第123話
廃鉱山の右の道に進んだ一行だが、そちらにはスケルトンもレイスもあまり出てこなかった。
ラウラが鉱石を掘り、フィオレが水魔法で洗浄する。ユーリとオリヴィアは左右の警戒だが、ほとんどが敵が来ないので退屈している。
ちなみにオリヴィアに渡した中和剤入りの細剣はレイスにも効果があったため、もはやオリヴィアも怖いものなしだ。切れて倒せるならただの鉛級の魔物である。
「いやはや、水が豊富に使えるというのは、ほんに便利じゃのう。とは言うものの……ほとんどクズ鉱石しかないのう」
悪霊が少ない、即ち鉱石を取りに来やすいということである。いくつか銅鉱石を採取したものの、量が少ない上に銅の含有量も少ない。
フィオレに水魔法で汚れを洗い流してもらった鉱石を確認し、その中から少量だけカゴに入れため息を吐くラウラ。
「こっちで採掘しても時間の無駄じゃの。ユーリ、怨霊の多いと言われる左の道に行ってみらんか?」
「ふあぁ……。うん、そうしよっか」
あくびをしながら答えるユーリ。緊張感がない。
来た道を戻り、メインの通りを更に進むと、左へと分岐する道が見えてきた。
モニカの話ではこちらの道は怨霊が多いとのことだが……
「うわっ。いっぱいいる……」
チラリと覗いてみると、レイスとスケルトンのお祭り状態である。
「ユーリ、私の魔法で一掃しようか?」
先程攻撃禁止命令が出たフィオレが尋ねる。
「うーん。それが出来たら早いけど……」
「辞めておいたほうが良いじゃろうな」
ユーリは気が進まない様だし、ラウラは反対した。
「どうしてですか?」
「火は空気を喰うからの。儂らが呼吸できなくなるかもしれんのじゃ。それにアンデッドとは言ってもスケルトンは骨。半端に燃えれば有毒なガスになる。この洞窟でそれは縁起が悪いからのう」
「そうですか……」
せっかく汚名返上する機会かと思ったのにと、残念そうなフィオレ。
「あ、なら氷の矢で倒せる分だけ倒しますね」
「うむ、それなら問題なかろう」
ラウラから許可をもらい、フンスと気合を入れるフィオレ。
「水の精霊よ、氷の矢となり彷徨える亡者を穿て!」
五十を超える氷の矢。一つ一つの大きさ、強度はあまり無いが、スケルトンの頭蓋骨を破壊するには十分である。
レイスも巻き添えにしながら何体ものスケルトンを倒す。
「火の精霊よ、闇を照らす灯火となり砲列せよ!」
今度は火魔法。攻撃が目的ではなく、長く続く道を明るく照らすものだ。提灯行列の様に優しく闇を照らしながらお行儀よく並ぶ。
「うっし、そいじゃいっちょやりますかね」
気合を入れるオリヴィアと、
「うん!」
中和剤を手と足にまぶすユーリ。さぁ、死者との輪舞曲の始まりだ。
ユーリとオリヴィアが駆ける。
ユーリは右手左手右足左足、たまに頭突きも混じえながらスケルトンを粉砕しレイスを倒す。
オリヴィアは右手にいつもの細剣、左手にユーリから貰った中和剤混じりの剣を持ち、クルクルと周るように敵をすり抜けながら倒していく。
「す、すごい……っ!」
「小童め、鍛冶に錬金術に、冒険者までここまでこなすか……規格外じゃな」
フィオレとラウラも二人の後を追う。こちらは敵と戦っていないというのに、二人に追いすがるだけで精一杯だ。
あっという間に行き止まりまでたどり着くユーリとオリヴィア。道中の全ての敵を倒した。
最後の一体のレイスに向けて、ユーリが鋭く突きを放つ。
「ふぅ。流石にこれだけいると疲れるわねー」
二本の剣を鞘に戻して、オリヴィアが伸びをする。
一体何体のレイスとスケルトンを倒しただろうか。常時討伐依頼の対象になっていれば、結構な額になっただろうにと、どうでもいいことを考える。
「ユーリ、どうしたの?」
話しかけてもユーリからの反応はない。最後の一体のレイスに突きを放った格好のまま動かない。
「ちょっと、ユーリ? 大丈夫?」
オリヴィアが心配してユーリの肩に手をかけた、その時。
「ガアアアァァァァァァ!!」
「ちょ、ちょっとユーリ!?」
ユーリが突然オリヴィアに襲いかかった。知性など無い、ただの獣のようにオリヴィアに覆いかぶさる。
「あんたどうしたのよ!?」
「ガアアアァァ!!」
「あんた、その目……っ!」
オリヴィアがユーリの目を見る。いつも純粋無垢な黒い瞳の、そのまわりが赤く光っている。
取り憑かれているのだ。
殴りかかってきたユーリの手を掴む。その手には粉、中和剤は付いていない。
ここに来るまでに何体ものスケルトンを殴ったのだ。当然中和剤は落ちるに決まっている。
最後の一体のレイスを殴る前に落ちきったのだろう。そしてただの拳がレイスに通用するわけがない。
触れて、取り憑かれたのだ。
「くっ……どうすれば……っ!」
ユーリから貰った中和剤入りの剣を抜こうとして、やめる。流石にこんなに硬いもので殴ればユーリが大怪我をする。
かといってこの状況で魔法を使えるほどオリヴィアは魔法に精通していない。
幸いなことに、身体を乗っ取られたユーリは身体強化までは使えないようだ。組み敷かれるだけに留めることができている。
「どうしたんじゃ!?」
「ユーリ! 何してるの!?」
そこに駆けつけるラウラとフィオレ。
フィオレはいちはやく状況に気がついたのだろう。念のためユーリから貰っておいた中和剤を手にまぶし、そして。
「目を覚ましなさいっ!」
パァン!!
ユーリを推し倒して馬乗りになり、頬を叩いた。強烈な一撃。これにはレイスもたまったもんではない。
「……あ、れ? おね」
「ユーリから出ていきなさいっ!」
パァン!!
必死の形相でユーリの頬を叩くフィオレ。
大切な弟を悪霊なんかに連れて行かれてたまるもんか。
叩く手にも力がはいる。
「……おね」
「ユーリをかえしてっ!」
パァン!!
涙を流しながら、フィオレはユーリの頬を叩く。
これから一緒にたくさん冒険するのだ。ユーリといろいろなところに行くのだ。それをこんなところで奪われてたまるか。
「……お姉ちゃ」
「戻ってよ、帰ってきてよ、ユーリィィィ!!」
パァン!! パァン!! パァン!!
泣きながらユーリの頬を叩くフィオレ。悲痛な叫びが暗い穴の中に木霊する。
何度も何度も頬を叩き、ついにその手がオリヴィアに掴まれて止められた。
「オリヴィアさん……」
フィオレがオリヴィアを見る。オリヴィアは悲しそうな顔で首を振り、言った。
「フィオレ……ユーリは、もう……」
「そ、そんな……そんなっ! ユーリ……ユーリがあぁぁぁ!!」
「最初の一発で、戻ってきてるから……」
「……へ?」
ゆっくりとユーリに視線を戻すフィオレ。
そこには、頬を赤く晴らして涙目の弟の姿が。どうみても普段のユーリである。
「お、お姉ちゃん……痛い……」
「あ……えっと……その……」
フィオレの頬を冷や汗が垂れた。
「ゆ、ユーリィィィぃ!! 戻ってきてくれてよかったあぁぁぁ!!」
とりあえず誤魔化すことにしたフィオレであった。
◇
一悶着あったものの、怨霊を一掃することは出来た。あとは採掘するだけである。
「ふむ。やはりこちらの方が良い鉱石が残っておるの」
「私には全然違いが分からないです……」
「一日見ただけで分かるようなら採掘師など不要じゃ」
先程と違い、掘った鉱石の多くを籠に入れるラウラ。なかなかの採取量だ。
「おぉ!! やはり銀も眠っておったか!! 僥倖僥倖!!」
昔聞いた通り、僅かだが銀鉱石も含まれているようだ。
採掘開始から2時間ほどで、籠は一杯になった。
ラウラが身体を起こして伸びをする。
「大量大量! 採掘遠征、大成功じゃ!」
大量の銅鉱石と少量の銀鉱石を得た。あとは錬金術の解禁を待って、希少金属の鍛造である。
ワクワクと目を輝かせるユーリとラウラであった。




