4.かいだん
アネットは、階段の昇降には自信があった。
外で階段を一人で使ったことはないものの、家の中だけでいえばここ最近は百戦錬磨だった。
階段には三歳のアネットでもつかまりやすい位置に手すりが設置されていた。
設置された階下までの手すりは、師匠リーリアが魔法で生成したものだ。
手すりは謎の金属製(魔法生成物)で、階段沿いに波打つように壁に付けられている。
途中、うさぎさんやかえるさんの形に曲げられているのは、リーリアが良かれと思ってやったことだ。
かわいくて最初はアネットも大喜びした。
しかし、実際使ってみるとちょっとつかまりにくかったのだ。
それでもアネットは、それを言えば師匠リーリアがしょんぼりするのが分かっているので何も言わないことにしている、そんな階段だった。
「っちょ」
両手で波打つ謎金属製の手すりを握り、一段下に足を伸ばす。
三歳のアネットにとって階段の一段であっても、体いっぱいに伸ばしてやっと片足が下に付く高さだ。
二階という高さにも少し怖さを感じる。
以前、魔法で安全を確保しながら”階段から落ちる”を師匠リーリアに体験させられた時のことは覚えていた。
危険を知るために、とリーリアから言い出したことだったが、そのときはアネットが泣く以上にリーリアが泣いていたのは記憶に新しい。
アネットが泣いてかわいそうだという気持ちと、危ないことを知っておいて危険から遠ざけたい気持ちがせめぎ合っていたのだろう。
アネットは一歩ずつ、片足ずつ、確実に接地させてから階段を降りていく。
「うん、ちょ、うん、ちょ」
小さなアネットにとっては重労働だ。
一階まであと半分の折り返し地点となり、踊り場に着いたことでアネットは一度休憩をとった。
「ふひー」
ベンッと、勢いよく階段の段差に腰掛ける。
アネットはくたびれたとばかりに腕で額を拭うような仕草をするが、それは師匠リーリアが疲れたときのまねっこだ。
アネットにとって、リーリアの真似をすることは、リーリアのような立派な魔法使いになるための第一歩である。
そうして休憩していたアネットは、ふと気づいた。
先ほどまでは階下からカップが鳴る音や椅子がきしむ音がしていたはずだ。
師匠リーリアがそこにいるという証明である音、それが今は止んでいた。
「?」
アネットは首を傾げた。
ドアが開け閉めされる音もなければ、部屋を出入りするような音もなかった。
いるはずのリーリアがなんの音も立てていないのが不思議だ。
アネットのいる階段から師匠リーリアがいると思われる居間までは、キッチンなどに繋がる廊下を挟んで向こう側に位置している。
階段すぐ下の天井部分は高いが、今に繋がる天井の一部が出っ張っているため、今アネットのいる位置からはまっすぐ居間は見渡せない。
少なくとも、階段の踊り場で立ったままでは今の様子が見えそうもなかった。
師匠リーリアの行方が気になったアネットは、踊り場に両手と両膝をついてハイハイの姿勢になった。
姿勢を低くすると、遮るものが減っていく。
そうして、居間の様子を覗いた。
そして、そこにはちゃんと師匠リーリアがいた。