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偽物の彼女に好きな人が出来たので別れたが、よくよく話を聞いてみたらその好きな人が俺だった

作者: 墨江夢

「好きな人が出来たわ。だから、別れましょう」


 昼休みの屋上で、俺・新島実(にいじまみのる)は付き合っている彼女に別れを告げられた。

 それはさながら余命宣告のような、予想だにしない突然の出来事で。俺はつい箸で摘んでいたお弁当の卵焼きを落としてしまう。


 ……いかんいかん。落ち着け落ち着け。こういう日が来ることは、付き合い始めた時からわかりきっていたじゃないか。

 わざとらしく「手が滑った」と言いながら、俺は平静を装って卵焼きを摘み直す。


「そうか、それは何よりだ。お前は顔も良いし、頭も良いし、性格……はお世辞でも良いとは言えないが、悪い奴ではないからな」


 デートの時、電車の遅延で待ち合わせに5分遅刻したことがある。その時彼女は、「時は金なり」とか言ってその日のデート費用を全て俺に支払わせた。

 しかもそういう日に限っていつもよりちょっとお高めのレストランに入るわけだから、本当に良い性格をしている。

 そんな風に多少イラッとするところのある彼女だけれども、総じて見れば良い女であることは事実だった。


「まぁ、何だ。お前に告られて嬉しくない男子なんて、まずいないだろ。だからその恋も成就するんじゃないか。断言は出来ないけど、保証はしてやる」

「私のことを誰よりも知っているあなたにそう言われると、自信が持てるわ。ありがとう」

「事実を言っただけだ。お礼を言われるようなことは、何もしちゃいない。……お礼というなら、俺の方こそ今までありがとうだよ」


 彼女との交際が、楽しくなかったと言えば嘘になる。

 最初は高嶺の花ともいえる少女相手にどこか壁を感じていたのだが、話してみると案外気さくで(減らず口と言い換えることも出来る)、波長が合っていたりする。

 遠慮なく不満を言い合っていたというのも、ストレスなく交際出来た要因だろう。

 別れ話を切り出されて名残惜しいと感じてしまうのは、きっと心のどこかで彼女との交際に満足していたからだと思う。


 だけど、それももう終わり。どんなに俺が継続を願っても、この交際は終焉を迎える。

 なぜならそれが、俺と彼女の契約なのだから。


「お前との交際は、俺の人生にとって貴重な経験になった。こんな俺と付き合ってくれて、本当に感謝している」

「それはこちらのセリフよ。……短い間だったけど、楽しかったわ」


 互いに感謝の言葉を述べてから、そして俺たちは別れたのだった。



 ◇



 彼女――佐川穂乃果(さがわほのか)と付き合い始めたのは、三ヶ月前からだ。

 高校二年生に進級して半月。新しいクラスや下駄箱にも慣れてきた頃、俺は「話がある」と穂乃果……いや、佐川に呼ばれた。

 そういえばあの時呼び出されたのも、屋上だったっけ。くしくも俺と佐川の交際は屋上で始まり、屋上で終わったというわけだ。


 帰りのホームルームが終わると、俺は呼び出された屋上へ向かう。

 進級して同じクラスになってからも話したことはなく、全く接点のないと言っても過言ではない佐川が、俺に一体何の用だろうか? 皆目見当がつかず、それでも頭を悩ませながら足を進めると、既に佐川は屋上に着いていた。


 フェンスにもたれかかりながらスマホをいじっていた佐川が、俺に気がつく。


「来てくれたのね、新島くん」

「呼び出しを断る理由もないからな。結構待ったか?」

「えぇ。待ちくたびれて、意味もなくSNSを漁っていたところよ」


 そこは嘘でも「待ってない」と言うべきところだろう。気を遣え、気を。


 簡単な挨拶を済ませた後、夕陽の当たる屋上で、彼女はこれっぽっちも顔色を変えることなく俺にこう告げた。


「私の、偽物の彼氏になってくれないかしら?」


 佐川はモテる。入学してからの1年間で、俺の知っているだけでも20回以上は告白されている。

 異性に好かれたことのない俺からしたら羨ましい限りだが、どうやら毎週のように告白されるというのもなかなか気苦労が多いらしい。佐川は数えきれない程の告白に参っていた。


 そこで佐川が思い付いたのは、誰か特定の男子生徒を彼氏役に据えることだった。

 彼氏がいれば、他の男に言い寄られる心配もなくなる。定番で安直だが、最も効果的な対応策である。

 そしてその彼氏役として白羽の矢が立ったのが、俺というわけだ。


「事情はわかった。偽の彼氏が欲しいという佐川の気持ちも、理解出来る。だから力を貸してあげたい気持ちは大いにあるんだが……一つだけ、わからないことがある」

「何かしら?」

「どうして俺を選んだんだ?」


 自分で言うと悲しくなるけど、俺はイケメンじゃない。

 勉強は出来るものの、寧ろ勉強ばかりしているせいで理屈っぽくなってしまい、クラスメイトからは理論バカなどと呼ばれている。

 運動? 何それ、美味しいの?

 コミュニケーション能力も高いとはいえず、修学旅行とかで班を組むときは決まって苦労するタイプだ。

 そんな俺が、果たして才色兼備の佐川と釣り合うだろうか?


 つまり何が言いたいかというと、偽の彼氏に選ぶのならもっとスペックの高い男にした方が自然ではないかということだった。


「なぜ新島くんを偽彼氏に選んだか、ね。そうねぇ……」


 佐川は腕を組んで考え込む。

 いや、そこで悩むなよ。嘘でも良いから即答してくれよ。


「あっ、勉強が出来るなんていうのはどうかしら? 私、頭の良い人が好きなのよね」

「そいつはどうも。でも前回の期末テスト、お前が首席で俺は次席だったよな? それも10点以上差を付けて」


 学年の中では頭の良い部類に入る俺も、佐川には劣る。だから俺を選んだ理由として弱い。

 あと思い付いたような言い方も減点だ。


「だったら登校中、電車でお婆さんに席を譲っているところを見てキュンときたというのは?」

「俺は自転車通学だ」


 俺の記憶が正しければ、朝自転車を停めて駐輪場を出る時、何度か佐川と鉢合わせている。彼女はまるで覚えていないようだが。


 この女、俺を偽彼氏にしたいとか言っているくせに、本当は俺のことを名前くらいしか知らないんじゃないのか?

 違うというなら、俺を偽彼氏に選んだ納得のいく理由を言ってみろ。俺は「他には?」と、佐川を問い詰めた。


「一度くらいはお年寄りに席を譲った経験があると思ったんだけど、まさか自転車通学とは。当てが外れたわね。……なら、こういうのはどうかしら? 新島くんは、私に告白されても勘違いしないから、とか」

「……まぁ、嘘の告白だとわかりきっているからな」


「偽者の彼氏」と明言されているのに、勘違いする奴なんているんだろうか。


「たとえそうだとしても、この私に告白されれば並大抵の男は舞い上がるわ。それに偽りとはいえ付き合っている以上、最低限恋人らしいことをする必要がある。例えば一緒に登下校したり、休みの日にデートをしたり。私と恋人らしいことをして、その結果私を好きになられても困るの」

「その点俺はお前に惚れる心配ない、と?」

「えぇ。実際今もこうして、私の言葉に冷静に対応してるし」


 俺は佐川を意識している。だけどそれは次席が首席をライバル視しているという意味で、恋愛対象としてでは断じてない。


 告白されないように据えた筈の偽彼氏に惚れられてしまっては、本末転倒だ。

 佐川に惚れないというのが、偽彼氏の一番大事な条件なのかもしれない。

 そう考えると確かに偽彼氏に、俺程の適任はいないだろう。


「期間はいつまでなんだ? 流石に一生偽のカップルを演じるわけじゃないだろう?」

「そうね。……私に本当に好きな人が出来るまで、というのはどうかしら?」

「成る程な。お前に好きな人が出来たのなら、その人物を口説き落として本当の彼氏になって貰えば良い。そうなれば俺はお役御免ってわけだ」

「察しが早くて助かるわ。そういうところも、偽の彼氏に選んだ理由の一つよ」

「世辞はいらない。代わりに見返りを教えろ」


 偽彼氏なんて面倒な役目、メリットもなしに引き受ける程俺はお人好しじゃない。

 同時に暇でもない。こちとらどっかの誰かさんを首席の座から引きずり下ろす為、日夜勉強に励まなくてはならないのだ。


「学園一の美少女の彼氏というステータスを得られる。あと、彼女いない歴=年齢という不名誉な称号も返上出来るわ」

「うっわ。心底要らねぇ」


 ていうか今の、見返りに託けた自画自賛と侮辱だよな? そんなのがメリットになるかっての。


「あとは……学年首席のこの私と、二人きりで勉強が出来るとか?」

「……ほう?」


 一緒に勉強して、お互いの手の内を曝け出し合って、より大きなデメリットを被るのは佐川の方だ。

 いつでも寝首を噛みに来いという挑発のつもりか? ……面白い。乗ってやろうじゃないか。


「それはなんとも魅力的な話だな」

「でしょう? だったら私の思い、受け入れてくれるかしら?」

「あぁ。今日からよろしくな、穂乃果」


 ◇


 ――現在。


 偽の交際を始めて三ヶ月で、佐川に好きな人が出来た。

 俺とデートをしている最中、イケメンに声を掛けられてもなびくことがなかった佐川だ。正直半年くらいはこの偽の交際が続くものだと思っていたのだが……案外早かったな。

 一体どんな男が彼女のハートを射抜いたのか? 元偽物の彼氏ということを抜きにしても、興味がある。


「なぁ。お前の好きな奴がどんな奴なのか、聞いても良いか?」

「あら、元偽物の彼女の想い人が気になるの?」

「気にならないといえば、嘘になるな」

「そう。私が気になるのね」


 一部省略しただけで、なんだか違う意味になっている気がする。まあ会話に支障はないし、敢えて指摘はしないけど。


「偽物とはいえついさっきまで恋人だったわけだし、教えるのはやぶさかではないんだけど……どうせなら、クイズ形式っていうのはどう?」

「何でそんな面倒なことを……」

「普通に教えるのが癪だから。あと、面白そうだから」


 相変わらず、良い性格をしている。耐性のある俺ならまだしも、本命の相手にはその性格見せない方が良いぞ。これマジのアドバイス。


「クイズってことは、俺がお前の好きな人を当てれば良いのか?」

「えぇ。でもノーヒントで当てるのは、いくら学年「次席」でも至難の業よね? だから、5回だけ質問権をあげる」


 次席を強調するんじゃねーよ。


「回答のチャンスは一度きり。でもその代わり、問われた質問には何でも答えてるわ。……あっ、でも「好きな人の名前は?」とか、個人を特定する質問はなしよ」

「わかってる」


 それだと、クイズ形式にした意味がなくなってしまうからな。


 質問は5つ。特定出来なかったとしても、その間に数人くらいまで候補を絞っておきたい。

 そうなると、まず確認しておくべきことは……


「一つ目の質問だ。お前の好きな人は、この学校の生徒か?」 

「最初としては、妥当な質問ね。答えはイエスよ」

「続けて二つ目だ。その生徒の学年は?」

「私と同じ二年生よ。でも私が三月生まれだから、ほとんど年上みたいなものだけど」


 同じ学校に通う、同級生ね。

 ひとまずこれで、佐川の好きな相手は俺の知っている人間だということが確定した。

「実は通っている予備校の講師でしたー」とか言われても、当てられるわけがない。


 二学年の男子だけでも50人以上の生徒がいる。もう少し範囲を狭めるとしよう。


「その生徒と最後に話したのはいつだ?」

「今日の午後よ。大サービスしちゃうと、放課後」


 放課後だと? そもそも放課後になってから大して時間が経っていないわけだから、選択肢が大幅に限られてくるぞ?


 帰りのホームルームが終わった後を放課後と見なすと……確か佐藤に部活に勧誘されていて、山本と明日の学級会について簡単な打ち合わせをしていたな。

 その他の生徒と挨拶する時間はあっても、会話をする余裕はなかっただろうし……そうなると、佐藤か山本の二択に絞られるということか。


 二者択一かと思われたところで、俺はふと放課後に佐川と会話をした男子生徒が、もう一人いることに気が付く。……そう、現在進行形で彼女と話している俺だ。

 放課後佐川と会話した同級生、俺もその条件を満たしている。


 ……いや、まさかな。そんな筈ないよな。

 俺は必死で自分に言い聞かせる。

 そもそも佐川は、自分に惚れる心配がないからという理由で俺に偽物の彼氏になるよう頼んできたのだ。それなのに彼女の方が俺を好きになってしまったなんて、そんな話があるだろうか?


 ……もしかしたら、あるのかもしれない。

 そう思ったら最後。俺は確認せずにはいられなかった。


「四つ目の質問だ。その生徒は、何か部活動に入っているか?」

「いいえ、入っていないわ」


 はい、佐藤の線消えましたー。

 残る候補は、俺と山本。「学級委員長を務めているかどうか?」という質問をすれば一発なのだが……このクラスの学級委員長は、山本一人だけ。特定の誰かを指す質問となってしまう。

 しかし最後の質問で答えを固める為には、ある程度個人に踏み込んだ内容にしなければならない。


「……最後の質問だ。その相手を好きになったきっかけは?」


 学年次席の頭脳をフル回転させて選んだのが、この質問。

 もしこの質問に対して、俺に身に覚えのある回答がきたならば、ほぼ間違いなく佐川の好きな人は俺だと言って良いだろう。……なんか口に出すと恥ずかしいな、これ。

 果たして、佐川の答えはというと――


「いつの間にか好きになっていたって言いたいところだけど、突き詰めてみたら……きっと私を好きになってくれなかったところじゃないかしら。初めはそれで良かったんだけど、時が経つにつれて段々「こいつマジで私に何の魅力も感じないのかよ」って思い始めて、ムカついて。気付いたら「こいつに私を意識させたい」って考えるようになっていた。多分それがきっかけ」


 ……どうちよう。めっちゃ思い当たる節あるんですけど。

 俺は佐川を恋愛対象として見ないような意識していたし、というかそれが佐川の要望だったし。

 こいつの好きな人、俺じゃね? 自覚すると、それまで以上に恥ずかしくなってきた。


 それに学年首席の佐川のことだ。この学校で唯一俺より頭の良いこいつなら、四問目を終えた時点で俺がほとんど答えに辿り着いていることを見抜いていただろう。

 その上でさっきの答えを敢えて口にしたということは……ほとんど告白みたいなものじゃないか。


 俺とは対照的に、これっぽっちも恥じらう素振りも見せず、佐川は話を続ける。


「全部の質問をし終えたわね。私の好きな人が誰なのか、わかったかしら?」

「……まぁ、多分こいつだろうなって奴は思い付いた」

「その人は、誰?」

「お前の言う好きな人、それって――俺のことじゃないよな?」


 満を辞した回答。もし違っていたら、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 恐らく俺の高校生活一の黒歴史となることだろう。


「だったら、どうするわけ?」


 俺の質問に答えず、それどころか別の質問で返す佐川。しかし彼女の性格の悪さを考えると、もし俺の答えが検討外れの場合もっと罵ってくる筈だ。


「だったら私の思い、受け入れてくれるのかしら?」


 佐川は答えを……いや、「返事」を催促してくる。

 とはいえ佐川はまだ、好きな人が俺だと明言していない。

 仮定の話を持ちかけて、そのくせ俺に確定した答えを求めてくる。小賢しい女狐め。でも……。

 佐川のそんなところが……クソッ、この三ヶ月で、可愛いと思えるようになっちまったんだな。


 あぁ、わかってるさ。正確には、一連の流れを通して気付いたさ。

 俺は佐川が好きなんだ。

 だから彼女が偽の恋人関係をやめると言い出した時名残惜しく思えたし、彼女の好きな人が俺かもしれないと思った時嬉しくもなった。


「……じゃあ、付き合うか。今度は本当の恋人として」

「えぇ」


 俺たちは互いの気持ちの答え合わせをする。


「改めて、今日からよろしくな、穂乃果」


 こういうのをなんて言うのか? 元鞘? いいや、違う。ハッピーエンドだ。

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