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第011話

「ねぇノエルー。僕も魔法の基礎、一緒に見ていいー?」


「……見てるだけなら構わない」


「やったー!」


 他の生徒が全員いなくなった教室に、ユーリとノエルだけが残っていた。

 ユーリは座っているノエルの後ろから手元を覗き込む。手はノエルの肩の上だ少々距離が近すぎるように思えるが、ユーリにとってはこれでも距離がある方だ。

 何せ比較対象はつねにベタベタとくっついてくる家族である。それ以外の交友関係の無かったユーリに、人間関係の適切な距離感など分かろうはずもない。


 魔法の基礎はユーリにとっても面白い内容だった。


・魔法適性の調べ方

・魔力量の図り方

・なぜ呪文により魔法という事象が発生するのか

・なぜ人により適性が異なるのか

・適性とその遺伝性

・適性と髪、瞳の色の関係


 ノエルは何度もこの本を読み込んでいるのか、ページをめくるペースはかなり早い。しかしユーリも村の教会に引きこもり、いつも速読をしていたため、なんとかくらいつく。流石に完全に理解は出来ていないが。

 ノエルは時々ノート書き込みを行いながら読み進めていく。

 ノートのタイトルは

『適性外の属性魔法の使用可否の検証』

 である。

 ノエルはそのタイトルに関係の有りそうな事象を見つけては自分なりに解釈し、ノートに書き連ねる。

 ユーリはそのタイトルを読んで、ノエルに話しかけた。


「適性のない属性の魔法も使えるの?」


「今のところ使えた事例はほとんど無い。使えたという記録があっても、それはそもそも鑑定の誤りであり、その人がもともと適性を持っていたのだろうというのがほとんどの見解だ」


「ほとんどっていうことは、確定じゃないんだ」


「あぁ、だからこうやって研究してるんだ」


「ふーん。あ、じゃあさ、そもそもなんの適性もない人でも魔法は使えるようになるの?」


 そのセリフに、ノエルの手が止まる。後ろにいるものだからユーリの表情を伺おうとしても出来なかった。

 少しだけ視線を横に動かし、また本に目を落とす。

 ノエルも聞いているのだ。ユーリが適性無しで入学試験に合格した異端児であると。


「……残念ながら可能性は低い」


「でも、ノエルは適性のない魔法を使えるようにしようとしてるんでしょ? それって、適性のない人でも使えるようになるってことと同じじゃないの?」


7歳にしては頭が回る、とノエルは思った。


「……精霊の雫、円となりて我が手に浮かべ」


 ノエルは手のひらを上にして突き出し、そうつぶやく。すると、拳ほどの大きさの水玉がフヨフヨと手のひらの上に現れ浮遊した。

 ユーリは手を叩いて喜ぶ。


「わっ、すごい、すごい!!」


「水の初級魔法で褒められても喜べないな」


 ノエルはユーリの屈託のないさまに思わず苦笑する。


「魔法っていうのは、自分の魔力を使用してしそれぞれの属性の物体に変換する事を言う。今は、私の魔力を水にしたわけだ」


 ノエルは水球を動かし、開いている窓からぽいっと捨てた。


「人は何かしら自分の得意な属性に『変換する能力』があると言われている。そして、適性無しの人間は、そもそもこの『変換する能力』が欠落していると言われているんだ。私が研究しているのは、この『変換する能力』の応用だ。いまは魔力を水に変換したが、この『変換する能力』を『変換する』」


「えっと、つまり?」


「そもそも『変換する能力』がなければ、どうしようもないということだ」


「そっかー」


 暗に『お前に魔法は使えない』と言われたようなものだが、ユーリに特にへこんだ様子はない。こんなことでへこむ程度の気持ちであれば、そもそも入学など出来てはいない。


「なんで適性なしの人は『変換する能力がない』って分かるの?」


「君も鑑定式や入学試験のときに水晶に触っただろう?あれは『変換する能力』を色で見えるようにしたためだ」


「ふーん、あの水晶って誰が作ったの?」


「さぁな。大昔に作られた過去の遺物だ。再現して作ることも成功していない」


「じゃあ、本当に『変換する能力』に応じて光ってるかは分からないんじゃない?」


 そのセリフにノエルはため息をつく。子供特有の『なんでなんで』攻撃である。


「それを疑いだしたらそもそも魔法そのものの成り立ちから疑わなければならない。1足す1は2だろう? そこはもう議論され尽くしている。そして2以外の回答は見つかっていない」


「今のところは、でしょ?」


「あのね、ユーリ君……」


 感情の動くことの少ないノエルだが、少し苛立ちを覚えてきた。子供のなんでなんでに付き合っている暇はないのだ。いい加減に友達ごっこにもうんざりだ。

 立ち上がり、振り返り、自分の腰ほどにしか無い7歳の子供を前髪の隙間から見下ろし、


「……っ!」


 息を飲んだ。

 そこにあったのはイタズラな子供の目ではない。その瞳に映るのはただの好奇心の輝きではない。

 ずっと深く、光すら飲み込んでしまいそうな目だ。目が合っているのに、合っていない。自分を見ているはずなのに、見ていない。遠くを見据えているのだ、遠い未来を。


「き……みは……」


 ゴクリとつばを飲む。


「君は、その徒労に終わるだろう研究に、生涯を捧げるつもりなのか……? 過去何十年何百年と研究されつづけそのすべてが無駄に終わった研究に打ち込むつもりなのか……?」


「分かんない。分かんないけど、でも、僕はそのためにここに来たよ」


 ノエルは忘れていた。

 そう、ユーリはこの学園に合格した生徒の一人であり、魔法適性がないのに合格した、歴代でただ一人の生徒だ。

 過去に四百点満点での合格者はいなかった。もしユーリに魔法の適性があれば、過去最高点での合格者となっただろう。

 ユーリには確かに魔法の適性はない。しかし、足りない物は魔法の適性だけなのだ。


「もし、もしもだけどさ、僕が魔法を使えるようになったら、ひっくり返っちゃうね」


 楽しげにユーリが言う。瞳に全てを吸い込みながら。


「全部ぜーんぶ、今までのことがひっくり返っちゃうね。気持ちいいだろうな、楽しいだろうな」


 どこか歌うように、言葉を紡ぐ。


「パパにママに、お姉ちゃん。すーっごく驚いて喜んでくれるだろうな!」


 ノエルはしばらく呆然とユーリを見ていた。目が、離せなかった。

 適正無しの落ちこぼれのはずのその子供に、引き寄せされて離れられなかった。



「ねぇ、僕も研究したい!」


「研究室に配属されるのは高等部になってからだ。あと6年まて」


「えー、そんなに待てないよー……別に研究しちゃいけないって訳じゃないんでしょ?」


「だが、研究棟に初等部の生徒が入るとなんと言われるか」


「禁止じゃないんでしょ?」


「それはそうだが……」


「もう! 友達なんだから少しくらい味方してよ!」


 そんなやり取りのあと、ユーリはノエルの手を引いて研究棟に向う。

 友達になると言ってしまった以上、なかなか強くは断れない。


 そしてその日の夜、あっという間に噂が広がった。


『魔法理論の教官ノエルは、ロリコンである』と……


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