第122話
土の日。仲良し組とラウラの四人は西の廃鉱山へと赴いた。
最初は悪霊の少ない右の道を行き、問題なそうであれば左の道にも行く予定だ。
一度入り口まで来たことがあるというラウラの案内で2時間ほど歩き、目的の廃鉱山の前までやって来た。
「ここじゃ」
「う……わぁ……」
思わず顔を引き攣らせて声を漏らすオリヴィア。それも仕方がないだろう。その廃鉱山の入口はあまりにも雰囲気があった。
鬱蒼とした森の中に、ポッカリと口を開けている廃鉱山の入口。辛うじて入り口から数メートルまでは光が届いているので中が見えるが、それより奥は完全なる闇だ。付近に散らばる朽ちた鉱山道具がより一層雰囲気を醸し出している。
「……」
フィオレはそのあまりにもな雰囲気に、恐怖が度を越えてもはや微笑をたたえている。目に光がない。
中に入る前から心が折れている。
「うむ。儂も以前入り口まで来て引き返したんじゃ。ハッハッハ、帰りたかろう?」
「ハッハッハ、じゃないわよっ!! こんなの出るじゃない!! 確実に出るじゃない!!」
諦観したように笑うラウラと、叫びながらも入口から目が離せないオリヴィア。見たくない。見たくないが、目を背けたらそこから何かが出てきそうで目が離せない。
「えっとね、出るのはスケルトンとレイスだよ。それ以外の悪霊の発見例は無いって。スケルトンだったら頭を割って、レイスだったらお姉ちゃんの魔法でやっつけよう。オリヴィア、レイスが一体だけ出たら、この前あげた剣で攻撃してみてね」
「あんた、なんでそんなに平然としてるのよ……一番年下なんだからちょっとはビビりなさいよ」
「だって、スケルトンは土級でレイスは鉛級だよ? クロコサーペントよりも全然弱いじゃん」
「いやそういうことじゃなくて……はぁ、言っても無駄ね。腹くくって行くしかないわね。フィオレ、灯りをお願い」
「……ハイ」
虚ろな目のフィオレが一歩前に出て詠唱を始めた。
「ヒノセイレイヨ、フユウスルキュウトナリテ、ヤミヲテラセ」
抑揚がない。しかし、魔法は発動した。さすがフィオレである。
照らし出された廃鉱山の入口。さっきまで暗闇で見えなかった、入り口のすぐ横のくぼみに……
――カタカタカタカタカタカタカタ
いた。まさかこんな近くにいるとは。スケルトンの頭蓋骨にぽっかり開いた目の空洞から赤い光が覗く。顎をカタカタとならしながら、ゆっくりとこちらを見た。
一瞬の間の後、
「キャァァァァァァァァァァァ!!!!」
「ヒィィィィィィィィィィィィ!!!!」
「ニョワァァァァァァァァァァ!!!!」
女性3人の悲鳴が響く。
「あ、スケルトンだ。普通に頭割ればいいのかな? ほいっと」
ユーリはスケルトンに近づくと、いとも簡単に頭を蹴り割った。頭蓋骨の中に入っていた赤い光がスゥと霧散し、糸の切れたマリオネットのように骨が落ちる。
ユーリは骨の一本を手に取りマジマジと眺め、
「うーん。闇の魔法素材になりそうだけど……属性値は低そう」
なんてことを呟く。いたって平気そうである。
「ゆ、ゆーりぃ、ゆーりぃ……」
廃鉱山の中に足は踏み入れず、明るいところからユーリの名を呼ぶフィオレ。恐怖からか、ガタガタと震えており涙目だ。腰も引けている。
「お姉ちゃんどうしたの?」
暗いところから戻ってきたユーリ。フィオレはその腰にしがみついた。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁん!! こわいよぅ!! こわいよぅ!! おばけ怖いよーーーーう!!」
号泣である。当たり前だ。十二歳の幼気な少女なのだ、フィオレは。
頭のネジが外れているユーリとは違うのである。
「ごめん、ごめんねゆーりぃ……ちょっと、ちょっとだけ待っててぇ……」
ユーリのお腹に頭を擦りつけて泣くフィオレ。そのまま数分泣き続け、ようやく顔をあげた。
グシグシと涙を拭う。
「ん……大丈夫、行こ」
「えっと……大丈夫? お姉ちゃんお留守番しとく?」
「んーん、行く」
おばけが何だ、悪霊が何だ。ユーリを守ると決めたではないか。こんなところで挫けてはいられないのだ。
「火の精霊よ、闇を照らす球となり我らの周りに浮遊せよ!」
力強く詠唱するフィオレ。4つの火球が煌々と闇を照らす。
見える範囲には敵はいなさそうだ。先程の一体がたまたま近くにいただけだろう。
四人はようやく廃鉱山の中へと足を踏み入れた。
◇
「ホイッと」
目的の右に枝分かれした道に着くまでに遭遇したのはスケルトン2体のみ。どちらもユーリが頭を蹴り割って対処した。
何ら問題のない探索だが、フィオレは棒を握りしめてカタカタと震えている。
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない」
――コツーン
「ヒイイィィィィィィィ!! 怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない!!」
つま先に当たった石が壁に当たる音にも過剰に反応するフィオレ。顔が青ざめている。
そんな中、ついにレイスが現れた。
ボウっと宙に浮かぶ白いもやのようなもの。一応目と口の部分が黒くなっており顔の形を形成している。『おばけ』と言われて一番最初に思い出す典型的な形である。
現れたのは一体のみ。オリヴィアに渡した中和剤入りの剣を試すのにちょうどよい敵である。
「あ、レイスだ。オリヴィア、この前あげた剣で……」
「ひひひひひひひひ火の精霊よ!! ごごごごごごごご業火となりて邪悪な魂を祓えええええぇぇぇ!!」
ドゴオオオオオオオオォォォォォォォ!!
廃鉱山に昼が来た。そう思わせるほど眩しく輝く炎が、たった一体のか弱いレイスを容赦なく襲う。かわいそうに、断末魔を上げることもなく一瞬で消え去った。
「はぁ……はぁ……や、やりましたあぁ! 倒しましたあああぁぁぁ!」
まるでドラゴンでも倒したかの様な勝鬨を上げるフィオレ。
「こ、これでレイスなんて怖くもなんとも無いですっ! フィオレにおまかせください!!」
「……いや、レイスよりフィオレの方がよっぽど怖いんだけど」
あまりにフィオレが怖がっているので、オリヴィアとラウラはむしろ怖くなくなって来ていた。
そしてあの鉄さえも焼き尽くしそうな業火。もし自分がレイスに取り憑かれたら、レイスもろとも消し去られるのではないかとオリヴィアは戦慄する。
「お姉ちゃんお姉ちゃん」
「どうしたのユーリ! おばけが出たの!? お姉ちゃんに任せなさいっ!」
テンパって意気込むフィオレに、ユーリが言う。
「検証にならないから、お姉ちゃん攻撃禁止ね」
無情である。フィオレはしょんぼりして大人しくなった。




