたユーリは、エマから事情を聞いて急いで医療室へと駆けて来た。

 やつれたナターシャの顔に一瞬息を飲み、すぐにその細い肩を揺らす。


「ナターシャ! ナターシャしっかりして!」


「……」


 呼びかけるも、虚ろな瞳は動かない。


「ナターシャ! ナターシャってば!!」


「……誰?」


 辛うじて、声が届いた。闇に沈みかけていた心が少しだけ浮上する。

 ピクリと動いたナターシャの手をユーリがきつく握りしめる。


「ナターシャ! 僕だよ! ユーリだよ! しっかりしてナターシャ!」


「……ユーリ? そう。お母様じゃ、ないのね……」


 光の戻りかけたナターシャの瞳が、すぐに虚ろになる。


「来てくれるわけ、無いわよね……私に、死んで欲しいのだから」


 カラカラに乾いたナターシャの身体から、絞り出すように涙が溢れた。ひび割れた薄い唇を震わせる。


「滑稽よね……信じていた、愛していた母に、殺されるなんて……死を望まれていたなんて……もう生きている意味なんて、無いわ」


「そんなことないよ! 死んじゃだめだよ!」


「ねぇ、教えて。私が妾の子でなければ、ベルベット領主の娘でなければ、違っていたの? 私がただの『ナターシャ』だったなら、幸せになれていたの?」


「ナターシャはナターシャだよ! 他の誰でもない! 今からでも幸せになれるよ!」


 ユーリが必死に叫ぶも、その声はナターシャの心に響かない。


「あなたに何がわかるって言うの!? 幸せに生きて来た貴方に!! 私の何が分かるのよ!? おねがい、もう、死なせて! 生きるのが、辛いのよ!」


 涙を流し、掠れた声でナターシャが悲痛に叫ぶ。


「だめだよ! いやだ! 生きてくれなきゃいやだよ!」


「どうして!? 私にはもう、何もないの! 生きる意味も希望もないの! これからもずっと、辛いまま生きろっていうの!? お願いだから死なせてよ!!」


「僕がいるよ! ナターシャ、僕がいる!」


「あなたが私のなんだって言うのよ!?」


「友達だよ!!」


 ユーリが必死に叫ぶ。


「友達って……そんなことで……」


「そんなことじゃない! 大切な友達だから! だから絶対に死なせない! ナターシャが死ぬなら、僕も死ぬ!」


「あなた、何を言って……」


「だから!! ……だからナターシャの命を、僕に託して」


 ユーリは医療室に飾ってあったヒマワリ草の花と葉をちぎり、ナターシャへ散らす。


「必ず、助けるから」


「ユーリ……」


 ナターシャは思う。

 あぁ、この純粋無垢な少年に命を預けるということは、それはなんと幸せなことだろうか。この心優しき少年に殺されるのであれば、それはなんと暖かい死だろうか。

もう腹違いの兄弟にも、偽善者面して寄ってくる宰相にも、そして実の親にも怯えなくてすむのだ。

 どうせ一度は諦めた命。だったらこの少年に託そう。

 そしてもし生きながらえたならば、もう一度友達になろう。

 今度は本当の友達に。彼に相応しい、胸を張って友達といえる仲になろう。

 スゥッと、ナターシャの顔から険が抜けた。


「ユーリ、貴方にあげるわ。私の、命。あなたが、殺して」


「ありがとう。でも、絶対に助けるから」


 ユーリが持って来たポシェットからユニコーンの角の粉末と、色無鮫の歯の粉末、そして光のエレメントを取り出す。

 いざ、禁忌を始めよう。


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