第120話
シャコォ――シャコォ――
ボルグリンの店の鍛冶場に刃物を研ぐ音が響く。
ユーリが錬金術の研究再開までにやっておきたいことは、ユニコーンの角の取得の他に、あと二つ。それは鍛冶の技術の向上と戦闘技術の向上である。出来ることならより属性値の高い魔法素材を全属性分集めておきたいところだが、それは高望みのし過ぎである。
今は前者、鍛冶の技術向上に取り組んでいる最中である。
「ふぅ。どうかな?」
「……生意気じゃ。ほんに生意気な奴じゃ」
ユーリの作ったナイフを手に取り出来を確かめるラウラ。何故かその表情は憎々し気だ。
既にかなりのレベルにまで達している。流石にボルグリンには及ばないが、もしかすると自分と同じレベルにまで到達してしまっているのではないかとラウラは戦慄する。
しかも、錬金術を使わずしてこの出来だ。
この半年、ユーリは鍛冶を行う時に錬金術を併用していない。エレノアとの約束があるからだ。
今のユーリの鍛冶の技術と錬金術を併用すれば、それはすごいものが出来るのではないか。そう思ってラウラは生唾を飲み込んだ。
「のう、ユーリ。錬金術はまだ禁止しとるのか?」
「うん。あと三か月くらいかな」
「そうか……すこし、儂の話を聞いてくれんか。ここはちと熱い、外に出るぞ」
ラウラとユーリはボルグリンの店の裏庭にで出る。初夏の風が炉の火で火照った体の熱を奪う。気持ちが良い。
ラウラは井戸の水を汲み武骨な金属のコップに注いで一気に飲み干し、注ぎなおしてからユーリにも渡す。水分を失った体に染みる。
「前に、ユーリが錬金術を使って作ったナイフがあったじゃろ? 錬金術品評会とやらに提出していたやつじゃ」
「うん。あれがどうしたの?」
「その時にユーリが試作していたものの一本がこれじゃ」
あの時ユーリが作っていた作った試作のナイフの一本をラウラが手に取る。
「それがどうかしたの?」
「うむ。そしてこっちが儂が打ったナイフじゃ。比べてみてどうじゃ?」
ユーリはラウラが持つ二本のナイフを見比べて照れ笑いをする。
「アハハ、やっぱり僕の打ったナイフはあんまり綺麗じゃないね。でも今はもっと綺麗に作れるよ!」
「……すまぬ、儂の問い方が悪かった。比べるのは素材じゃ。出来栄えはどうでも良い」
ナイフと、金づちを渡すラウラ。叩いて比べてみろという事だろう。
ユーリはその二本を触ったり、指で弾いたり、なめたり、叩いたり。しばらく比べた後に目を見開いて驚く。
「すごい! ラウラも錬金術が出来るようになったの!?」
比べた結果、その二本の材質はかなり近そうだ。少なくともユーリには違いが分からなかった。
しかし、ラウラは首を横に振った。
「ちがうわ。儂に錬金術など器用なことはできん」
「え、でも……」
「玉鋼じゃ」
「玉鋼?」
聞いたことのない単語にユーリが首を捻る。
「玉鋼はごく稀に採れる金属じゃ。鋼よりも固く、そして粘り強い。ユーリはそのナイフをただの鉄、鋼から作った。そして儂は玉鋼から作った。そして、出来上がったものは酷似しておった」
「それって、つまり……?」
「そう。錬金術で魔力を込めて作った鋼は、玉鋼へと昇華しているのかもしれん。いや、逆じゃな。自然界にある鋼が、何らかの偶然で玉鋼へと昇華しておるんじゃろうな。儂は今までに玉鋼を人工的に作ったという話は聞いたことが無い。しかし、ユーリ。お主はそれをやってのけておるのかもしれんの。まぁ玉鋼は、稀に見かける金属じゃ。儂も時々探索に行っとるからな。ここまでなら、玉鋼を作れるすごい奴、で話が終わる。しかし、しかしの」
ふぅと一息ついて、ラウラは言葉を続ける。
「オリハルコン、ミスリル、ヒヒイロカネ。ここまで話が広がると状況が変わってくる」
ユーリもなんとなくだが聞いたことがある単語である。
「あ、オリハルコン。僕のナイフにも少し入ってるってボルグリンが言ってた」
「うむ。この三つの中では比較的手に入れやすい金属じゃな。といってもかなり希少じゃがの。さて、この三つの金属じゃが、オリハルコンは銅、ミスリルは銀、ヒヒイロカネは金に近い性質を持つと言われている」
ちらりとユーリを見るラウラ。
「……言いたいことは分かるのう?」
「つまり、銅を錬金術を併用して鍛えればオリハルコンに、銀はミスリルに、金はヒヒイロカネに変化させることが出来る、ってこと?」
「可能性はあると儂は思っておる。信頼の置ける者以外に言うでないぞ」
「分かった!」
「……ほんに分かっとるのかのぅ、このうつけは」
明るく元気よく返事するユーリに、ラウラは一抹の不安を覚える。
「どうじゃ。試してみらんか?」
「うーん、でもまだ錬金術はしないって決めてるし……」
ラウラの提案に渋るユーリ。興味はある。とてもあるが、それよりもエレノアとの約束が優先なのだ。
「錬金術は後でで良い。それまでに素材、銅鉱石の採取に行きたいんじゃ。いちいち買うておったら懐が持たんからの」
「取りにって、どこに行くの?」
「それについてはちと相談なんじゃが……ユーリは冒険者もやっておると言っておったな。お主はどのくらい強いのかの?」
「僕? うーん……」
どのくらい強いのか。中々に答えるのが難しい質問である。あえて言うのなら……
「もうすぐ銅級の昇格条件を達成できるから、銅級よりちょっと弱いくらいかな」
「どっ……、そんなに強いのかお主」
「多分。パーティに銅級の人もいるけど、ちゃんと戦えるし」
「なら十分じゃな。ベルベット領都の西に廃鉱山がある。そこで銅や、稀に銀も取れると言う」
「銀も採れるのにどうして廃鉱山になっちゃったの?」
「……大事故が起こったんじゃ」
ラウラの顔が曇る。
「鉱山での事故は少なく無い。水害、ガス害、崩落事故。いろいろあるが、西鉱山の事故は酷かったらしい。西鉱山は鉱物も石炭も取れる場所での。石炭を乗せた手押し車が、坂道を猛スピードで走って行った」
「そのトロッコに轢かれちゃったの?」
ユーリの問いにラウラが首を横にふる。
「それだけであれば被害は少なかったじゃろうな。手押し車から落ち転がる石炭、舞う炭塵。手押し車から投げ出されたツルハシが鉄鉱石にぶつかって火花が舞い、ドカン。炭塵爆発じゃ。さらに運の悪いことに、爆破の衝撃で岩盤が崩落、出るに出られん。閉じ込められた人達はさぞ苦しかったろうな。死者は五百を越したと言う話じゃ」
「そんな……」
「百年は昔の話じゃ。そんな訳で、西の鉱山は怨霊の住処になってしもうたのじゃ。儂は冒険者のことはよく分からんが、銅級なら大丈夫じゃろ?」
「うーん。ちょっと相談してみる」
錬金術の新たな可能性に向け、ユーリはお化け退治の方法を考えるのだった。




