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【書籍発売中】ユーリ~魔法に夢見る小さな錬金術師の物語~  作者: 佐伯凪
第四章 魔法への三歩目~グレゴリアの書記とエレメント~
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第105話

「はい、あーんしてー?」


「あーーーー」


 優しげな女性の声と、ユーリの声が聞こえてフィオレは目を冷ました。

 身体を起こしてキョロキョロと見回す。初めての場所だが、恐らく冒険者ギルドの医務室だろう。


「あー、完全に砕けちゃったねー。乳歯で良かったわね。すぐに新しい歯が生えてくるから大丈夫よ。傷だけ治療しちゃうわね」


 おそらくギルド職員のお姉さんがユーリの口を治療しているのだろう。聞いた限りでは問題なさそうで、フィオレはホッと胸を撫で下ろす。


「あら、目が覚めた? フィオレちゃんだったわよね? 貴女は魔力の枯渇ねー。よく気絶するまで魔力使えたね。普通は枯渇する前に疲労で動けなくなっちゃうものなんだけど」


「いえ、私もあまり記憶がなくて……」


 フィオレは倒れる前のことを思い出す。昇格試験でベルンハルデと戦って、全然通用しなくて、ユーリが一撃当てて、そのあと、ベルンハルデがユーリに向けて殺気を……


 ザワッ


 私の可愛いユーリになんてことをしてくれたのか。

 思い出しただけで憤死しそうになる。


「ちょちょちょ、ちょーっとフィオレちゃん!? どーどー、抑えて抑えて! 殺気漏れてるから!」


「ハッ……ご、ごめんなさい、つい……」


 ユーリの事となるとネジが飛んでしまうフィオレであった。これではいけないと頭を振って冷静になる。


「しばらく体がだるいとおもうけど、ちゃんと食べて良く眠ればすぐに良くなるよ。それじゃ二人とも、サブマスターの部屋に行ってもらえる?」


「サブマスターの部屋にですか?」


「うん、なんか話があるんだって。オリヴィアは先に目覚めて向かったわよー」


「分かりました。ユーリ、行こっか」


「はーい」


 余程のことでない限りサブマスターが自室に人を呼ぶことなどない。それを知ってか知らずか、ユーリとフィオレはなんの気負いも無く歩いてゆく。まるで友達の部屋にでも行くかのように。



「失礼します」


「しまーす」


 フィオレがベルンハルデの部屋の戸を開ける。部屋の奥の椅子にベルンハルデが座っていた。

 オリヴィアはフカフカのソファに座っているが、居心地は悪そうだ。なぜなら向かいのソファにギルドマスターのユリウスが座っているからだ。ニコニコと朗らかな笑顔の貴公子。何を考えているか分からない。


「よく来たな。とりあえず座れ」


 ベルンハルデに促され、オリヴィアの隣に座る二人。着席と同時にベルンハルデが口を開く。


「で、あの粉はなんだ。オリヴィアに聞いても知らないの一点張りでな」


「だから、本当に知らないんですよ……」


 言い返す声は小さい。

 当然フィオレも分からないため、ユーリに視線を向ける。

 皆の視線を集めたユーリが口を開く。が、


「秘密」


 まさかの答えにベルンハルデが呆気に取られる。

 慌てるのはオリヴィアだ。自分の属するギルドのサブマスターに向かって無礼とも言える言動。下手をしたらギルドを追放されかねない。


「ゆ、ユーリ! 教えなさいよ!」


「教えても僕に良いことないもん」


 実際のところ、ユーリは別に深い考えがあって秘密にしているわけでは無い。

 ただ、先程の昇格試験で圧倒的な力の差を見せつけられて、少し拗ねているのである。

 ただで教えるのは癪だ、どうせなら交換条件にベルンハルデの魔法の仕組みでも教えてもらおうという魂胆である。

 ベルンハルデが溜息をつく。


「おいガキ。私は教えてくれと『お願い』してるわけじゃねぇんだ。教えろと『命令』してるんだよ。サブマスターとしてな」


 ベルンハルデが威圧するも、ユーリは知らんぷりだ。


「サブマスターの命令を聞かなくちゃいけないなんて規則、無かったよ」


「こいつ……」


 我儘な子供のような態度にベルンハルデが苛つきガタリと立ち上がる。

 しかし、


「うんうん、ユーリ君の言ってる事にも一利あるね」


 ユリウスの言葉に遮られる。


「ユリウスてめぇ……」


「立場が上の人の命令に従わなくちゃいけないのなら、ルディ、君も僕の命令に従わなくちゃいけなくなるね」


 柔和な笑みでユリウスがベルンハルデに言う。


「僕の恋人になれって、『命令』しちゃおうかな?」


 その言葉を聞いて、ベルンハルデは真顔になった。

 感情の抜けた顔で言う。


「命令は良くないな。ユーリの言うとおりだ」


「あはは、つれないなぁ」


 再び椅子に座り、先程とは違い落ち着いたベルンハルデがユーリに問う。


「なら、交渉だ。私はお前が使っていたあの粉について知りたい。どうすれば教えてくれる?」


 ユーリは考える間もなく応えた。


「ベルンハルデが使ってる『絶界』について教えて」


 ピクリとベルンハルデのこめかみがひくついた。


「お前……最初からそれが聞きたかっただろ……」


「うん」


 悪びれもせずに答えユーリ。怖いもの知らずだ。


「それを知ってどうする? 他の冒険者に言いふらすつもりか?」


「へ?」


 何やら険しい顔をしているベルンハルデの問いに、ユーリはポカンと口を開けた。

 知ってどうするつもりか。

 そんなこと考えてもいなかった。ただ、自分の想像もつかない魔法がある。だから知りたい。それだけなのだ。

 知ることが目的であり、それ以上でもそれ以下でもない。


「別に、知りたいだけなんだけど」


「んなわけあるか。知ったからには何かしたいことがあるんだろうが」


「えっと、嬉しい、とか?」


「はぁ?」


 噛み合わないユーリとベルンハルデ。見かねたフィオレが口を挟む。


「あ、あの、サブマスター。信じられないかも知れないですか、本当に『知りたい』だけなんです。そういう子なんです、この子……」


「知りたいだけって……」


「ユーリは魔法適性がなくて、なので魔法に対する憧れが強くて……今も魔法を使えるようになるために色々研究してるんです。ね、ユーリ」


「うん!」


 ベルンハルデはユーリを見る。キラキラした瞳で自分を眺めるユーリを。

 腹芸などとても出来そうにない子供だ。そうだ、こいつは子供なのだ。

 ただ魔法と言う『おもちゃ』が欲しい、『おもちゃ』について知りたいだけの子供だ。

 そう思うと、先程まで色々と勘ぐって身構えていた自分が馬鹿らしくなって来た。


「分かった。絶界についておしえてやる」


「本当!?」


「ただし、絶対に他言するな。そしてあの粉について洗いざらい教えろ。いいな?」


「分かった!」


 勢いよく答えるユーリ。ベルンハルデはフゥと一息ついて話し出す。


「まぁ、と言ってもほとんど名前のままなんだがな。『絶界』ってのは、言わば空間だ。何も無い空間、広い空間を創り出しているだけだ。だから、私に触れることはできないのさ」


 ベルンハルデの答えを聞いてユーリは考え込む。


「でもそれだとベルンハルデから攻撃することもできないんじゃない?」


「指向性があるんだよ、絶界には。だからこっちからは触れるし、殴れる」


 反則級の魔法である。それなら手も足も出ないのは当たり前だ。


「その絶界ってどのくらいひろさなの?」


 魔法はイメージ出来なければ使えない。ただ漠然と『広い空間』を創造しようとしてもできないのだ。


「……私が想像できる最大の広さだよ」


 どこか答えにくそうに言うベルンハルデ。そんな彼女の機微など無視してユーリは言葉を続ける。


「ふーん。じゃあ()()()()()()()()()()()


「え?」


「ん?」


 ユーリの言葉にフィオレとオリヴィアが疑問符を浮かべる。なぜ今の説明でその結論になるのかが分からない。

 しかし一方でベルンハルデは驚愕していた。たったこれだけの情報で弱点まで見抜いて来た。


「っクソ。頭の回るガギだな……」


「え、ユーリ、どういうことよ」


 理解できないオリヴィアが問う。


「すごーく広い空間があっても、光ならすぐに通り過ぎちゃうでしょ? それにもし光すら届かないくらい広かったら、ベルンハルデが何も見えなくなっちゃうじゃん」


「えっと……あー、なるほど?」


 ユーリに説明されてようやくオリヴィアは少しだけ納得がいった。

 横でフィオレもなるほどと頷いている。


「あーもう、私の魔法はもう分かっただろうが! ほら、次はお前が教える番だ!」


 これ以上詮索されてたまるかとベルンハルデが空気を変えるように言う。


「あ、これね。これは錬金術で使う中和剤だよ」


 ユーリはポシェットから中和剤、色無鮫の歯の粉末が入った小瓶を取り出す。

 しかし、錬金術師の間でもほとんど使用されることのない中和剤などベルンハルデが知るはずもない。


「中和剤……ってのは、なんだ?」


「これは色無鮫の歯」


「歯?」


 ベルンハルデはちんぷんかんぷんである。


「えっと、簡単に言うと、魔法を消す粉、かな? あ、もちろん魔法で産み出した水とか火を消せるわけじゃないんだけどね」


 中和剤で消せるのは『魔法の波長』である。たとえばフィオレが操る水が中和剤に当たると波長が消えて操作できなくなってしまう。しかし、水そのものが消えるわけではない。


「ベルンハルデは魔力で空間を作ってるんだよね? だから中和剤に当たるとその空間が消滅しちゃうんじゃないかな」


「そんなものが存在するのか……」


「色無鮫の歯はね、すごく質の高い中和剤なんだよ! 他のもいろいろあるんだけど、全部の中和剤がベルンハルデに効くかは分からないや。僕はたくさん持ってるから、一つ上げるね」


 惜しげも無く小瓶をベルンハルデに渡すユーリ。ベルンハルデは自分の弱点となる物体を貰って微妙な顔だ。

 それを見ていたユリウスが口を挟む。


「ユーリ君、その中和剤、僕にもいくつか……」


「駄目だ」


 しかしベルンハルデに遮られてしまった。


「ユリウス……お前、中和剤を貰って何に使うつもりだ?」


「いやいや、僕も錬金術に興味が出てきて……」


「嘘だ。てめぇ、私に使う気だろ?」


「そんなこと無いよ。ねぇユーリ君。錬金術仲間は多い方がいいだろう?」


 ユリウスがニコニコとユーリに声をかける。錬金術仲間と聞いて目を輝かせた。


「うん! ユリウスも錬金術やろう!」


「だぁー! だから駄目だっつってんだろが! ユーリ、騙されるな!」


 しばらくベルンハルデとユリウスの言い合いが続き、結局ユリウスが折れる形となった。


 ……後日、ユリウスはベルンハルデがいない間に、こっそりとユーリから中和剤を受け取っていたが。


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― 新着の感想 ―
サブマスのやってることって、普通にパワハラだし、罰則ものだと思うんだけど。
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