第121話
「モニカ、ちょっと聞きたいことあるんだけど、いいー?」
冒険者ギルドへとやって来たユーリ。魔物退治で困ったことがあれば、まずはモニカに相談である。
「はい。ユーリ様ですね。少々お待ち下さい」
掃除のためか、カウンター内に収納してあったユーリ専用の踏み台を用意しようとして、気がついたようにユーリを見る。
目があっている。
昔は頭の先っちょが辛うじて見えるか見えないかの高さだったのに、今は普通に目があっている。
疑問に思いカウンターから出てくるモニカ。ユーリをつま先から頭の先までまじまじと眺め、そして何故か涙ぐんだ。
「……グスっ。ん、んんっ。申し訳ございません。失礼いたしました」
目尻を拭い何事もなかったかの様にカウンターに戻る。
「えっと……僕に何かあった?」
「母親とはこういう気持ちなのかなと……いえ、何でもございません。ご要件をどうぞ」
ユーリは首を傾げたあと、まぁいいやと要件を話し出す。
「今度西の廃鉱山に行ってみようと思うんだけど、悪霊とかが出るらしくて。今の僕でも勝てるかな?」
ユーリの言葉にモニカが眉を寄せた。
「……ユーリ様には難しいかもしれません。少々お待ち下さい」
モニカが分厚い魔物図鑑を広げる。一発で目的のページを開いた。流石である。
「西の廃鉱山に出る魔物は、ほとんどがスケルトンと呼ばれる骨型のものか、レイスと呼ばれる霊体のものです。スケルトンであればユーリ様でも倒すことが可能です。スケルトンを操る悪霊は頭蓋骨に宿るので、頭蓋骨を破壊すれば倒せます。問題はレイスです。ユーリ様にとって致命的なことに、霊体系の魔物には打撃や斬撃と言った物理が効きません。拳や剣等は素通りしてしまいます」
「そうなのかー。あれ、でも素通りするならレイスに攻撃されても大丈夫じゃない?」
「悪霊系の魔物は物理的な攻撃はしてきません。基本的には精神を破壊する、乗っ取る等の精神への攻撃をしてきます。たまに虫や小動物に憑依して襲いかかって来ることもありますが」
物理的な攻撃が効かないのであれば、たしかにユーリにとっては相性が悪い相手である。
「魔法なら倒せるの?」
「なんでもというわけではありませんが、魔力を多く込めた魔法を当てることでレイスを霧散させることができます」
「ふーん。魔法ならなんでもいいの?」
「光属性の魔法であればより効果的であるとの報告がありますが、その他の属性で効果に違いはないと言われています」
「なるほどー」
ユーリ一人だと難しそうだが、フィオレがいれば問題なさそうだ。
「ちなみにレイスに取り憑かれたらどうすればいいの?」
「一番良い方法は光魔法を当てることです。回復魔法でもただの光でも問題ありません。次点で風魔法ですね。火や水でもレイスを祓う事はできますが、取り憑かれた人も怪我を負うのでオススメはしません。どうしようもない場合は頭を殴って昏倒させることでもレイスを追い出すことは出来ます」
なかなかにバイオレンスな解決方法である。
「ふむふむ。あとは……西の廃鉱山の地図とかある?」
「ございます。少々お待ち下さい」
モニカは立ち上がり、迷うことなく一枚の古い地図を持ってくる。
「こちらが西の廃鉱山の地図です。真ん中の太い道が長く通っており、右と左に枝分かれしています。鶏の足跡のような形ですね。入り口から入ってしばらく下ると、右に道が枝分かれしています。右にそれた道は悪霊は少ないですが、採取できる鉱物も少ない様です。こちらはすぐに行き止まりですね。太い道をもう少しまっすぐ行くと、今度は左に道が枝分かれしています。左の道は1キロほど続きます。鉱物も多く銀が算出したという記録もありますが、悪霊が多く彷徨っていて難易度はあがります。最後に真ん中の道ですが、こちらはすぐに行き止まりです。昔、事故で崩落した現場ですね」
「ふむふむ……」
ユーリは話を聞きながら、持ってきた紙に地図を描き移してモニカの話したことをメモする。
「こっちは悪霊が少なくて……こっちはおおいけど銀が採れるかも、と。ありがとうモニカ! 参考になった! 何かあったらまた聞きに来るね!」
書き終えたメモをポシェットに突っ込んで明るく言うユーリ。
「いつでもお待ちしております。ユーリ様、くれぐれも無理は……いえ。ユーリ様、行ってらっしゃいませ」
モニカは言葉を途中で止めて言い直す。ユーリはもう立派な冒険者だ。子供扱いする必要など無いだろう。
「うん、行ってきます!」
これから仲間と冒険の算段を立てるのだろう。ユーリは走って冒険者ギルドから出ていった。
◇
「というわけで、今度の休みで西の廃鉱山に行こう!」
もはやギルドの集会所と化したセレスティアの屋敷で『仲良し組』の三人が話し合う。
「悪霊ね……苦手なのよねー、私」
「怖い?」
「怖いっていうのもあるけど……斬っても切れないでしょ、あいつら。私、魔法はそんなに得意じゃないのよ……」
「お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ! ね、お姉ちゃん!」
フィオレは何か言いたげな顔をして、何も言わずに頷いた。フィオレだって怖いのだ。おばけが。
「だいたい悪霊ならあんただって有効な攻撃手段が無いじゃない」
当然の疑問をオリヴィアが口にする。
「実は少し考えがあってね、ベルンハルデの時にも使ったこれなんだけど」
取り出したのは中和剤、色無鮫の歯の粉末である。
「レイスを倒すには魔法を、というより魔力をぶつける必要があると思うんだ。たぶんレイス自体が意思を持った闇魔法の波長何じゃないかなって推測してる。だから光魔法には弱いんだ。で、それだったらベルンハルデの時みたいに中和剤を手に塗って攻撃すれば、波長を霧散させられないかなって思って」
「……仮にもお化け相手に、よくそんな現実的な解決方法を思いつくわね。子供ならもうちょっとビビりなさいよ」
悪霊に対して全く物怖じしていないユーリにオリヴィアが呆れた。
「それで、これが試しに作ってみた中和剤を練り込んだ細剣。剣としてはそんなに出来が良いとは言えないかもだけど……レイス相手なら切れ味悪くても大丈夫かなって。効果あるか分からないけど、使ってみる?」
「いる」
即答。
切れないから苦手なのであって、もしも切れるのならただのフワフワ浮かぶ悪意である。
「あの、ユーリ。私にもその、中和剤をもらえる?」
「うん、いいよ。何に使うの?」
「なんか、一応持ってたら安心かなって思って。とっさに手にとって殴ったり投げつけたり出来そうだから」
フィオレは魔法使い。どうしても詠唱する必要がある。
突然目の前に敵が来たときには当然詠唱するより殴ったほうが早いのだ。
「あとは、ラウラっていう鍛冶師の女の子も一緒だよ。オリヴィアは会ったことあるかな?」
「あー、あの年寄りくさい喋り方する子ね。一応顔は知ってるわ。時々店番してたし」
「お姉ちゃんには今度紹介するね」
「うん。楽しみにしとくね」
トントン拍子で話が進む。
そこで全く話に入ってこない師匠の存在にオリヴィアが気がついた。
「ねぇティア。あんたも一緒に……」
「行かない」
即答である。
「でも……」
「絶対行かない」
「……」
頑なに拒否するセレスティア。
「もしかして、怖いの?」
「……怖くない」
「だったら」
「行かない」
「……」
どうやらセレスティアはおばけが怖いらしい。
実力はあるのに蜘蛛恐怖症だったり怖いのが苦手だったり、微妙に使い勝手の悪い銀級冒険者である。




