8.せいれいさんのすきなもの
リーリア先生の魔法教室が始まった。
丘の上、魔法の練習場所に選んだのは見渡す限りの草っぱらだ。
見晴らしも良く、万が一にも周辺の住民を魔法に巻き込むことはない。
「今日は、火の精霊を呼んでみようか」
リーリアが言う。
外見上は十代後半に見えるリーリアは、まるで小さな妹にするかのようにアネットに接する。
「あい」
アネットもまた、そんな師匠リーリアを慕い、全幅の信頼を置く姉のように接する。
親しみを込めて、身近で大きな目標とする存在として。
「火の精霊さんのお話は覚えているかな?」
「あちなの!」
リーリアの問いかけにキリッとして即答するアネット。
自信があったらしく、前のめりな返答だ。
それを見て、リーリアは相貌を崩した。
「そう、アチチな精霊さんだよ~。アネットは賢いなあ」
リーリアは、魔法の指導中は先生らしく、師匠らしく振舞おうと思っていた。
しかしそれも、アネットのかわいらしさの前には儚い決意だ。
「じゃあ、アチチな精霊さんは何が好きだったかな?」
「……」
続くリーリアからの問いかけに、今度はアネットはむぐっと口を閉じ、開き、そしてまた閉じる。
その目は泳いでいた。
「じゃあねえ」
リーリアは答えられないアネットの前にしゃがみこむと、両手の平を差し出してアネットに見せた。
「どっちでしょう」
そう言ったリーリアの手の平が、青と赤に光る。
「あ」
アネットは目を丸くした。
差し出されたリーリアの手の平には、揺蕩う水のような、透き通った流体が出現している。
片方は青く揺らぎ、もう片方は赤く揺らぎ、淡く発光している。
今にも手から零れそうに見えるものの、二色の揺らぐ流体は大きくはないリーリアの手の平の範囲から流れ出ることはなく、その場で滞留している。
そして、それを見たアネットは、以前リーリアに教えてもらったことを思い出した。
「ひのまりょく!」
「そう! 火の精霊さんは、火の魔力が大好きなんだよね」
アネットの答えに、リーリアの顔も明るい。
ニコっと笑ったリーリアは一度両手を合わせるように閉じ、それから開いた手でアネットの両頬を包んだ。
リーリアの手に乗っていた火と水の魔力は、手の平が閉じられると同時に消えていた。
少しだけ体温の低いリーリアの手は、体温が高めのアネットにはヒヤリと心地よい。
それから、リーリアはアネットの頬を包んだ手を動かす。
むにむにと、柔らかなアネットの頬をこねるように揺すり、えらいえらいと褒めた。
「あう、あう」
「えらい。すごい。正解だよ、アネット~」
褒められたアネットは満更でもないが、しかし、ほっぺを挟まれ揺られるのに振り回されてあわあわしている。
リーリアの”ご褒美”は、その実、リーリアがアネットのほっぺを触りたいだけなのだ。