1-3 夜の礼拝堂
島に到着したその日、ドミニクとミゲル司祭は日が暮れるまで地図を眺め話し合っていた。
司祭の説明とともに悪霊によると思われる霊障が起きた場所に印を付ける作業をしていると、マリアンヌがやって来て申し訳なさそうに二人に声を掛けた。
「お食事をお持ち致しました」
ドミニクとしてはもう少し粘りたいところだったが、「せっかくの食事が冷めますから」とミゲル司祭が言うので切り上げた。彼も午後からの半日をドミニクに付き合っていて、いい加減休みたかったのだろう。
神に祈りを捧げてから、マリアンヌが用意した夕食に手を付ける。
食事をしながら最近の崇聖省や花祭り、司祭が以前に駐在していた場所やドミニクの実家の話などをしているうちに、話題は隣家のマリアンヌのことに移った。
「彼女も不遇な女性で」
彼女の夫は島の外へ出稼ぎに行ったのだが、現地の女性と懇ろになってしまいもうずっと戻ってこないのだと言う。
「それは大変お気の毒ですね」
どことなく疲労を感じさせるマリアンヌ、そして娘のジャンヌが寂しそうに見えたのはそのせいかもしれないなとドミニクは思った。なぜ父親が帰ってこないのか理由はわからなくとも、雰囲気は子供とはいえ察知してしまうものだ。
「ですが、あの通り控えめで働き者ですし、信仰も厚い。そのうちに新しい縁とも巡り会えるでしょう。私もいつも祈っております」
少し頼りなげに見えたこの駐在司祭は、この島とここに住む住民たちを彼なりに慈しんでいるようだった。
その夜、ドミニクは客室でひとり地図を見返していた。
ミゲル司祭と付けた四つの印。
それらは全て島のあちこちにバラバラに散らばっており、そこに何らかの規則性や関連性はないかとドミニクは考えたが、現時点では何も見つからなかった。
実際にその場へ行って霊障の被害者から話を聞いてみないことには何ともならない。
明日は司祭とともに島内を回ることになっている。
――ひとまず、女神像だけでも見ておくか。
夜になれば昼とはまた違う印象かも知れない。
そう思い、ドミニクは灯りを持って礼拝堂へ向かった。
礼拝堂へ行くと、扉の隙間から灯りが漏れていた。誰かいるらしい。ミゲル司祭かと思いゆっくりと扉を開くと、そこにいたのはマリアンヌだった。
「ああ……、修道士様」
女神ルシダの前に膝をついていたマリアンヌは、ドミニクに笑みを見せた。だが、そこには涙の跡があった。
「こんな夜遅くに礼拝ですか」
ドミニクが問うとマリアンヌは頷いた。
「お許しください。眠れないときは、ときどき祈りを捧げに来るのです。女神様のおそばにいると少し落ち着きますから」
彼女は夫が自分と娘の元へ帰ってくるのを祈っているのだろうか。
ドミニクは口にはしなかったが、そう思った。
「司祭様には内緒にしておいてくださいますか。ご心配なさると思いますので」
そう言うマリアンヌに頷き、彼女を家まで送ってからドミニクは礼拝堂へと戻る。
女神はやはり不在だった。
静かすぎる深夜の礼拝堂の椅子に腰掛けながら、ドミニクは女神像を見つめた。
すると、例のあの気配がし、ルシダナの香りとともに薄紅色の煙が目の前をゆらぐ。
そして――
出て行け、余所者。
どこからかそんな言葉が聞こえた。
その声にはっとするとすでにルシダナの香りも薄紅色の煙も消え失せ、ただ礼拝堂の静けさがあるのみだった。