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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

夏の日。雨の中。鳥居の影で二人きり

作者: 小雨川蛙

 

 夏の日。

 夕立だ。

 どしゃぶりだった。

 天気予報は雨雲が近いことを伝えてくれたけれど十数分前に教えてくれたってどうしようもない。

 雨具を忘れた僕に出来るのは精々覚悟を決めるか諦めることくらいだ。

 必死に走り続ける中、近くの神社が目に映る。

 そうだ。

 あの中ならば最低でも屋根がある。

 そう思い鳥居を潜ろうとしたその瞬間。

「止まって!」

 そんな声が聞こえた。

 その直後、僕は動画を一時停止されたかのように固まってしまう。

 動こうと思えば動けるはずなのに、まるで冬の朝に布団の中で丸まっている時みたいに身体を動かせない。

 いや、動かしたくないんだ。

 強い雨に晒され、辺りには恐ろしい雷が響いているというのに。

「良かった。間に合った」

 安堵の声が聞こえた。

 そちらをちらりと見ると鳥居の下、丁度僕からは死角になっている場所に誰かが立っている。

「ごめんね。止めちゃって。けど、この先は行っちゃいけないんだ」

 声の主はそう言うと鳥居の影に隠れたまま言葉を紡ぐ。

「今、この先にはやんごとなき方がお出でになっているの」

 やんごとなき……そんな言葉を日常で聞くことになるとは思わなかった。

 学校で聞いたならばあまりにも耳慣れないし、そんな言葉を使うなんて滑稽この上ないから僕はきっと笑っていただろう。

 しかし、声の主が発する響きはこの雨の中でさえ不気味なほどによく通り、同時に言葉の持つ力を実感してしまうくらいには深い重みが存在していた。

「けど、もうちょっと……うん。鳥居の下に来るくらいなら大丈夫。雨はもうすぐで止ませるからさ。良かったら雨宿りしていきなよ」

 雨宿りとは言うけれど、傘やレインコートさえ役に立たないようなどしゃぶりの中、鳥居の影なんて何の意味もない。

 それはつまりこのずぶぬれ状態は家に帰るまで解消されないという意味でもある。

 どうせもう全てが遅いんだ。

 そう開き直った瞬間に体はあっさりと動くようになり、僕はそのまま鳥居の柱にもたれ掛かるようにして背を預けた。

「ごめんね。すぐに終わるから」

 声の主に僕は気のない返事をする。

 何故か直感した。

 相手を見てはいけないんだと。

「ごめんね。こんなに雨を降らせて」

 申し訳なさそうな声に僕は告げた。

 最近はむしろ雨が降っていなかったから良いことだと思う、と。

 それにどうせ、この雨は一瞬の内しか持たない。

「そっか。ありがとう」

 こんな雨の中、どうして自分の声が滞りなく伝わっているのかが少しだけ不思議に思えた。

 前も見えないし、そもそも目を開くことも難しい。

 どうにか手で両目の上を覆っているが、これでは焼け石に水だ。

「君はどこに住んでいるの?」

 声の主が問うたので僕は答えた。

「そっか。この町に住んでいるんだ。生まれた頃から?」

 見えないはずだと思いながらも僕は頷くと、相手は「そうなんだ!」と喜びの声をあげる。

「それじゃ、ずっとこの町に住んでいるんだ。すごくうれしい!」

 次に年齢を聞かれた。

「へぇ、まだ十四歳なんだ。しっかりした顔つきをしているからもっと年上かと思ったよ」

 その次にどの学校に行っているのかを聞かれた。

「あっ、その学校なら知っているよ! 昔からあるもんね!」

 好きな食べ物を聞かれた。

「魚が好きなんだ! 私も海の魚が大好きだよ。川の魚も好きだけどね」

 今、はまっているものを聞かれた。

「ゲームねぇ。私、よくわかんないんだよね。よく見えないし。今の子供って鬼ごっことかしないの?」

 他愛のない話をしていると土砂降りだった雨は段々と弱まってきた。

 驚くほどにあっさりと雲で出来ていた暗闇は消えていき、気づけば済ました顔をして太陽が地面を濡らしていた。

「あぁ、もっとお話し聞きたかったのにな」

 声の主は心から残念そうなため息をつく。

「家に帰ったらお風呂に入って温まるんだよ。風邪は引かないでね」

 そう言うと、最後にと前置きをして相手は僕の名前を聞いてきた。

 僕が答えると相手は何度か繰り返して「よし、覚えた」と小声で言うと、今度は元気よく僕の名前を呼んで尋ねて来た。

「この町は好き?」

 好きか嫌いかで言えば好き……というのが本心だったけど、それでも僕は鳥居に背を預けたまま大きな声で答えていた。

「大好き!」

 その声を聞いた途端、声の主は歓喜に満ちた声で僕の名前を呼び、そして叫んだ。

「空を見て!」

 見上げた空に巨大な龍が飛んでいた。

 一番初めに聞いたやんごとなき方が何者か僕は理解したが、そんなことよりも目の前の光景が信じられずにため息を漏らしてしまった。

 そんな心の隙間を縫うようにして声が聞こえた。

「私さ。この神社に住んでいるから。時々来てくれると嬉しいな」

 僕は勢いよく振り返ったが、そこにはもう誰も居なかった。

 見えたのは鳥居の先にある広々とした神社だけ。

 声をかけたが誰も答えない。

 空を見上げたがそこにはもう龍の姿はなかった。

 僕は神社を見つめ、少し考えた後に一礼をする。

 本当は今すぐにでも神社に向かいたかったけれど、先に言われた風邪を引かないでねという言葉が頭の中に浮かんだので、僕は一度家へ帰ることにした。


 空はもう何事もなく晴れていて先ほどの雨が噓のよう。

 けれど、僕はびしょ濡れだったし、地面にはたくさんの水たまりが出来ていた。

 電柱や家々に木々からぽつり、ぽつりと雫が落ちていく。

 清々しい夏の空気に包まれて、セミがゆっくりと鳴き始めていくのを聞きながら僕は帰路についた。

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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。  雨の描写のみならず、風景、人物の描写がすごく分かりやすかったので、物語の世界にすんなり入れました。この描写力があるからこそ、ラストの展開に違和感を覚えることもなかった…
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