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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第五章 錬金術の下準備〜水晶樹の森と、ユニコーンの角〜
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第124話

「一本、オリヴィアの、勝ち」


「ウオラアァァァァァァ!! 舐めんなァァァァァァ!!」


「また負けたアァァァァァァ!!」


 真夏。セレスティアの屋敷の庭で、オリヴィアが勝利の雄叫びをあげ、ユーリは敗北の悔しさで叫喚する。

 汚れることなどいとわず、ドッと地面に倒れ込むユーリ。滝のような汗が流れる。日差しが眩しい。

 勝てない。

 半年以上、何度も何度も戦っているのに、まだ一度も勝利できていない。

 あと一歩なのだ。あそこであと一手、あの場面でもう一押し出来れば勝てた、そういう試合はたくさんあるのに、その一歩が届かない。


「ふふ、ふふふ……はぁ……はぁ……。まだ、まだ負けないわよっ!」


 こちらも滝のような汗を流しながら言うオリヴィア。『まだ』と言っているあたり、いつかは負けることもあるだろうなと思っているのだろう。


「む~~~~~~~」


 横になったまま、なかなか起き上がってこないユーリ。


「あり、拗ねちゃった?」


 オリヴィアが大人気なかったかなー? と頭を掻く。

 寝ているユーリの隣にしゃがみ込む。


「ちょっとユーリ。拗ねないでよ。あんたが悔しいのと同じくらい私だって悔しいんだから」


「……勝ったのに?」


「馬鹿ねぇ。負けてるようなもんじゃない」


「どういうこと?」


 理解できないユーリが身体を起こす。


「だって、あんたまだ10歳じゃない。私はもう19よ? ほぼ半分の年齢の子に肉薄されてるなんて、もう負けみたいなものじゃない。それに私は魔法だって使ってるんだから」


「……でも負けは負けだもん」


「ほんっと、強情よねぇ。ティア、あんたからもなんか言ってやってよ」


 オリヴィアに話を振られたセレスティアは少し考え、言った。


「ユーリ、伸びしろ、少ない」


 出てきたのはまさかのネガティブな言葉であった。


「ちょ、ちょっとティア! なんてこと言うのよ!」


「ユーリ、もう、ほぼ完成形」


 慌てるオリヴィアを無視してセレスティアが続ける。


「身体が大きくなる、リーチが伸びる。でも、その程度。劇的には、成長しない」


「そんなことないわよっ! ユーリだって強くなってるんだから!」


 庇うオリヴィアに首を振り、ユーリが言う。


「ううん。セレスティアの言う通りだと思う。僕の武器は偏重強化があるけど、逆に言えばそれだけしかない。オリヴィアみたいに水の龍を操ったり、レンツィオみたいに火の球で爆発的に加速したり出来ない。応用が利かないし戦術も広がらない。ただ、偏重強化を使える『力の強い人』でしかないんだ。でしょ、セレスティア」


 セレスティアは頷く。


「あと一歩届かない。理由、それ」


「戦術の幅が狭いってことだよね」


「そう」


 青い空を仰いでため息を吐く。うすうす分かっていたことだった。ユーリには類稀たぐいまれなる魔力操作の技術はあるが、それは体内でのこと。体外で魔法として操れなければ意味はない。

 自分にできるのは早く動くこと、強く攻撃すること、それしかない。戦術の幅が広がらないのだ。


「だから、ユーリはユーリの、武器を探すべき」


「僕の武器?」


「ユーリ以外の人、魔法使える。ユーリ、使えない。でも、ユーリだけに使える武器、ある」


「僕だけの武器……」


 ユーリは考える。いや、考えなくてもわかる。他の人になくて自分だけが持っているもの。それは、


「錬金術?」


 セレスティアが頷いた。


「でも、どうやって錬金術を戦闘に活かすの?」


「それは、知らない」


「って、知らないんかいっ!」


 スコーンとオリヴィアがコケた。


「私、錬金術、分からない。もしかしたら、無意味かも、知れない。でも、何かあるとしたら、それしかない。と、思う」


「可能性はある、ってことだね」


 ユーリは手のひらをグッと握りしめる。

 何か、あるはずだ。錬金術の、錬金以外の使い道が。

 まだ授業以外での錬金術は禁止である。

 今できる思考を、アイディアを、あと一月の間に出しつくすのだ。



 ユーリは考えた。考えに考えに考えた。

 例えば闇属性素材。蛇の毒の属性を、触媒を使用して相手に流し込むとか……


「いや、だったらナイフに毒を塗ったほうが絶対早いよね……」


 例えば火属性。相手にぶつけることで破裂する魔導具とか……


「いや、それは魔導具であって錬金術じゃないよね……」


 例えばグレゴリアの書紀にあった生体への錬金術。気絶させた相手に錬金術をすれば簡単に倒すことが……


「いや、気絶させた時点でもう勝ってるじゃん!!」


 ブツブツブツブツ。頭を抱えて独りごちるユーリ。


「もう! 集中出来ないじゃない!」


 そんなユーリに怒る前の席の女の子、ナターシャ。

 賢明に通力をしようと試行錯誤しているが未だにうまく行ってないようだ。そんな最中に後ろでブツブツ言われれば怒るに決まっている。その相手がいとも簡単に通力しているとなればなおさらだ。


「あ、ごめんごめん。どう? 通力できた?」


「出来ないから怒ってるのよ! アンタ馬鹿なの!?」


 もはやただの八つ当たりであった。

 ちなみに錬金術の授業を受けているのはユーリとナターシャの二人だけである。他の生徒たちは各々魔法技術だったり戦闘技術だったりの自主練習をしている。いつまでもうまくできない錬金術などやりたくないのだ。


「どこが難しいの?」


「どこって、全部よ、全部! だいたいこういうチマチマした魔法操作は得意じゃないのよ……」


 言いながら再び通力に挑戦するナターシャ。少しだけ触媒が発光するが、すぐにブスブスと燃えて焼き切れる。


「もっと流し込む魔力量を少なくして、ムラなく一定にすると良いよ」


「分かってるわよそんなこと! それが出来ないからこうなってるのよ!! バカッ!! バカユーリ!!」


「ご、ごめんなさい……」


 ほとんどの人が錬金術を諦めるのが、これが理由である。

 微細で繊細な魔力操作。イライラする。やっていてイライラするのだ。ストレスが溜まり、触媒を投げ捨てたくなる。

 いや、実際ナターシャは何度も触媒を投げ捨てて教室を出て行っていた。

 次の授業のときにきちんと出席しているだけで偉い方だ。

 頭を掻きむしるナターシャを見ながら、ユーリは触媒に触れる。

 スッと魔力を触媒に流す。一定の量を、ムラなく、途切れなく、少しだけ。


「少しだけ……?」


 そうだ。錬金術を行うときに流す魔力は決して多くはない。流し続ける必要があるため、結果として大量に魔力を使用するが、通力自体には魔力をあまり使用しない。というか、たくさんの魔力を使用すると触媒が焼き切れて失敗する。さっきのナターシャのように。

 ……ならば、大量の魔力を一気に流し込んだらどうなるのか。触媒が焼き切れるだけだろうか。

 触媒だけを錬金台をの上に置き、指を添えて、魔力を一気に……


「っと、あぶないあぶない」


 やる直前にとどまる。無鉄砲に動いた結果、大切な人を傷つけたのだ。錬金術に対しては慎重すぎるくらいで丁度良い。


「フィリップ、質問していい?」


「…………」


「フィリップ?」


「…………ハェッ!? は、はい! 何でしょうか!? し、質問ですか!?」


 取り乱した様に慌てるフィリップ。


「え、うん。質問だけど、大丈夫?」


「も、もちろん! もちろん大丈夫ですとも! いやはや、錬金術の授業で質問されることなどほとんど無いので、はい、気を抜いていました。それで、何の質問でしょうか?」


 何やら悲しい事を言うフィリップである。


「えっとね、通力する時って、魔力をあんまり使わないよね?」


「え、えぇ。そうですね。たくさんの魔力を流そうとすると触媒が焼けてしまいますから」


「じゃあさ、思いっきりたくさんの魔力を流そうとしたらどうなるの?」


「え? たくさんのですか? それは、錬金術が失敗すると思いますが、はい……」


「錬金術の禁忌じゃないよね?」


「はい、それが禁忌だという話は、聞いたことがないですね、はい」


「よし、じゃあやってみよう」


 意気揚々と触媒に触れるユーリ。


「あの、何を……」


 いつもは通力する際に、少しずつ魔力を通す。それを一気に、大量の魔力でやってみる。


「……ふっ!!」


 ボジュッ


 当然触媒は焼き切れた。


「えっと、はい。このように焼き切れてしまいます。はい」


 フィリップが言うが、既にユーリの耳には届いていない。


「うーん。全然魔力が出ていかないや。触媒への魔力の通り道を広げるように、一瞬だけ弱く、その後思いっきり流す、とか……」


 何やらブツブツ呟くユーリ。最近の子は何を考えているか分かりませんねぇと思いながらフィリップが教壇へと戻ろうと背を向けた。その時、


「……ふぃっ!!」


 バァンッ!!!!


「ヒャアアアァァァ!!」


「キャアァァァァっ!! ちょ、ちょっと、何やってるのよっ!!」


 突如背中で響いた爆発音にフィリップとナターシャが驚く。


「あ、ごめんごめん、ちょっと実験を」


「ごめんじゃないわよ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」


「アハハハハ」


 笑ってごまかすユーリ。しかし内心ではかなり興奮していた。

 通常どおり通力し、魔力が通った瞬間に爆発的に流す魔力を増やす。そうすることで、まるで爆発が起こったように破裂した。

 戦闘で使えるのではないか。自分の新しい武器になるのではないか。

 ユーリは震える手で触媒を握りしめた。


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