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第012話

「教官……尊敬していたのに……」


「お、おち、おちつけ……」


「教官に師事したいと……思っていたのに……」


「だ、大丈夫だ……いいから、落ち着くんだ……」


「先生の研究室に、行こうと思っていたのに!!」


「君は勘違いをしている!!お願いだから落ち着いてくれ!!」


 翌朝、ユーリが初等部一学年鉛クラスの教室に入ると、担当教官であるノエルがユーリの姉フィオレに詰められていた。フィオレの手には人の頭ほどの火の玉と水の玉。大きさはそこまでではないが、えげつないほどの魔力が込められているのが分かる。


「あれ、お姉ちゃん? どうしたの?」


「ユーリ!! 無事だった!? 何ともない!?」


「え? 特に何も無いよ?」


「本当に!? 痛いところとかはない!?」


 フィオレは魔法を消すと飛ぶようにユーリのもとに駆け付け、その小さな身体を念入りに触って確かめる。何故か尻を重点的に確認している気がするが……


「あはは、くすぐったいよぉ」


 フィオレはしばらくユーリを弄ったあと、ホッと息を付いた。


「昨日はその、放課後にノエル教官と一緒にいたって聞いたけど……本当?」


「うん。一緒にいたよ」


 ザワッとフィオレの髪が逆立ち、瞳孔が開く。

 やはり汚されたのだ、この可愛い弟が。希望を胸に抱いて来た学園の、よりにもよってそこの教官に。

 瞳孔の開き切った紫の瞳に激しい怒りを宿し、フィオレはノエルを睨みつけ……


「ノエルの研究、面白かったー。魔法についてね、いろんなこと教えてもらったの!」


 瞳孔が閉じる。


「えっと、魔法のお話してたの?」


「うん!」


「他には?」


「何もしてないよ?」


「本当に?」


「うん」


「服を脱がされたりとかは?」


「あはは、何で服を脱ぐのー?」


「……そう」


 コホンと一つ咳をしてフィオレは立ち上がる。スカートを軽く叩いて乱れを整え、咳をもう一つ。


「ノエル教官。おはようございます。ノエル教官の研究、私もとても興味があります。今度研究室にお伺いささていただきます」


「あ、あぁ……」


 ペコリと一礼。フィオレは何も無かったかのように教室を去る。予鈴が鳴った。


「す、すごい子だな……」


 教官に対し魔法を使って詰め寄ったフィオレに怒ることも忘れ、ノエルはただ呆然とそう呟いた。

 ちなみにノエルが学園に出勤し教室に来るまでの間、小さな声で『ロリコン』とつぶやかれた回数8回、『最低』といわれた回数20回、侮蔑の視線を向けられた回数はもはや数えることも出来ないほどであった。

 そんなことは露とも知らず、ユーリは自分の席に座る。


 ユーリはすれ違うクラスメイトに『おはよー』と声をかけるが、返事は返って来なかった。そう、ユーリはハブられているのだ。当然挨拶など返って来るはずはない……というわけではない。

 原因はユーリの制服姿にあった。

 ユーリは紛れもない正真正銘の男子学生である。しかしそれはユーリの中での正真正銘の事実。クラスメイトはユーリの恰好に大いに困惑していた。

 例にもれなく、まんまるく目を広げてユーリを見ているナターシャが問う。


「あなた……その服……どうして……」


「あはは、やっぱり変だよねー」


 ユーリは自分の服を眺め、指先でつまみ、苦笑しながら言う。


「僕には大きすぎるよね。でもこれが一番小さいサイズなんだってー。はやく大きくなれるといいなぁ」


「そうじゃなくて!!」


 呑気にあははと笑うユーリにナターシャが詰め寄る。


「え、うそ。男……なの?」


「え、うん。あたりまえじゃん」


 何いってんの?とばかりに小首をかしげるユーリ。かわいい。

 見えない。女の子にしか見えない。


「嘘だろ……」


 そうつぶやくのはユーリの右に座る男子生徒。昨日ユーリに話しかけられた時の自分を思い出して死にたくなっていた。

 何かを言いたいが言葉にならないクラスメイト達。そんな彼らを見てユーリは再度小首をかしげた。

 本鈴がなった。

 クラスメイトになんとも言えないもやもやを残し、初日の授業が始まる。


 ちなみにノエルロリコン疑惑だが、ユーリの性別が浸透していくにつれ沈静化していった。

 一部の女子生徒に、芽生えてはならない感情の火を、小さく灯して……



 さて、魔法学園初等部の授業だが、大体は午前中に座学、午後に実技で構成されている。座学は一般教養、魔法歴史学、魔法理論、薬草学の4つで、実技は戦闘技術、魔法実技、総合演習、調合の4つである。

 月の日、火の日、水の日、木の日、金の日は授業があり、土の日と陽の日は休日だ。

 魔法学園での初めての授業は一般教養である。優しそうなおじいちゃん教官、一般教養試験の試験官も行っていたディーターが担当教官だ。

 退屈な一般教養の授業を、冗談を言ったりやちょっとしたクイズを出したりしながら飽きさせないように進めている。

 そんな授業をユーリは魔力をネリネリしながら聞いていた。最初は授業を集中して聞いていたのだが、眠い。眠すぎる。

 魔法学園の入園試験の為に、この二年間は過剰とも言っていいほど一般教養は

を勉強した。それに加えて前世の記憶もあるのだ。算術なんて寝ぼけながらでも解ける。

 しかし家族に愛されて育ったユーリ。彼は素直な良い子である。自分だけがこんなに退屈で眠いだなんて思っていない。みんな必死に眠気に耐えながら勉強しているのだと誤解していた。

 ユーリは耐える。手遊びをするように魔力で遊びながら。身体に力を入れるように魔力を強く圧縮しながら。何とか睡魔に抗っていた。


「……君、ユーリ君。聞いていますか?」


「は、はい!」


 しかし耐えられなかった。意識が途切れ、舟をこいでいたところをディーターに声をかけられる。


「ではユーリ君に質問です。35が110個ありました。全部でいくつですか?」


 居眠りしていた罰なのか、ディーターは少し難しい問題をユーリに投げかける。今はまだ加算の授業中で、乗算は教えていない。ディーターの質問に生徒達はぎょっとし、ノートにカリカリと筆算する。足し算で。

 そんなクラスメイト達をしり目に、乗算を知っているユーリは平然と答える。


「3850?」


「……正解です」


 ナターシャなど一部の生徒は掛け算まで勉強していたので特に驚きはしないが、まだ習っていない生徒達はどよめいていた。


「では、2の7乗は?」


「えっと、128?」


「……正解です」


 これにはナターシャも驚く。ある程度幅広く勉強してきたナターシャでも聞いたことがない問題だったからだ。

 ディーターからの出題は続く。


「魔力を持っていなければ魔法は使えない。この命題の対偶は?」


「魔法が使えるならば魔力を持っている、かな」


「……正解です」


 これにはディーターも驚いた。最後の問題は高等部で習う内容だったからだ。

 これでは寝てしまうのも仕方ないかもしれませんね……とディーターはユーリを不憫に思った。ここまで知識のある子に四則演算の授業をおとなしく真剣に聞けなどという事は、もはや拷問だ。

 しかし、個に合わせて全を蔑ろにすることは教官として失格である。


「はい、ユーリ君の目も覚めたようですので、次は引き算の復習です」


 とりあえず今はスルーすることにしたディーターであった。



 初日午後の授業は戦闘技術である。

 戦闘技術なんて大層な名前だが、初等部で教えるのは身体の動かし方や簡単な組手である。


「おう、成績順に縦5列で並べ、小童ども」


 担当教官はアルゴ。レベッカと犬猿の仲の赤髪短髪浅黒肌の男である。何が楽しいのか、ニヤニヤと生徒を睨め回している。


「まずは凶報だ。俺はめーっちゃくちゃ厳しい。授業はきついし採点は厳しい。他の教官は子供好きのアマちゃんが多いが、俺はガキが嫌いだ。生意気なやつは特になぁ」


 右手の拳を自らの左の掌にぶつけながらアルゴはいう。


「ああ、そうだった。自己紹介がまだだったな。俺の名前はアルゴ。スラムの出だからよぉ、苗字はないんだわ。まぁでも『石火のアルゴ』っていやぁ、ちったぁ知ってるやつもいるか?」


『石火』


 それはアルゴの二つ名だ。

 冒険者ギルドで銀級までいくと二つ名をつけられることがある。もちろん正式なものではないし、なにかに登録されている訳でもない。

 人々が自然にそう呼ぶようになり、定着していくのだ。


「ま、今のガキには分かんねぇか。つまりだな、スラム上がりの元冒険者の俺様は、おりこうちゃまな奴らが嫌いってわけだ。だからよぉ」


 アルゴはますます笑みを深める。


「今日からお前たちをきびしーく指導することにした。さっそく今日は走ってもらおうか。そうだな、グラウンド100週なんてどうだ? なぁに、時間はたーっぷりあるんだ。出来るよな? あぁ?」


 まるで今思いついた事を悪ぶって言っているように聞こえるが、そんなことはない。ただのカリキュラムどおりの授業である。

 しかしそんなことは知らない生徒たちはまんまと慄いた。


「よし、じゃあ早速スタートと行くか。あぁ、ズルはすんじゃねぇぞ。俺は馬鹿に見えるかもしれねぇが、たかだか四十人の周回数くらい覚えられるぜ?おら、分かったらさっさとスタートしろ!」


 アルゴの声に生徒たちが走り出す。

 午後の授業は昼の一の刻から五の刻までの四時間。グラウンドは一周四百メートルなので、合計四十キロ。普段運動している大人であれば、なんとかなる時間である。

 しかし彼らはまだ7歳の子供だ。フルマラソンに匹敵する距離を走り切るのは容易ではないだろう。毎年行われている授業だが、初回の授業で走り切った生徒は未だにいない。体力面もそうだが、ペース配分が出来ないからだ。

 ちゃんとしたペースで走れば、完走できる子は何人かはいるだろう。

 今回の授業でも実際、100週という数字に圧倒されてハイペースで走り出す生徒も何人かいた。

 クラスメイト達が走り出す中、ユーリは走らず、まずは身体をほぐすことにした。

 父との訓練でもよく言われていたのだ。いきなり運動すると身体を壊すことがあるので、しっかりと準備をしろと。


「はっ、いっちょ前に準備運動かよ。いいのか? もう早い奴は二週目だぞ?」


「僕は僕のペースで走るからいいの」


「けっ、つまんねぇ奴だ」


 アルゴはそう言うと、少し離れたところの木の根元にゴロンと転がる。春風に吹かれて気持ちよさそうだ。


「よしっ」


 しばらく準備運動をして、身体がほぐれ温まって来たユーリがようやく走り出す。


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