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2-1 私設図書館にて

第2章です


 ルシダ島での調査を終えて数日後、修道士ドミニク・クルスは「とある場所」へ向かっていた。

 

 本来ならば崇聖省の調査局へとまっすぐ帰還すべきところであったが、何分、彼には抱え込んでしまった厄介事がある。

 内海に浮かぶ小島「ルシダ島」での悪霊騒ぎ。

 調査局から派遣されたドミニクが島へ赴くも、結果的にそれは悪霊などの仕業などではなかったのだが、ルシダ島を守護していた女神ルシダが島をほっぽり出してドミニクに付いて来てしまうという新たな問題が発生してしまった。


 これは由々しき事態であった。


 双方の著しい認識の違いから生まれた問題ゆえ、ドミニクは女神ルシダに懇々と説明をしルシダ島へ戻るように何度も説得したが、当の女神は「『おじいちゃん』が大丈夫って言ってるから大丈夫」の一点張りである。

 

 この「おじいちゃん」という人物はいまだに謎の存在であった。


 女神ルシダに言わせれば「『おじいちゃん』は『おじいちゃん』じゃないの」とのことであるが。


 しかし、その「おじいちゃん」とやらがいいと言っても、ドミニクは全くもっていいわけではない。

 むしろ駄目である。完全に。

 

 勝手に付いて来られるだけならまだしも、女神は厳格に禁欲を求められる修道士であるドミニクに対して「恋をする」など決意表明をした。

 

 されるだけならいいのでは。

 それに相手は人間の女性ではなく女神なのだ。

 だったらいいではないか。


 という簡単な話ではなかった。

 

 帰途の道中、宿を借りるために立ち寄った教会の宿舎で朝目覚めたとき、いつの間にか寝床に女神ルシダが潜り込んで添い寝していたのには思わずドミニクも声を上げてベッドから転がり落ちた。

「だって、あなたの寝顔が可愛すぎて一緒に寝たくなっちゃって。でも大丈夫よ! まだ手を付けていないから!」

 ルシダは首を傾げて「うふふ」と微笑む。

 普段、女神ルシダの姿は人間には見えないのだが――ドミニクのように「霊力」が高い者には気配はわかるが――目に見える実体化、つまり「顕現」するのは自由自在のようだった。

 

 このままではそのうち大変なことになる。


「まだ手を付けていない」の「まだ」がいつまで「まだ」になるかなど彼女の気分次第だ。

 

 女神ルシダは子授け、夫婦和合、子孫繁栄が範疇の女神。

 その辺りも自由自在のはずである。


 それに、女神とは言え、顕現したその姿は人間の女性とほぼ変わりがない。

 宿舎の部屋にはドミニクしかいなかったからよかったものの、今後いつどこで女神ルシダが顕現してドミニクに「ちょっかい」を出し、それを他人に見られるかわからない。

 

 ドミニク・クルスは修道士である。

 それに家のこともある。

 ゆえに、非常に由々しき事態であった。

 

 問題の早期解決を目指し、調査局へ戻る前にドミニクはとある人物を訪ねることにした。

 

 その人物とは神学校時代の先輩で、名をハビエル・デル・ヴァランという。

 彼とはもう十年近い付き合いになる。


 聖国教会が将来聖職者となるべき人材のために設けている神学校には、一般人を少人数だけ受け入れる枠がある。

 しかし「一般人」と言えど彼らは皆上流貴族の子弟ばかりで、経歴に箔をつけるために多額の寄付金とともに入学してくる「お客様」であった。

 そのお客様たちとドミニクたち本来の神学生との交流はほぼ無く、彼らは授業と祈りの時間を適当にやり過ごすと、夜は寮を抜け出し外へ遊びに行く。


 ハビエルもそのうちのひとりだった。


 彼の実家は、聖王家とも血縁を持つ騎士公十二家のひとつである名門ヴァラン家で、現在の当主ヴァラン公マクシミリアンは彼の祖父である。

 普通なら接点もなくそのまま神学校を卒業するようなドミニクとハビエルだったが、たったひとつの「共通点」が彼らを結びつけた。


 あれはドミニクが神学校へ入ってすぐの頃。


 図書館で「とある本」を探していて、やっと見つけたその本を同時に手に取ろうとしたのがハビエルだった。

 ドミニクは驚いた。

 そういった偶然にも、「お客様」が図書館にいることも――お客様たちは図書館などには滅多に来ない。

「君もこの本読みたいんだ?」

 当時のドミニクより背が高い貴族の少年は明るい声で言った。

 はい、とドミニクが言うと、ハビエルは本を棚から抜き出し、ドミニクに差し出した。

「先に読みなよ。僕は君の後でいいよ」

 お客様であり上級生でもある彼に対してドミニクは遠慮したが、「いいからいいから」とハビエルはにこにこと気さくに笑った。

 

 そんなことがきっかけで、ドミニクとハビエルはなんだかんだと今まで付き合いが続いている。

 

 ハビエルは現在、ヴァラン家が聖都に所有する私設図書館の館長兼司書をしている。

 

 この図書館は崇聖省の文書部に並ぶ蔵書数を誇り、ヴァラン家が持つどの財宝よりも価値があると言われている。

 

 ドミニクはその図書館の大きな扉の前に立ち、呼び金をゆっくりと叩いた。

 しばらくした後、内側から扉が開き、十代半ばくらいの少年が顔を覗かせる。

「ドミニク修道士様! いらっしゃいませ!」

 来訪者がドミニクだと知り、少年は顔を綻ばせる。

「こんにちは、アロン。ハビエルはおられますか」

 アロン少年は扉を大きく開き、ドミニクを中へ迎え入れる。

「はい! 若様は今地下の書庫におられます。すぐにお呼びしますのでお待ちください!」

 ドミニクを応接室へ案内すると、元気な従者の少年は地下へと急ぎ足で向かった。

「可愛くてよく働きそうな子ね。私、ああいう子は大好きよ。サービスしたくなっちゃう」

 ドミニクの横で、ルシダが囁く。

「良い子ですよ、アロンは。それよりルシダ、くれぐれも大人しくしておいてください。むやみに人前に姿を現わさないように」

「まあ、失礼ね。いつも大人しいじゃないの。それに下等な人間どもの前では滅多に姿を見せないわよ、私」

 などとひそひそと遣り取りをしていると、応接室の扉が開いた。

「ドミニク! 来てくれて嬉しいよ!」

ハビエル・デル・ヴァランは両手を広げて部屋へ入ってくる。

「突然お邪魔して申し訳ありません、ハビエル」

「君ならいつでも大大大大大ッ歓迎だよ! 元気だった? お母さんやお兄さんたちもお元気かな? 局長さんは相変わらず? あっ、そう言えばどっかの島へ調査に行くって聞いたけど、どうだった?」

 ハビエルは喋りながらドミニクの側へやってきて、そして、突然足を止めて少し眼を細める。

「……で、君、何を連れてるの? それ、だいぶん変わってるね」

 ハビエルはドミニクを見つめそう言った――まるでそこに「何か」を見たかのように。


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