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1-1 女神の島

 海鳥の声と柔らかな潮風、そして優しい波が光る海を行く船は心地良かった。

 思わず眼を細めると、この漁船の船頭が声を掛けてくる。

「修道士様、ここはいい所でしょう」

 自慢げに言う船頭に、修道士ドミニク・クルスは微笑んだ。

「ええ。騒がしい中央とは比べものにならないほどの穏やかさで心が洗われるようです」

 でしょうなあ、と年配の船頭は自分のことのように嬉しそうだったが、すぐにその顔は曇る。

「あんなことさえなければなあ……」


 あんなこと。


 船頭が言う通り、これよりドミニクが向かう「ルシダ島」では、世にも恐ろしいことが起きているのだった。

 

 この国唯一の宗教組織である聖国教会。

 その内部組織である崇聖省調査局へ「事件」の詳細が持ち込まれたのは、ルシダ島で毎年春に行われる「ルシダの花祭り」が終わった頃だった。


 ルシダ島の名の通り、島は女神ルシダを祀っている。


 女神ルシダの加護は良縁、子授け、夫婦和合、子孫繁栄であり、毎年のルシダの花祭りでは大勢の巡礼者がその加護にあやかろうとこの島へやってくる。

 ルシダ島固有種であるルシダナの花が例年になく満開に咲き乱れ異様なほどまでにその芳香を振りまいた今年、島もルシダナの花と同じく「乱れた」のだった。


 と言うのも、信仰厚いルシダの島民に、老若問わず性的な乱れが突然に起こり始めたのである。


 これはまさしく悪霊による霊障ではないか。

 島の駐在司祭より報告を受けた調査局は、修道士ドミニク・クルスを調査のために内海に浮かぶ小島であるルシダ島へ派遣することとなったのだ。


 調査局で悪霊と言えばドミニク、ドミニクと言えば悪霊だった。


 そのもの言いは名誉だか不名誉だかわからないが、ドミニクは非常に高い霊力を生まれつき持っていた。崇聖省でもトップクラスのその霊力は、少々の悪霊ならば、彼がその手を軽くかざし祝詞を呟くだけで消え去る。

 その霊力の高さは家系によるものだったが、それゆえ彼はその生涯を修道士として神と国家と聖国教会へと捧げることをその生誕とともに宿命とされていた。

 彼自身にとって、それは名誉であり喜びであり幸いであった。


 しかし――


「それにしても……」

 船頭がドミニクをまじまじと見る。

「何でしょう?」

「いやあ、その、失礼な話ですが、修道士様は聖職者にしておくにはもったいないくらい男前だなあと。よく言われるでしょう」

 船頭は言いにくそうに少々顔を赤らめた。ドミニクは何も言わず微笑んだ。

 

 実際、よく言われる。聞き飽きた。

 

 そもそも「聖職者にしておくにはもったいないくらいの男前」とはどういうことか。たいへん失礼な話である。

 艶のある黒髪と貴公子然とした端正な顔、適度に筋肉の付いた長身。さらにそれが禁欲的な黒い修道服に包まれているのは大変「そそる。グッとくる」と直接言ってきた不埒者さえもいる。さらに面倒なのは、その不埒者は神学校時代の先輩であった。

「君、一般人ならモテまくり! ヤりまくり! だよ。本っ当、修道士なのがもったいない」

などとのたまう彼はなるべく早く地獄に堕ちるべき人物である。

 虫を避けるように手で払うと消える悪霊と違い、生身の人間というものは馬鹿面を下げていつまでもそこにいる。いったいどちらが本当の「悪霊」なのか。件の不埒な先輩に限らず、世の中にはそういった人間があふれている。

 

 俗世は疲れる。

 

 十代の若い頃よりドミニクはそう感じ続けてきたが、二十歳をいくつか過ぎた今でもそれは変わらない。ただ、様々なことを軽く受け流せるようになってはいたが。

 俗世から離れたところで神に静かに仕えたい、というのがドミニクの長年の願いであったが、そう簡単にはいかないのがこの世の中なのである。

「あ、ほら、見えてきましたよ。ルシダ島!」

 ドミニクのはっきりとした青い瞳に見つめられるのから逃れるように、船頭は視線を船先へと向けた。

 船頭が指さす先に、ルシダ島はあった。


 島いっぱいに咲く薄紅色のルシダナが、島全体を自らと同じ色に染めているかのように見えた。


「不埒な先輩」が出てくる話も書きたいです



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