9.まりょく
「じゃあ、魔力を作ってみよう!」
「よお!」
リーリアが声高に言い、軽く握った右手を空に突き出す。
いわゆる、”えいえいおー”のポーズだ。
それを真似て、アネットも真剣な顔でそれに続いて”えいえいおー”した。
アネットは、グーは得意だ。
チョキはまだ難しい。
「両手を出して」
「あい!」
やる気満々のアネットは、向き合ったリーリアへ手の平を見せる。
小さく肉厚な手はぷにぷにだ。
それを握って揉みしだきたい衝動を抑え、リーリアはアネットの手を支えるように、そっと手を添えた。
「火の精霊さんの好きな火の魔力を出してみよう。火の魔力は炎を起こすことに使うけど、それ自体が熱いわけじゃないんだよ。この場所にある物の中から、火の要素を持つ魔素を集めて使える状態にすればいいだけなの」
「?」
リーリアはつらつらと説明するが、アネットには分からない。
両手を前に出してリーリアと繋いだ格好でこてんと首を傾げた。
重たい頭の動きに合わせ、体も一緒に少し傾ぐ。
「魔法は魔力を使って起こす。その魔力は魔素から作る。魔素の状態じゃあ見えないけど、この場所にもたくさんあって、私たちの体の中にもたくさんあるんだよ。自分の体の中の魔素は魔力にしやすいけど、あんまり使うと空っぽになって疲れちゃうから気を付けてね」
「??」
リーリアはアネットにわかりやすいように噛み砕いて説明しているつもりだが、それでも十分すぎるほどに難解だ。
世の魔法使いたちがこの説明を聞いたって、せいぜいが理屈は分かるが、というくらいにしか受け取れない。
リーリアは、あまり人に教えるのに向いた人物ではなかった。
基本的に天才型なのだ。
感性ではなく理論でもって魔法を使ってはいるし研究も努力も惜しまないが、そもそもの才能がとんでもない上、本人はそれをあまり自覚していない。
結果、常人であっても程度を下げたりきちんと理解さえすれば自分と同じようにできるはずだと思っている節があった。
仮に、今リーリアが『魔力を出してみよう!』なんて言っている相手がアネットではなく世界の著名な魔法使い、例えばアスモデウス老師とかだったりしたら、泣き出していたかもしれない。
『わしの八十年の研鑽を、そんな、そんな簡単に言うな~!』とか言って。わんわんと。
ちなみにアスモデウス老師は世界七賢者の一人に数えられる御年百歳の逸才で、魔法研究界隈のトップである。
彼は先日、長年の研究の末、完全に体外魔力のみを使用した魔法行使(小さな火を灯す)に成功して一世を風靡したばかり。
世間ではこれで十分天才、大人物だ。
「うーん、やって見せたほうがいいよね。見えないけどそこら中にある魔素から火の魔素をこうして、こうで、これが魔力」
どう見ても説明にピント来ていないアネットを見かねて、リーリアは実践して見せることにする。
一度アネットの手を降ろさせると、おわん型にした手で空気を掻き、掬うように動かしてアネットに差し出す。
そこには、先ほど見せたような赤の魔力がタプンと乗っていた。
「あかいおみずみたいできれい」
アネットはにこにこと嬉しそうにそれを見ている。
アネットは、リーリアの魔法が大好きだ。
透き通る魔力を扱う様も、流麗な発動動作も、ただでさえ美しいリーリアが行うとそれはまるで完成された舞いのようだ。
今見せてもらっている火の魔力も、アネットには以前リーリアに作ってもらった赤い花弁で染めた色水と同じく、とても素敵なものに見える。
「そうだね、綺麗だよね」
リーリアもアネットに笑顔で返す。
「この火の魔力は炎の素になるの。魔法で火を使う材料にもできるし、火の精霊のごはんにもなる。もちろん散らせば、もう一度魔素にもなる」
リーリアは言いながらおわん型にした両手を火の魔力ごと左右に分けた。
右手を振って魔力を撒くとパチパチパチと色とりどりの火花が起き、左手を振って散らせばたちまち魔力は霧状になり消えてしまった。
パチ パチ パチ パチ
にこにこだったアネットは顔中をにこにこでいっぱいにして、力いっぱい広げた小さな手で拍手している。
よくわからないけど、やっぱり師匠リーリアはすごい。
もしもアスモデウス老師が見たなら盛大に顔を引きつらせただろう尋常ならざるリーリアの魔法行使も、アネットにとってはすごい師匠のすごい魔法にすぎなかった。