3.おやくそく
外開きのドアを押し開けたアネットは、部屋の外へと出た。
もちろん、開けたドアを閉めることも忘れない。
さほど大きくはない二階建ての家、アネットがいた寝室はその二階突き当りだ。
部屋と同じく板張りになった廊下には大した広さはない。
廊下の向かいにはもう一つドアがあるが、そこは季節ものなどのすぐには使わない物がしまわれた納戸であり、アネットが出入りすることのない部屋だった。
階下にいるだろう師匠リーリアの元へ向かうべく、廊下を駆けだそうとしたアネットは、一歩踏み出そうとした瞬間に動きを止めた。
約束を思い出したからだ。
『廊下は走っちゃだめだよ』
アネットは、師匠リーリアの言葉を思い出していた。
もちろん、リーリアとしては、たった三歳のアネットが開いた扉と衝突したり、廊下の先にある階段で危険な目に合わないようにと心配しての言いつけだ。
しかし、アネットはこう考えていた。
師匠リーリアは、アネットの魔法の先生だ。
言いつけを守らなければ、リーリアのような大魔法使いにはなれない、と。
リーリアは色々なことをアネットに教えてくれる。
そんなリーリアは、言いつけや強制・矯正をほとんどしなかった。
はっきりと『だめ』だとか『してはいけない』と指示されることは稀で、リーリアからそう言われたことはアネットの意識にしっかりと刷り込まれていた。
「はちっちゃだめ」
思い出した師匠リーリアの言葉を口に出し、アネットは一つ頷く。
それから顔を上げると、胸を張って一歩一歩ゆっくりと歩き出した。
右、左、右、左と、腕と足をしっかり振って歩くアネット。
フン、フン、と、一歩踏み出すごとに鼻息を鳴らすその様子はなんだか誇らしげだ。
実際、アネットは、師匠リーリアの言いつけをきちんと守れた自分が誇らしかった。
アネットが行く先には、階下へと降りる階段がある。
アネットは、突き当りの窓から差す朝日を背に、いざ階段へと向かった。
そうして階段へとたどり着いたアネットは、二階の最上段から階下へ一歩踏み出す。
階段にはもちろん、アネットに過保護なリーリアが取り付けた手すりがあるし、滑り止めのテープがこれでもかと張られている。
もちろん、以前リーリアが設置しようとした自動昇降魔法階段は、アネットの猛反対のほっぺプクーによって阻止されていたので普通の階段なのであった。