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四話 昔ながらのナポリタン

 今日の寝起きはあまり気持ちがいいものではなかった。蒸し暑くて汗でびっしょりだし、空を覆い尽くす雲のせいか、ほのかに頭痛がする。とりあえず、汗が気持ち悪いからシャワーを浴びる。汗を流している間に昨日うつつで出会った少年のことを思い出す。なぜか急に帰ってしまったし、不快な思いをさせちゃっったのかな。なんか、申し訳ないことをしてしまった気になる。今日またうつつに行ってあさひさんに何か聞いてみるのもありかもしれない。昨日お土産として戴いたおいしいクッキーは大切に食べる予定だ。コーヒーか紅茶と一緒に戴こう。

 シャワーが終わり、髪を乾かしてから休日の緩い雰囲気の情報番組を流し見しながらクッキーをつまむ。後でうつつでしっかり食べるし、今たくさん食べるのは得策ではない。テレビで流れる今日はずっと曇りみたいだし、お出かけしようとクローゼットを開く。先週と同じような服でいいか。メイクも同じ感じで。と少し横着する。誰に見られる訳でもないし、今日あろうあさひさんも無闇に女性の容姿に言及をするタイプでもないし。と考えているうちに身支度を終わらせる。さっき雨は降らなさそうって言ってたし、雨具は持って行かなくていいかな。

 外に出るとモワッとした生ぬるい空気が身体を包む上着に着ていたカーデガンはいらないかも。と家に戻って白いシャツで出かける。家から徒歩10分ほどのうつつに着く頃には少し汗ばんでいた。大きな窓ガラスの横のドアを押すとカウンターの中のあさひさんが柔らかく微笑みながら迎え入れてくれた。今日は水瀬さんは来ていないみたいで代わりにボックス席に私と同年代くらいの女性二人組が談笑に花を咲かせていた。いつも通されているカウンターの一番端っこに座るとあさひさんが話しかけながらメニューを渡してくれる。

「いらっしゃい。夜はごめんね。嫌な気持ちにさせちゃったかな」

「いえ、逆に失礼なことしちゃったのかな。って気がかりで。」

「そんなことないよ。僕が保証する。」

 そんな話をしながらメニューを開く。今日は何を食べようかとランチメニューに目を通す。あ、ナポリタンいいかも。子供舌で恥ずかしいけど、好きなものは仕方ない。あさひさんにコーヒーと共に注文をすると、なぜかありがたい。と言いながらコーヒーを先に提供をしてキッチンに引っ込んでいく。何がありがたいんだ。なんて思いなながらコーヒーを口に運ぶとボックス席の女性連れの会話が聞こえてくる。どうやら、彼氏との惚気とマッチングアプリで出会った男性との話をしているみたいだった。「そろそろ、ウチらも結婚考えなきゃだもんね。」なんて声が聞こえてきてこの間の母との電話を思い出してげんなりする。大学生以来彼氏なんてできてない。会社でいい人はいないかなんて言われるけど、関わりが深い男性なんて嫌がらせをしてくる同期の小松君しか居ない。同じく同期の女子社員が言うには、彼が私のことが好きなんて言うけど、それだったらあんな嫌がらせの数々ができる訳がない。そんなことを考えていると胃が痛くなってきた。

 「お待たせ、ナポリタンです。」

 唐突に視界に赤い塊が飛び込むと共に穏やかな声が聞こえてきた。昔ながらのナポリタンなはずなのにどこか違和感がある。緑のピーマンが入ってるところに赤や黄色のパプリカが入っていた。

「やっぱり気が付いちゃう?昨日のパプリカが余っちゃって。いずみさんがこれを頼んでくれなきゃ俺の夕飯がパプリカづくしになるところだったよ」

 なんて照れくさそうに微笑む彼にやっぱりか。なんて会話をしていると背後のドアのベルが鳴る。

「修哉いらっしゃい。いずみさんも来てくれてるよ。」

 そこには、気まずそうに目を伏せている修哉君が立っていた。恐る恐るといった風にこちらに歩いてきて私の隣にちょこんと座る。昨日のごとく、あさひさんと軽い言い合いをしていた。微笑ましいなぁ。と彼らを横目で見ながらパプリカ入りのナポリタンを食べようとしていたら修哉君に話しかけられる。あさひさんはどうしたのかと探すとさっきの女性たちの会計の対応をしていた。

「昨日はすんません。急に帰って。」

「うぅん。私がなんか嫌なことしちゃったかな。ごめんね」

「いや、俺が女性に慣れてないだけなんで気にしないでください」

 それよりも、ナポリタン食わなくていいんすか?と目の前のお皿を指さされる。そうだ。とフォークに麺を巻き付けて一口。甘みとコクの中に少しの酸味があるケチャップに太くてもちもちした柔らかめの麺が絡む。口に入れた瞬間にトマトの少し青臭い独特の匂いが鼻に広がる。きっと、好き嫌いが分かれると思うけど私は好きだ。火が通って少ししなびたパプリカを口に放り混むと少し甘くておいしい。普通のピーマンよりこっちの方が好きかも。と一人の世界に入っていると隣から視線を感じた。振り向くと修哉君がこちらを見つめていた。そうだ、さっき話してたのに。さみしい思いをさせてしまったかな。なんて思っていると、目が合った彼の顔が真っ赤に染まり勢いよくあっちを向いてしまった。

「大丈夫?修哉君?」

「大丈夫ッス、その、なんつーか、化粧してるんすね。昨日より、かわいいって言うか…」

「あ、ごめんね。仕事の時は眉毛とか最低限しかしてなくて」

 アラサーのすっぴんなんて若い子が見ても面白くないよね。なんて少し落ち込んでいると、爆笑をしながら涙目で横からあさひさんが茶々を入れてまた喧嘩を始めていた。ちゃんと毎日化粧をした方がいいかな。

「僕は、化粧なんてしなくても可愛らしいと思うよ。もちろん、化粧してたらさらに素敵だと思うけど」

「すみません、気を遣わせちゃって…。」

「あの、い…大山さん。失礼なこと言ってすんません。そういう意味で言いたかった訳じゃなくて…」

「大丈夫だよ、気にしてないから」

 そういえば、昨日は学生服を着てたし学生さんのはずだ。深夜に出歩いてよかったんだろうか。

「そういえば、深夜に出歩いて大丈夫だったの?親御さんとか心配してない?」

「あぁ、平気っす。お袋もこっち来てるのわかってると思うんで。昨日はお袋の彼氏がウチ来てて気まずかっただけなんで」

「そっかぁ、親御さんはそれ知ってるの?」

「知ってます。あさひとお袋知り合いなんで深夜はうつつなら言っていいって言われてるんすよ」

 いろんな家庭があるもんだ。我が家なんて、周りに田んぼや畑しかないのもあったんだろうけど、両親や兄二人が過保護で夜に外出なんて選択肢がなかった。両親が今もまだラブラブだから、彼の気まずさは少しわかる気がした。

 そんなこんなでナポリタンを食べきり、お腹も膨れた。話も一段落付いたところで雨が降りそうな雰囲気になってきたし帰ろうという話になる。お会計が終わり、一足先に外に出ていた修哉君が外で待っててくれていた。

「ついでなんで送っていきます。」

 と照れくさそうに行って来た彼がなんだか可愛くてお願いをしてしまった。しばらく歩いているとポツポツと雨が降ってきた。これくらいなら傘はいらないか。なんて思っていると雨脚が強くなり、すぐに全身びしょ濡れになってしまった。彼は大丈夫か。と思っていると肩に何かを被せられた。

「それ、被っててください。あの、その。濡れたら大変なんで」

 なぜか、目を反らしながら早口な彼を不思議に思っていたら、胸元を指さされる。見下ろすと、下着が透けていた。急いで彼のパーカーで隠すと慌てたように修哉君が後ろを向く。

「俺、家の洗濯物取り込むの忘れてたんで帰ります」

と言いながら走り去ってしまった彼の背中を見送ることしかできなかった。どうやら足の速いらしい彼に追いつくことはできないし、洗濯をしてあさひさんに渡すのをお願いしようかな。


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