7.まほうきょうしつ
朝食を終え、ふたり協力して食器を片付けた二人は庭にいた。
「おねしやす」
「はい。お願いします」
舌足らずなアネットの挨拶に、応えるようにリーリアも頷き返した。
向き合った二人は動きやすい服装に着替えている。
さすがにまだ三歳のアネットにはひとりで全て着替えるというのは難しく、朝食後にリーリアに着替えさせてもらったのだ。
これから、ここ数日で開始したばかりのアネットへの魔法の指導をするのだ。
大魔法使いリーリアと、その弟子アネットの訓練というわけである。
自然豊かな小国アルラド。
その中でも田舎の町、さらにその外れにある小高い丘の上にふたりが住む家はあった。
そんな場所であるから、数メートル離れた場所に家が建っているなどということはない。
丘から見下ろせる町からぽつんと離れているのだから、買い出しなどで多少の不便はあるものの、静かで穏やかで、そして魔法の練習には適した場所であった。
リーリアはアネットを連れて家から少し離れた開けた場所へ行くと、そこに大判の布を広げた。
そうしてその上に持ってきていた魔法書や道具を置き、それからアネットの帽子や、水筒とお弁当の入ったバスケットを置いた。
魔法書は、アネットにわかりやすく説明するためと、魔法講座らしい雰囲気を出すための初級用のもので、たくさんの図や絵が載っているもの。
魔法のための道具は、筆記魔法の触媒となる灰や墨が入った小瓶だ。
リーリアは希少な魔法使いの中でも特異な存在であり、その魔力も技術も知識も、世界でも指折りの実力者だ。
リーリアほどになれば筆記魔法の効率を上げるための触媒など、本当は必要のないものである。
しかし、それではアネットのためにならない。
そう考えたリーリアは、なるべく他の魔法使いがするように、アネットの前では”普通に”魔法を行使するようにしていた。
とはいえ、リーリアは魔法のほとんどを独学で覚えたし、他の魔法使いとの接点も大したことがない。
そのため、リーリアの思っている魔法使いの”普通”は、あまり普通ではないことが多いのだが。
一般的な魔法使いは占い師に毛が生えた程度の存在であり、奇術師よりは信用できるという認識が一般的だ。
せいぜい、星読みや経験則から未来を予想する占い師に比べれば、多少は具体的に超常的な現象を起こせるという程度だ。
炎の玉で周囲を照らせられれば上々、雨乞いに成功すれば万々歳だ。
そしてそれには大変な準備と何日にも及ぶ時間がかかる上、毎回は成功しない。
それで十分、それが当然なのだ。
アネットへの魔法指導という名の日課のピクニックの準備を終えた師匠リーリアは、アネットに向き直ると、明るい声を出した。
「じゃあ、今日も魔法について教えるね!」
「あい!」
リーリアは元気いっぱいのアネットのお返事にニッコリ笑顔を返し、そして指を一振り。
それだけで小瓶から灰が空気に散らばり、光の粒へと変わる。
煌めき、日の光を反射した粒が空中へ広がると、今度は墨が小瓶から躍り出てその空間を撫でるように線を引く。
流麗な筆致で、まだアネットには読めない文字を綴った墨は、その色彩を虹色へと変えた。
”リーリア先生の魔法教室”
何もなかったはずの空間へと浮かぶ色鮮やかなそれを見て、アネットが「きゃあ」と嬉しそうな声を上げた。
一般的な人々や魔法使いにとって、魔法は決して便利なものではない。
ましてや日常使いするなど考えもしないし、考えられない。
そう、リーリアは、本人が自覚している以上に規格外の魔法使いであった。