第106話
「あそれ、あそれ、あそれそれそれそれ、はっこーのなっかみーはなんじゃーろなーっとぉ」
訓練に錬金術に鍛冶にと忙しくも充実した日々を過ごすユーリの、唯一と言っていい憂鬱な時間がこれ。ニコラの持って来た魔力箱の開封の儀である。
わざわざエルドラード王都まで行き魔力箱を買い漁って来たニコラ。机にならんだ大小五十個ほど魔力箱を、ユーリが光を失った目をしてひたすらに開け続ける。
「きぃんぎぃんざぁいほぉうざっくざくぅ〜」
駆け出し商人から意地汚いトレジャーハンターにジョブチェンジしたニコラは、ユーリとは対象的に生き生きとしている。
音痴な歌にも磨きがかかり、やたらにコブシとしゃくりの効いた歌へと進化している。
最近ではニコラが魔力箱を持って研究室にやってくると、エレノアは何も言わずに部屋を出ていくようになった。
「ん箱ぉのなかみぃはんなぁーんじゃろなぁ〜〜〜~」
なんと、音痴の癖してビブラートまで習得してきた。音程な人の無駄な歌唱テクニック程、聞き苦しい物はない。
ユーリの次の研究は、耳に装着する事で音の波を打ち消して、音を聞こえないようにする魔導具に決定した。音痴な金の亡者のお陰で、イヤホンより先にノイズキャンセリング機能が異世界に産まれようとしていた。
「七珍万宝ごぉろごぉろりぃ〜〜〜」
ちなみに以前ユーリがどのくらい儲かっているのか聞いたところ、換金済みの額だけでも家くらいなら建つとの解答が来た。詳しい金額を算出してこようかというニコラの問いに、ユーリは全力で首を横に降った。
怖かったのだ。大金を手にすると、自分もニコラの様に、人間を捨てた醜い生き物に成り果ててしまうのではないか。そんな恐怖が襲ったのだ。
三十個程の魔力箱を開け、そのほとんどが当たりだった。光のない目でニコラを一瞥するユーリ。金の亡者の顔は蕩けきっており、もはや焦点が合っておらず、涎が垂れている。『彼女はもうダメかな』とユーリは思った。
――カコリ
「にょほーーーー!! お次はどんなお宝ちゅわんかしらーーーー!?」
魔力箱が開くと同時に飛び込んでくるニコラ。最近はこの時のニコラが怖くて、なるべく触媒を長く描き、魔力箱との距離を開ける様にしているユーリであった。無駄な錬金テクニックを身につけている。
「うーん、宝石? かしら。でも私の知ってる宝石にこんなものは無いわね。ガラクタってことは無いんでしょうけど」
正気に戻ったらしいニコラが疑問の声を出す。ユーリがニコラの手元に視線を向けると、なにやら金色の物体が。
それは一片が三センチ程の正八面体の物体である。色は透き通った黄金色で、光を反射してキラキラと輝いている。
ユーリの目に光が戻った。
色こそ違えど、その見た目はまさに、グレゴリアの書紀に記載のあったアレである。
「そそ、そそそそ、そそそそそれ、えれ、エレエレエレエレ……」
「エレエレ?」
「エレメントおおおおおぉぉぉ!?!?」
先程のニコラと同じように魔力箱に飛びつくユーリ。
箱の中にはニコラの持っている物と同じ物体があと八個入っていた。
「何? ユーリ、これが欲しいの?」
「欲しい欲しいっ! 錬金術で使うのっ! 欲しいっ!」
「仕方ないわねー。じゃあこれはユーリに上げるわ。感謝しなさい」
9つのエレメントらしきものを全てユーリへと譲るニコラ。先程まで金の亡者に見えていたのに、今では天使のように見える。
「ニコラ、ニコラ! ありがとう! 本当にありがとう! やった、やったーー!」
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいよ!」
もはや涙さえ流して大喜びしニコラに抱きつくユーリ。
以前ニコラの言っていた『大金を前にしてニコラに泣いて感謝する』という予言が見事に的中したのだった。思ったのとは違ったが。
しばらくして研究室に戻ってきたエレノア。もう開封の儀は終わったかなと、ソッと扉を開いて見ると。
「はっこーのなっかみっはなーんじゃーろなっ!」
「はっこーのなっかみっはなーんじゃーろなっ!」
怪しい目をしてノリノリで歌い踊る二人の姿が。
「ま、魔力箱に、呪いが入ってたんだ……」
まるで悪魔の宴でも行われているかのような状況に、エレノアは指を組んで祈る。
そして研究室の扉を閉め、見なかったことにして久々に寮の部屋へと戻っていった。
◇
「あ、エレノア! なんで昨日は研究室に戻ってこなかったの!?」
翌日、研究室の中にいるユーリを盗み見、ひとまずはいつもどおりだと判断したエレノアが扉から入ってきた。ユーリはそんなエレノアに憤慨したように言う。エレノアは心配そうな顔だ。
「あの……呪いはもう平気ですか?」
「へ? 呪い?」
「良かった……一時的なものだったみたいですね」
どうやらユーリの呪いは解けている様だとホッと胸を撫で下ろすエレノア。
「あのねエレノア! 昨日あけた魔力箱にすごいのが入ってたの!」
「凄いもの……?」
「じゃじゃーん! これ! 何だと思う!? 何だと思う!?」
ズイズイと押し付けられた小石ほどの大きさの物体。エレノアはしばらくそれを手のひらで転がして……
「え……もしかして……エレメント……?」
「そーなのです!! 多分だけど」
実際のところ、この正八面体の物体がエレメントかどうかは定かではない。しかし、酷似している。グレゴリアの書紀に描かれていたエレメントに。
「確かエレメントは、魔法素材の属性値を増幅させる効果があるんでしたよね?」
「うん。だから鑑定水晶で試してみようと思って」
いつの間に借りてきたのやら。錬金台の上に鑑定水晶が置いてあった。
錬金台の他には触媒と中和剤を混ぜたものと、光属性の魔法素材であるヒマワリ草が。
準備万端である。ユーリは早く試してみたい気持ちを抑えて、エレノアが来るのを待っていたのである。
「魔力通してみて! はやく、はやく!」
エレノアの腰をグイグイと錬金台の方へ押すユーリ。姉を遊び場に連れて行く子供のようだ。
「分かりました、分かりましたから」
錬金台の前で一呼吸し、触媒に触れるエレノア。少し緊張しながらも通力を始める。
魔力が届いたとき、鑑定水晶は薄く金色に輝いた。
「じゃあ次はエレメントを置いてみるね」
「おねがいします」
ヒマワリ草の後に光のエレメントを設置。もしこれが本当に光のエレメントであれば、鑑定水晶に何かしらの変化が起こるはずだ。
「……すごい」
予想通り、鑑定水晶は先程よりも、より濃い金色にと輝きを放った。
光の属性値が増幅されたと考えてよいだろう。
「すごいねこれ! わぁー! 本物だ、本物のエレメントなんだ」
「本当に存在しましたね……」
跳ねて喜ぶユーリと対象的に、エレノアは未だに信じられないと言う目でエレメントを見つめている。
エレメントが実在したということは、グレゴリアの書紀が本物である可能性が高くなるのだ。
錬金術界での非常に大きな発見である。かなりレアな素材が必要ではあるが、水を生み出す魔導具の作成も可能であるということなのだ。まぁ、二人での錬金術という課題は残っているが。
また一つ、ユーリの夢へのピースが集まった。




