二話 薄焼きオムライス
まぶしい朝日が目蓋をくすぐる。もう朝だということに気が付き身体を起こす。いつもよりもすっきりした目覚めにのびをしながら目を開ける。昨日夜にたくさん食べたからかな。窓の外はこの季節に珍しい心地のいい晴天。
今日は土曜日。引っ越してからの休日は段ボールの整理に追われてたけど、ある程度片付いたし今日は近所を探検がてらお散歩でもしてみようかな。と整理したばかりのクローゼットを開けてみる。久々におしゃれして化粧をしても許されるよね?と胸元に繊細なレースがあしらわれた半袖のブラウスに紺の踝丈の紺のシフォンスカートを合わせてみる。…うん。かわいいかも。でも、まだ半袖だと寒いだろうし、薄手のベージュのカーデガンを羽織ろう。コンタクトをしてメイクも久しぶりに凝ってみようかな。なんて久しぶりのおしゃれに浮き足立っていると、もうお昼時になっていた。お散歩の途中でお昼ご飯でも食べようと思うと、それが名案のように感じてきて心が躍る。身支度が終わると全身鏡の前で一周回ってみる。長身で肩幅が広い私は可愛らしい服装が昔から似合わない。憧れ自体はあるもののかわいいが許される年ももう、終わろうとしている。そう思うと少し悲しいが、今の服が似合っていない訳ではない。これでいい。と鏡を見て頷く。
まずは、外に出ようとお気に入りのコルクサンダルを引っ張り出してみる。よし、出かけようと外に出てみるといい天気でなんだか楽しくなってきた。そういえば、昨日のカフェって今日は営業してるのだろうか。様子を見てみるのもいいかもしれない。目的地が決まったところでマンションのフロントをくぐり抜け歩く。
5分ほど歩くと、昨日の喫茶店を見つける。よかった。実在した。もしかしたら夢なのかもしれないと少し不安だったのだ。ちらりと大きな窓から覗いてみるとマダムと昨日の店員さんが楽しそうに話していた。昨日も結構な深夜にお店やってたのに寝不足にならいのかな。
本当はここで食事をしたいけど、この中に入る勇気はないかな。駅周辺で良さそうな0店を探そうと踵を返そうとすると、店員さんとバッチリ目が合う。昨日みたいに微笑みながらおいで。とばかりに手招きをされた上にそれに気が付いたマダムが面白そうに目を細めて彼の真似をするように手招きをする。さすがにこれを無視する勇気を私は持ち合わせていない。恐る恐る扉を開けるとちょうどいい室温にお出汁の代わりにコーヒーの芳醇な香りが全身を包み込む。店内には、全身を紫で品良くまとめた五十代後半くらいのマダムと、ギャルソンエプロンをに巻き優しげな笑みを浮かべる昨日の店員さんがこちらを見ていた。
「あらあら、まあまあ。あさひちゃんにも春が来たの?」
興味深そうにこちらをしげしげ見つめるマダムにどう答えようと考えあぐねていると、穏やかな声がそれを遮る。
「いらっしゃい。深夜に来てくれた子だよね?」
「はい、ごめんなさい。お話の邪魔しちゃったみたいで」
「全然、気にしないで。何度も聞かされた旦那さんとの思い出話だから。それに、お客さんならどんな人でも嬉しいよ」
そんな話をしながら昨日と同じカウンターに通される。隣にはマダム。愉快そうにこちらを眺めながらニコニコしている。その視線を軽く受け流しながらあさひと呼ばれた店員さんはメニューを差し出す。
「ありがとうございます。お昼のメニューってこんなに分厚いんですね」
「どういたしまして。そうそう、先代から変えてないメニューだから味は全部保証するよ」
「先代から…。歴史があるんですね」
「そうそう、マスターが僕に変わった時常連さんにすごい心配されたくらいには」
ずいぶん若そうに見えるのに、マスターなんだ。と驚いていると苦笑した彼が肩をすくめる。なんだか申し訳なくなりながらもメニューに目を移す。オムライスやカレーなど、喫茶店らしいメニューが並んでいる。ちょっと子供っぽいけど、オムライスにしちゃおう。
「すみません、マスターさん。オムライスとコーヒーをお願いします。」
「マスターさんって…。普通にあさひでいいでいいよ。コーヒーとオムライスね。少々お待ちください。」
私の彼の呼び方がツボにに入ったようで肩を揺らしながらキッチンに引っ込むあさひさん。今から出てくるオムライスに心踊っていると隣に座っているマダムが話しかけてきた。
「お嬢さん。あさひちゃんとどんな関係なの?」
「え?あぁ…、その、昨晩にお店でおうどん戴いて…」
少々どもりながら答えると、お茶目に笑ったその人は納得したように頷く。なにか、訳知り顔のマダムは水瀬と名乗った。どうやら、先代マスターの時代からの常連らしく、あさひさんとは彼がバイト時代からの知り合いらしい。
水瀬さんの話だと、あさひさんは先代がやっていた深夜営業の常連だったらしい。そこからアルバイトをすることになったらしいのだが、先代オーナーと喧嘩ばかりしていたらしい。穏やかそうな今の彼からは想像が難しいな。と頭を悩ませていると目の前にオムライスとコーヒーが置かれる。いつの間にかオムライスを作り終わったらしいあさひさんが少し渋い顔をしていた。
「もう、水瀬さん。恥ずかしいから昔のことあんまり話さないでくださいってば。」
「ごめんなさいね。この年になると思い出話がしたくなるのよ」
肩をすくめる彼女に少し子供っぽく唇をとがらせたあさひさんが私に笑顔を向ける。
「ごゆっくり」
目の前に置かれたオムライスは昔ながらのミックスベジタブルと玉ねぎが入っているケチャップライスが薄焼きの卵に包まれている形だった。ふわとろ卵のオムライスも大好きだけど、このタイプのオムライスの方が私は好きだ。
ほのかなバターの香りがする薄焼き卵にスプーンを入れると中に包まれている少しオレンジがかった赤いケチャップライスが現れた。一口食べると、ケチャップの酸味を卵が包み込み、中に入っている野菜の甘みとコクが口いっぱいに広がる。おいしい。夢中になって食べていると、水瀬さんがこちらを見つめていた。
「ごめんなさいね。あまりにもおいしそうに食べているから見ちゃった。気にしないでちょうだいな」
穏やかに微笑む彼女のお言葉に甘えてオムライスを食べてしまう。結構大きかったはずなのにぺろりと食べてしまった。心地のよい満腹感に恍惚としながらコーヒーを口にすると、優しい苦みとコーヒーの香りが口に広がる。こんなに食事で幸せになるなんて。とお腹をさすっていると面白そうに二人がこちらを見ていた。少々恥ずかしくなって真っ赤になると吹き出す二人。どうすればいいかわからなくなりお会計をして足早にうつつから逃げるように飛び出してしまった