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1-7 帰途

 翌朝。

 ドミニクは昨夜の詳細をミゲル司祭に報告した。

「えっ、女神ルシダが?!」

 司祭にとってその事実は、悪霊によって起きた霊障よりも恐ろしいものであったかもしれない。

「それで、大丈夫なのですか。女神は戻ってくださるのですか?」

 司祭の問いに、ドミニクは頷く。

 それはよかった、とミゲル司祭は胸をなで下ろしたが、何かまだ心配はあるようだった。

「その、一応、悪霊祓いをしていただけませんか、ドミニク修道士。そのまま『霊障は悪霊ではなく、女神が与えた罰だった』と島民に言ってしまうと、ちょっと……」

「悪霊の仕業としておいたほうが、都合が良いということですか」

「ええ、まあ、そういうことです。悪霊祓いっぽいことで結構ですのでやっておいていただくと皆安心しますし、とても助かるのですが……」

 

 ドミニクは悩んだ。

 

 悪霊がいないのに悪霊祓いをするのも、悪霊のせいにしてしまうのも、修道士として如何なものか。

 だが、ミゲル司祭がこの島の対外的評判や花祭りのことを持ち出してきたために、了承せざるを得なかった。

 

 ドミニクとミゲル司祭は昨日回った各所を再び訪れ、悪霊祓いっぽいことをやった。

「適当でいいので、適当で。ですが、説得力があるようなるべく派手に」

 などとあらかじめ司祭が小声で言ってきたので、ドミニクは適当に、だが説得力があるようなるべく派手に悪霊祓いっぽいことをやり遂げた。

 皆喜び、ドミニクに感謝した。

 これでルシダ島に平和が訪れるなら、と承知はしたが得心は行かず、せめて報告書にはそのままの真実を書こうとドミニクは疲れた心で思った。


 ルシダ島から「悪霊」が消え、ドミニクが島を去る日が来た。

 

 港にはドミニクを見送るために島民たちが集まった。

「修道士様」

 ミゲル司祭に導かれ、マルタがドミニクに別れの挨拶にやってきた。

「本当にありがとうございました。私……」

 マルタは声を詰まらせ、その後の言葉を告げられないようだった。

 ドミニクは微笑み、そして彼女に短い祝福の祈りを授けた。

 彼女がこれからどうするのか、どう決断するのかはマルタ本人が決めることだ。

 

 ミゲル司祭が言ったように、何が一番幸せかとは難しい問題である。

 だが、自分の生きる道は自分で選ぶしかない。

 

 最後に胴上げさせてくれと言う顔役と若い衆を丁重に断り、ドミニクは連絡船に乗り込む。

「さようなら、修道士様」

「お元気で」

 手を振ってくれる島民たちに、岸を離れていく船からドミニクも手を振る。

 ルシダナの花に包まれた島が見えなくなっていくのを、ドミニクは眺めていた。

「いつまでも穏やかで美しい島でありますように」

 思わずそう呟くと、突然隣から「そうね」と声が聞こえた。

 

 ドミニクの隣には、いつの間にか女神ルシダが立っていた。


「なっ……、何をやっているんですか。どうしてここにいるんですか」

 まばらにいる他の乗船客に気づかれぬよう、ドミニクは女神に問う。

「大丈夫よ、他の人間どもには私は見えないから」

 ルシダはけろっと言う。

「そういうことではなく、どうしてあなたがここにいるのかとお伺いしているのです」

「何言ってるのよ。求婚を断るなんて無粋でしょ?」

 ルシダはそう言って、うっとりとするようにドミニクの腕に自分の腕を絡ませた。

「求婚? 誰が誰にです?」

「あなたが、私に」

 思わず「はあ?!」と言ってしまい、ドミニクは周囲を見回す。

「求婚などしておりませんが」

 小声で言う。

「したわよ。『一緒に頑張りませんか』って言ったでしょ、あなた。あれは求婚じゃないの。だから私、あなたと一緒にいることにしたの」

「確かに言いましたが、あれはそれぞれの場所でそれぞれの使命を全うすることをお互いに頑張りましょうという意味で、求婚したわけでは……」

 説明するも、女神は意味がわからないようだった。

「そもそも、あなたのお仕事はルシダ島の守り神なのですよ。島の外に出てしまってどうするのですか」

 ドミニクの言葉に、「それもそうね」とルシダは頷いた。

「『おじいちゃん』に聞いてみるわ。ちょっと待ってて」

 そう言ってルシダはしゅるんと姿を消し、そして数秒後に再び現れた。

「『おじいちゃん』、いいって!」

「失礼ですが、その『おじいちゃん』とはどなたですか」

 例の島の長老ではなさそうではあるが。

「『おじいちゃん』は『おじいちゃん』よ。それにね、私は今まで人間どもの願いをたくさん叶えてきたから、これからは自分の願いを叶えようと思って」

「あなたの願い?」

「そう! 恋をするの! 私、ずっと恋ってものをしてみたかったのよね! 人間どもの恋は叶えてきても、私は一度もしたことなかったんだ。あなた下等生物のわりにはいい男だし、私の相手にしてあげるから感謝しなさい」

 などと言って絡める腕に力を入れる。

――どうしたらいいんだ。

 青ざめるドミニクに、ルシダはにっこりと嬉しそうに笑う。

「一緒に頑張ろうね、ドミニク」

 

哀れな修道士と恋する女神を乗せた船は、光る波頭を越えて海原を漕ぎ出していったのであった。






第一章完です


お読みいただきありがとうございました


なろう投稿は初めてでドキドキしております

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