6.よくできました
アネットが階段を降り切るまで、さほどの時間はかからなかった。
アネットの自信は確かで、階段下りはもはや彼女の十八番と言って差し支えない。
階段を降り切り、アネットは両手を交互に額にペタペタと当て、汗を拭くような仕草をする。
師匠リーリアがよくしている動作の真似だ。
対して、師匠リーリアはその場でぐったりとしていた。
アネットの隣に両膝をつき、大きく大きく安堵の息を吐く。
「はぁ~~。怖かった……」
一歩も動かず見ていただけなのに、何をそんなに疲れているのかとアネットは不思議だったが、まあいいかと切り替えた。
膝立ちで項垂れていることによって近くなった師匠リーリアの顔へ手を伸ばす。
少し踵を上げれば、その額に手が届きそうだった。
それに気づいたリーリアもまた、何をされるのかと不思議に思いながらも顔をアネットへと寄せた。
「よくできまちた」
なにやら疲れているのだから、と、リーリアのおでこをてちてちと撫でる。
リーリアの黒くさらりとした前髪が乱れ、普段は隠れた額が露わになった。
「?」
キョトンとしたのはリーリアだ。
なぜ褒められ、撫でられているのかと疑問符を飛ばす。
数度パチクチとまばたきし、そして。
「そうだね、先に褒めてあげないとダメだったね」
そう言って、美しい彼女は優しく笑った。
白くたおやかな手が伸ばされる。
ぽすん。
アネットの髪はふわふわで毛量も多い。
そのくせ一本一本は細く柔らかだから、指先から吸い込まれていくようだ。
師匠リーリアは、まるで猫の毛並みのような手触りを楽しむ。
一梳き、二梳き。
「よく頑張ったね。えらい。すごい」
「へへ」
褒められたアネットはご満悦で、その表情も今はまた猫のよう。
目を細め、日なたでまどろみ、ごろごろと喉を鳴らす猫の顔そっくりだ。
しばらくそうして互いを撫で合った二人は、リーリアが立ち上がったのをきっかけに手を繋ぐ。
腰を曲げ、リーリアには少し苦しい姿勢だが、リーリアの表情はすこぶる明るい。
「さあ、朝ごはんにしよう」
「あい」
手を繋いで、階段から居間までのほんの数歩をふたりで歩く。
リーリアの女性らしく細く白い手が、アネットのちいさなちいさな手を覆い包み込むように優しく握っていた。
ふたりの、いつもどおりの一日が今日も始まった。