第117話
「ジャイアントトードの時から思ってたんだけどさー。ユーリって汚れるのにためらいが無いわよねー。あの服、今回勝った新しい奴でしょ?」
「まだまだ精神は子供なんでしょうね」
「あんなの俺なら絶対ごめんだぜ……」
あの後、倒したクロコサーペントを陸まで引き上げて、ユーリがシースナイフでその巨体を掻っ捌いておなかの中を探っている。
土や泥、血、臓物、そして消化液で半分溶解した鳥やイノシシなどの動物たちの死骸まみれになりながら、ユーリは飲み込まれたユニコーンの角を探す。
折角新調した服はドロドロのぐちょぐちょ。見繕ったニコラが見たら卒倒するだろう。決して安いものではないのだから。
「人がいるとき、電撃、だめ。いい? 電撃、だめ」
セレスティアは先ほどからユーニに延々と説教をしている。よほど電撃が痛かったのだろう。
ユーニは聞いているのかいないのか。生え始めの角がかゆいらしく、セレスティアにこすりつけている。かわいい。
「これかな! ……ちがう、ただの骨だ。これかな!? うーん、これは木の枝……」
ユーリはそれっぽい長さの堅いものを手に取るたびに一喜一憂している。
このクロコサーペントの巨体からユニコーンの角を探し出すのは一苦労であろう。が、だれも手伝う様子はない。汚れたくないのだ。
ちなみに探し始めてすでに二時間。もうそろそろ日が暮れる。
初春の夕暮れ。主のいなくなった湖の水面に夕日の赤がゆらゆらと反射する。
「こりゃ角探しは明日までかかりそうだな。脅威も無くなったし、今日はここで野宿にすっか」
言いながら土の家を三つ作るレンツィオ。今日は夜間の見張りはいらないだろう。
「ねぇレンツィオ。その土の壁って水を通さないくらい堅くできる?」
「あ? まぁ出来ねぇことはねぇぞ」
「じゃあさ、お風呂つくってよ! お風呂!」
オリヴィアがワクワクと言った様子で提案する。確かにこの神秘的な風景の中でお風呂に入るのは格別に気持ちが良いだろう。
「あぁ? んなめんどくせぇことできっかよ。水浴びりゃいいだろうが。なんでわざわざ……」
否定の言葉をしながら、レンツィオはキラキラとした期待のまなざしに気が付く。フィオレである。
あまりに純粋な期待の眼差しにぐっと言葉に詰まった。裏切れない、この眼差し。
「ったく。わぁったよ」
ため息をついて立ち上がる。
「土の精霊、強固な壁となり水を留める器となれ」
作り出したのは十畳ほどの大きな浴槽だ。外側と内側に階段、湯船の中にも腰かける段をあしらっており、面倒臭がっていた割には本格的である。
「きゃーー! 流石レンツィオ! フィオレ、おねがい!」
「おまかせくださいっ!! 火と水の精霊よ、清らかなる温水となり箱舟を満たせ!」
「こんなくだらねぇことに二重詠唱するやつ初めて見たぜ……」
即席のお風呂の完成である。
「ユーリー! 今日はそろそろ諦めなさーい!」
オリヴィアがユーリに声をかけるも、作業の手を止める気配はない。
「もうちょっとー!!」
「まったく。多分完全に日が暮れるまでやってるわねあれは。まぁいいわ。先にお風呂はいっちゃいましょ!」
「はい、そうしましょう! セレスティアさんもいかがですか?」
「ん、入る」
早速と服を脱ごうとする三人を見て、レンツィオがその場を離れようと歩き出す。
が、
「ちょっと、どこ行くのよ」
「あぁ? 見られたくねぇだろうが。そこらへん散歩してくんだよ」
「私たち丸腰なんだから、ちゃんと警戒してなさいよね。あ、でも見ないように目は瞑って。音聞かないように耳も塞いで」
「んなむちゃな……わぁったよ。警戒はしといてやるからゆっくり入ってろ」
ひとつため息をついて、浴槽の壁にもたれて座るレンツィオ。何食わぬ顔で隣にユーニが座る。
「おめぇも見張りしてくれるってか?」
『ブルルルル』
「そうかよ」
肌寒い空気の中で、湯船に入る女性三人。最高の贅沢である。
「はぁ~~~~生き返るわぁ」
「ここ数日歩きっぱなしでしたもんね」
「足、棒になった」
そうこうしている内に日が暮れて、空に丸い月が上る。湖の水が月を映し出しゆらゆらと揺れる。神秘的な雰囲気の中……
グチョ……ジチャ……
ユーリがクロコサーペントの臓物をかき分ける音が響く。
「う、うーん。この音さえなければ……」
台無しである。
しばらくののち、ついにユーリが歓喜の声を上げた。
「これかな……ん? これ、骨じゃない……角だ! ユーニの角だ! やった、見つけた! 見つけたー!」
どうやらついに本命の角を探し当てたようだ。執念の勝利である。
「お姉ちゃーーん! 見つけた! 見つけたよー! あ、お風呂入ってる! 僕もー!」
「水の精霊清らかな水となりあの可愛い子を湖まで押し戻せ!!」
「わっぷぁっ!!」
ドロドログチョグチョのまま駆けてくるユーリにフィオレが容赦なく水魔法を放つ。多量の水に押し流され、そのままドボンと湖に落ちた。少しは汚れも取れるだろう。
「ジャイアントトードの時も思ったけど、容赦ないわねー」
「ユーリは強い子ですから」
湖に落とされながらもユニコーンの角を手放さなかったユーリ。流石である。




