第110話
「つーか、何でテントなんか建てんだよ。土魔法で適当な部屋作りゃいいじゃねぇか」
テントを建てながらグチグチ言うレンツィオにオリヴィアが言葉を返す。
「はぁ? 土魔法使える人がいないからテント持って来てるんでしょうが。あんた頭に何が詰まってんの? ウニ? 蟹味噌?」
「カッチーン。……土の精霊、堅強な土壁となり奥屋を創造せよ」
レンツィオが額に青筋を立てながら言うと、地面が盛り上がり、掘っ立て小屋のようなものが3つ出来上がる。水晶樹を上手く取り込んで窓にしているのが趣深い。天井にも水晶をあしらっているし、壁に施された模様が何処となくメルヘンな雰囲気に感じられる。
それを見て驚愕するのはオリヴィアだ。
「あ、あんた……」
「はっ! 俺が火だけだと思ったかよ。俺はダブルなんだよ! 水しか使えねぇシングルとはちげぇんだよオリヴィアさんよぉ!」
「何よこの可愛らしい家は! 粗暴なあんたに似合わない! キモい! もはやキモいわ!」
「うっせぇよ! スラムのガキどものリクエスト聞いてたらこうなったんだよボケ!」
「ていうか土魔法使えるならさっさと言いなさいよ! 知ってたらわざわざ重たいテントなんて持ってこなかったのに!」
「聞かれなかったから知ってると思ったんだよ! てか重いテント持ってきたのは俺だろうが!!」
ギャーギャーと言い合う二人。そこそこ難易度の高い水晶樹の森にいるとは思えない緊張感の無さだ。
そんなふうに言い合う二人を少し離れたところから眺めるフィオレ。すでに薪を集め終わっており、焚き火を炊いている。
手頃な石に座り、頬杖をつき、時折焚き火に薪を焚べながら二人を眺める。そして聞いた。
「あのー、お二人はお付き合いをされているんですか?」
まさかの一言にオリヴィアとレンツィオの声が重なる。
「どこをどう見たらそうなるのよ!?」
「どこをどう見たらそうなんだよ!?」
息ピッタリである。
「だって、お二人でずっと喋ってますし、なんだか息も合ってるので……お互いに遠慮しなくて良いくらい仲が良いのかと思いまして」
フィオレの言葉に、オリヴィアが額に手を当てて答える。
「勘弁してよ……。分かったわ。このレンツィオって人が如何に傍若無人でヘタレなのかを教えてあげるわ」
「てめこら……。いいかフィオレ。俺がこの女が如何に無神経でガサツで図々しいか教えてやるよ」
互いが互いの悪いところをつらつらと話し始めるオリヴィアとレンツィオ。
その言い合いは、どんどんヒートアップしていった。
◇
「ただいまー。何かあったの?」
ユーリとセレスティアが適当な食料(イノシシの子供と野草類)を採って帰ってくると、何やら騒がしい声が聞こえて来た。
「だいたいあんたねぇ、モニカに話しかける時にイチイチ前髪触るのやめなさいよ。その癖、気持ち悪いわよ。そんなにツンツンしてるんだからちょっとやそっとじゃ髪型変わらないわよ」
「おめーはいつもいつも腕組んで壁にもたれ掛かって立ってるのダッセェぞ。何斜に構えてんだよ。最近銅級に上がったばっかのペーペーの癖してよぉ」
どうやらこの二人、まだやっているようだ。よくわからないが、どうやらどうでもいい事だろうと判断したユーリが調理に取り掛かる。
「とりあえずご飯の準備しよう。セレスティア、イノシシの子供、どうすればいい?」
当然ながらユーリにはサバイバルの経験などない。イノシシの捌き方など知らないのだ。セレスティアを見上げなが問う。
セレスティアは長寿のエルフであるし、銀級の冒険者である。当然サバイバル能力も高いはずだ。
「焼けば、食べれる」
高いはずだったが、残念ながらそんなことは無さそうだ。
「そのまま火の中に放り込めばいいの?」
「うん。火、通れば、お腹、壊さない」
「なるほどー!」
「えっと、内蔵とか出したほうが良いんじゃ……」
フィオレがそれっぽいことを口にするが、自信は無さげだ。
残念ながらユーリの耳には届かず、イノシシは焚火の中に放り込まれた。
「セレスティア、葉っぱはどうするの?」
「フライパンで、火、通せばいい。火、通せば、お腹壊さない」
「なるほどー!」
「あの、洗ったりしたほうが良いんじゃ……」
またしてもフィオレが正しい事を口にするが、声が小さくて届かない。フィオレだってサバイバルは初めてなのだ。満足気にうなずいている銀級冒険者セレスティアに異論を唱える勇気はない。
ユーリがオリヴィアの荷物に下げられているフライパンを持ってきて、いざ野菜炒めを作ろうとした時、オリヴィアとレンツィオの鼻に焦げくさい臭いが届いた。イノシシの毛が焼ける臭いだ。
「そんなんだからいつまで経ってもモニカに……ん? なんか焦げ臭くない?」
「二言目にはモニカモニカって、モニカは今関係な……くせぇな」
二人はようやく議論をやめて、臭いの発信源へと目を向けた。焚火に放り込まれている何の下処理もされていなさそうなイノシシと、柔い葉も硬い葉も関係なくフライパンで焼かれようとしている野草達。
まるで原始時代の台所である。いや、それだと原始人に失礼だ。
「何やってんのあんたたち!?」
「何やってんだてめぇら!?」
慌ててイノシシを焚き火から取り出すレンツィオと、ユーリのフライパンを奪い取るオリヴィア。
「よく聞けフィオレ。イノシシは……つーか大抵の動物は内蔵抜いて皮剥ぐんだよ。んで綺麗に洗浄してから調理しろ。じゃねぇと腹壊すし何より臭くて食えたもんじゃねぇ。本当ならちゃんと生きたまま血抜きしてじっくり処理した方が良いんだが……オリヴィア! 水よこせ!」
「ユーリ、良い? 野菜だからってなんでもかんでも炒めればいいってもんじゃないの。火の通りやすい食材、固くて煮たほうが良い食材、これなんかは軽く洗って生で食べた方が良いわ。火力もなるべく弱火じゃないとフライパンが焦げ付くわよ……レンツィオ! 火よこしなさい!」
テキパキと調理を開始するレンツィオとオリヴィア。互いに魔法を駆使しながら効率的に調理が進む。フィオレとユーリはそんな二人を尊敬の眼差しで見つめ、調理の手伝いを始めた。
一人ぽつんと残されたセレスティア《ぽんこつ》。楽しげに調理をしている四人を見て、小さく呟く。
「私、銀級冒険者……」
頑張れ、セレスティア。
◇
慌ただしい始まった調理も終わり、5人はレンツィオが土魔法で創り出した椅子とテーブルで、料理に舌鼓を打つ。
「凄い! おいしい!」
「本当に美味しいです……」
メニューはイノシシ肉の串焼きと野菜炒めとサラダ、そしてシチューである。
串焼きはレンツィオが、野菜炒めとサラダはオリヴィアが、そしてシチューは二人に教わりながらユーリとフィオレが作ったものだ。
ユーリとフィオレは自分たちで作ったシチューの味に感動している。味付けは塩と少量のスパイスのみではあるが、自分たちで作ったとあってその味は格別だ。
「ん、まあまあ。味、少し浅い」
結局最後まで役に立たなかったポンコツエルフが何か言ってるが、オリヴィアもレンツィオも無視の方向だ。
静かで幻想的な雰囲気の水晶樹の森の入口に5人の談笑が響く。
食事が終わった後は焚き火を囲んで作戦会議だ。
「んで、探すっつったってどうすんだ? 我武者羅に歩き回んのかよ」
「それしかないんじゃないの?」
「オリヴィア、おめぇ水晶樹の森の広さ知ってんのかよ。適当に探してたらすぐ日が暮れちまうぜ」
「5日間の予定だから日が暮れても大丈夫だよ?」
「そーゆーこっちゃねぇよ」
揶揄が通じないユーリにレンツィオが溜息を一つ。
「あのな、水晶樹の森はここから中心地まで歩いて一日、さらに抜けるまで一日だ。まっすぐ歩くだけでこんだけかかんのに、それを当てずっぽうで探すなんて無鉄砲にも程があんだろ。中心部から探し始めるとか外側から攻めるとか色々あんだろ」
「く……レンツィオの癖に……」
至極まともなレンツィオの意見にオリヴィアが歯噛みする。
「うん、それについてはちょっと考えてがあってね」
ユーリがリュックから紙の束を出して持ってくた。
「何か情報がないかーって思って調べてきたんだ。まずユニコーンは草食の魔物だから植物を食べる。だから水晶樹の森の奥とは言っても、中心部の植物がほとんど無いところにはあんまり行かないと思うんだ」
自分なりにまとめてきたのだろう。ペラリと紙をめくりながら続ける。
「あと、聖獣といっても当然水を飲むから、水場の近くを中心に探すといいと思うんだ。ユニコーンは草食動物の一種だから、仲間と群れを作ってることが多いと思う。だったら生息地の近くに行けば足跡を見つけるのは簡単なはず。まずはざっくりと足跡を探して、その足跡を辿ってみよう。あと、これは鹿の話なんだけど、角が生え変わりで抜け落ちた時って痒いらしくて、色んなところに頭を擦り付けるんだって。木とかクリスタルとかに頭を擦った跡が無いか見ながら探そう。明日は水晶樹の森の中心点に向かって行って、ユニコーンの食べ物になりそうな蔦が生えてないところに差し掛かったら、そこから進路を変えよう。あとは水場や足跡、角の擦り跡があれば重点的にって感じかな? 水場なら足跡も残りやすいだろうし。はいこれ、足跡の写し。一枚ずつ持ってて」
模写してきたユニコーンの蹄の跡を四人に配るユーリ。用意周到だ。
「す、すごいじゃないユーリ。ちゃんと考えて来たのね」
「どっかの口だけ女とはちげぇな」
「何よ! アンタだってなんも考えて無かったじゃない!」
「俺はそもそもここに来るまで目的もおしえられてなかったんだがなぁ!?」
ワイワイガヤガヤ。
水晶樹の森の夜は騒がしく更けていった。




