1-5 夜の礼拝堂、再び
夜になり、ドミニクはひとりで調査書を作成していた。ミゲル司祭は昼間の精神的な疲れが祟ったのか、食事と夜の祈りを終えるとすぐに休んでしまった。
客室の机で、この島で起きた悪霊によるものと思われる霊障をひとつひとつ詳細に記していく。
しかし、どれも悪霊の気配はなく、本当に「霊障」と呼んでよいものかどうかわからなかった。
この一通りの事件の謎はそこに行き着く。
だが、ドミニクの頭にはとあるひとつの仮説があった。
しかし、それが「どうして」と考えると、自らの思考はそこで止まってしまうのだった。
――この仮説をどうやって検証したらいいものやら。
顎に手をやり、悩む。
すると、ふと鼻先にルシダナの香りがした。この部屋のどこにも花はない。
窓を開けて、外を確認してみる。教会の周囲にもルシダナは咲いているが、そこから届いているのではなさそうだった。
開けた窓から下を見ると、礼拝堂に誰かが入っていくのが見えた。おそらくマリアンヌだろう。
「昨日に引き続き今日もか……」
ドミニクは少し何かを考えてから窓を閉め、灯りを持って礼拝堂へ向かった。
礼拝堂の扉を開けると、やはりマリアンヌはそこにいた。
「修道士様」
ふらりと立ち上がったマリアンヌは、裸足でよろめくようにドミニクに近づく。
その目は虚ろだった。
そしてルシダナの香り。
「来てくださると思っておりましたのよ」
薄い寝間着姿のマリアンヌはドミニクの背中に両腕を回そうとした。それをドミニクは拒否する。
「申し訳ありませんが、私は修道士の身ゆえ、女性の体に触れることは出来ません。今までもこれからも」
まあ、とマリアンヌはくつくつと笑う。
「存じております。だからとても『おいしそう』」
そう言って舌なめずりをするマリアンヌはもう正気ではなかった。
ルシダナの花の香りの向こうに、女神ルシダ像がこちらを見ている――空っぽの女神像が。
「マリアンヌ、神と女神は見ておられますよ。心を落ち着かせ、自らの行いを顧みてください」
「ええ、見ておられるだけですわ、神も、女神も。見ているだけで何もなさらない」
マリアンヌはドミニクの両腕を掴み、顔を近づけた。
「だから、だいじょうぶ」
濡れた唇が、ドミニクの頬に触れる。
ドミニクは諦めたように溜息を吐き、マリアンヌのうなじに手を沿わせ彼女の耳元で「ある言葉」を囁いた。
次回いよいよ女神登場です