第103話
「以上三名の冒険者が鉄級への昇格条件を満たし、昇格試験を受けたいと申し出ております」
「……たかだか鉄級への昇格試験だろ? どうしてわざわざ私に報告に来た」
冒険者ギルドのサブマスター、ベルンハルデの部屋にモニカが報告に来た。三名の冒険者とはもちろんオリヴィア、ユーリ、フィオレの三人である。
「サブマスターが例の少女……少年に興味をお持ちであると推測しておりました。いえ、差し出がましい申し伝えでした。申し訳ございません。鉄級の昇進試験となりますので、私の裁量の元で適切と想定されるギルド職員に試験官を……」
「まてまてまて、行かないとは言ってないだろうが、行かないとは」
すぐにでも業務に戻ろうと部屋を出ようとしたモニカをベルンハルデが慌てて引き留めた。
そんな素直じゃないベルンハルデにモニカが一つため息を吐き、いつもの無表情で再びベルンハルデの方に振り向いて言う。
「承知いたしました。それではベルンハルデ様を試験官として昇格試験の手続きを行いますので、準備が整いましたらギルド裏の訓練場にお越しください」
「おいまて、お前今ため息ついただろ」
「新鮮な空気を体内に取り入れるために人間に備わっている生理現象です。他意はありません」
「いや他意しかなかっただろうが。お前はもう少し私のことを敬ってだな……」
「業務に関係のない会話だと判断しました。私は昇格試験の手続きを行って参ります」
モニカに説教しようとするベルンハルデ。しかしベルンハルデの言葉を最後まで聞かずに去って行った。ぽつんと残される。
「私、そんなに威厳ないか……?」
冒険者、ギルド職員問わず、一目置かれ畏怖されているベルンハルデ。そんな自分に対してあまりにそっけない態度の受付嬢に、少しだけしょんぼりするベルンハルデであった。
◇
「よう、オリヴィアにユーリに、フィオレだったか? 昇格試験担当のベルンハルデだ。よろしくな」
「サブマスター!?」
不敵な笑みを浮かべながら階段を降りるベルンバルデが、受付カウンターの前にいる3人に話しかける。如何にも大物の登場といった雰囲気だ。先程ただの受付嬢に素っ気なく対応されてしょんぼりしていた人物とは思えない。褐色の肌に長い黒髪が揺れる。
たかだか鉄級への昇格試験。適当なギルド職員との模擬戦だろうと思っていたオリヴィアが、まさかのベルンハルデの登場に驚いた。
「鉄級への昇格試験なんざ、大概は誰でも通る。ズルをして依頼の達成、納品をしていない限り落ちることなんてほとんどない。だから肩の力を抜いて気楽に構えておけばいいさ」
しかし、とベルンハルデが続ける。
「ただ実力を見るだけじゃつまらんだろう。三体一の実戦形式にしよう。ちぃっとばかし調子に乗ってるだろうから、お灸を据えるのも兼ねてな」
ベルンハルデがクイと顎で訓練場の方を指す。ユーリ達に拒否権などあるはずもない。3人は一度顔を見合わせてからベルンハルデに続いた。
訓練場でベルンハルデと三人が向かい合う。ユーリはナイフ、オリヴィアは細剣、フィオレは棒を構えるが、ベルンハルデは丸腰のままだ。
「手加減はしてやる。好きにかかってこい」
「好きにかかってこいって言われましても……」
躊躇うフィオレ。あたりまえだ、フィオレにとってベルンハルデは初対面の美人なお姉さんでしかない。いきなり魔法を打ち込むことなど出来るわけがないのだ。
そんなフィオレとは対象的にオリヴィアとユーリはやる気満々だ。
オリヴィアはベルンハルデの実力を伝え聞いたことがあるので遠慮などしないし、ユーリは以前、渾身の蹴りをやすやすと止められたことがあるので、そのカラクリを解明したいのだ。
「安心しなさいフィオレ。サブマスターの現役時代の冒険者等級は、金級。あそこにいるのは人の形をした黒龍だと思いなさい」
「金……」
金級。それは一流と呼ばれる銀級冒険者の中でも、『偉業』を成し遂げた者だけが辿り着ける境地である。
今のユーリ達など比べることさえ烏滸がましい相手だ。
「くく、黒龍とはまた随分な例えだな。こんな美人に対して失礼じゃないか? まぁでも、そういうことだ。お前ら程度じゃ傷一つつけられないだろうから安心しろ」
腰に佩いた二本のマチェットを抜きもせずに言う。
「お胸お借りしますッ!!」
最初に動いたのはオリヴィア。出し惜しみなどせず、全力で斬りかかる。
容赦なく首に向かってきたオリヴィアの細剣を、ベルンハルデは素手で止めた。
「えっ!?」
驚愕するフィオレ。
「僕のときと同じだ」
ユーリは目を凝らして観察する。普通の人間が素手で剣を止められるとは思えない。確実に魔法を行使しているはずだ。
ユーリの見立てでは恐らく、闇属性。
しかし、それがわかったところでどうしようもない。
分からないなら、とりあえず攻撃するしか無いだろう。
姿勢を低くし、弾けるように走り出す。ベルンハルデに足払いをする、が、これも無意味。
不可視の壁に遮られているようだ。
ユーリとオリヴィアが攻撃を続けるも、その全てが軽く受け止められる。
全く攻撃の通用しないベルンハルデを見て、フィオレもようやく詠唱を始めた。
「水の精霊よ、幾多のつららとなりてかの者に降り注げ!」
一つ一つは大きくはないが、50を超えるつららを生み出してベルンハルデへと放つ。
タイミングをはかりオリヴィアとユーリが離脱する。
自身に向かってくる無数の凶器を眺め、ベルンハルデは不敵に笑う。避けない。
「えっ!」
フィオレが驚愕する。全てがベルンハルデに刺さった様に見えたからだ。全身からつららを生やし、ハリネズミのようになったベルンハルデ。
慌ててフィオレが駆け寄ろうとする、が。
――シャラン
刺さったはずのつららは、全て細かい氷の破片となり崩れ落ちた。
「うそ……」
「いやぁ、可愛い顔して容赦ないねぇ」
打撃も斬撃も魔法も効かないベルンハルデ。どうすればいいというのか。
「絶界のベルンハルデ……」
オリヴィアが呟く。
まるで体の周りを違う世界で囲んでいるかのように攻撃が届かないことから、ついた二つ名は『絶界』。
「ほら、もうちょっと楽しませてくれよ」
マチェットも抜かずに、ただ歩いて向かってくるベルンハルデ。
「こんなの……どうすればいいってのよっ!! ユーリ、とりあえずフィオレを守るわよ!!」
「了解!」
「フィオレはなんでもいいから魔法打ちまくって!」
「わ、分かりました!」
地獄の昇格試験のはじまりである。
 




