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10.かたまり

 しばらく後、魔法教室がひと段落して。


「どうしてだろうね?」

「どおしてだおーね?」


 リーリアの言葉を、アネットは復唱した。


 魔法教室が終わりピクニックに移行した二人は、柔らかい草地に広げた敷布に並んで座り、お弁当を広げていた。

 二人の横には、お弁当の入っていたバスケットと水筒が置かれている。


 リーリアはアネットが口元につけた食べかすを拭ってやりながら、思案していた。

 先ほどの魔法教室でのことだ。


「塊だったねえ」

「かたまり」


 かたまりだけは、なぜかはっきり発音できるアネット。

 あ段は得意だ。


 二人が話しているのは、魔法教室で起きた不思議な現象についてだ。

 塊とは、まさにそのとおり、何かが集まりぎゅっと凝縮したようなコロンとした小石のようなもの。

 アネットが魔力を出そうとして出てきた、謎物質である。


 リーリアは、それが何か分からず困っていた。

 リーリアであっても、何もかも見通せるような能力は持っていない。

 分析や鑑定は門外漢で、家で準備し調べる必要があった。


 一方のアネットは、現れた塊を見て「今日はここまでにしよう」と言ったリーリアにならって魔法の練習を終え、その後もリーリアが塊を見て困っているのでそれにならってアネットも困ってみているのだ。


「魔素を魔力にスムーズに変換できるかはセンスも大事っていうよね」


 誰に言うでもなくリーリアは呟く。

 アネットはリーリアの言葉の続きを待っている。


 リーリアの魔法は独学で、魔力化のような基礎についてもそれは同じだ。

 読んだ文献や記録、論文などがリーリアにとっての”一般的な魔法使い”を形作っているが、もちろんそれらには『簡単には習得できない』などという当たり前すぎる常識は書かれていなかった。


 ちなみにリーリアは、体内の魔素であれ体外の魔素であれ、魔素の魔力化に苦労した経験はない。

 やったらできた。それだけだ。

 まさかその魔力化ですら『魔法使いの才能あるものが教育を受けた上で何年も訓練してやっと、精度は悪いもののなんとかできるようになる技術』だとは思ってもみない。


 そして、当然のようにぶっつけ本番で三歳のアネットの手習いにやらせてみたのである。

 しかし、何の奇跡か何の因果か、ただの捨て子であったはずのアネットはそれを一度で成功させた。

 精度の悪い魔素の魔力化。

 その結果が目の前の切り株にちょこんと置かれた小石、リーリアの言うところの塊である。


 塊の色は赤かった。

 アネットが魔力化を行うにあたり、リーリアは火の魔素の収集を手伝った。

 そしてうーんうーんと唸りながら頑張ったアネットの小さな手の平の上、そこに現れた赤い塊は小さく軽かった。


「魔素は私が手伝ったから集まったものの、魔力化が不完全だったって可能性が高いか」


 しばし考えていたリーリアは結論が出たのか、納得げにそう言って考えるのを一旦やめた。

 それから、分析や鑑定のための道具が家にしかないのは不便だと思う。


 危険性も素性も分からないものを調べるのに、それを我が家に持ち込むのはナンセンスだ。

 リーリアは鑑定分析魔法かそれに類する持ち歩きの魔法道具の制作を決めた。

 気軽になんとなく、その場のノリで大発明をしようとしていることには気付かない。


 そのときふと、リーリアを呼ぶ声がした。


「ししょ」

「ん? アネット?」


 リーリアはその小さな声に気づき、アネットを見た。

 リーリアの服のすそを持つアネットはリーリアの顔を見ていた。


 アネットの表情からはアネットが言いたいことは読み取れない。

 くりくり大きなおめめはリーリアをまっすぐ見つめ、口はきゅっと結ばれている。


「アネット? どしたの?」


 なんとなく、何か不安か心配があるのだろうかと思ったリーリアは、形のいいアネットの頭へ手を伸ばし、軽く抱き込むようにして撫でた。

 さほど大きくはないリーリアの手であっても、幼児であるアネットの頭であればその大部分を一度で包んでやることができる。


 なでり。なでり。

 二度ほど頭頂部から襟足に向かって撫でてやる。


 リーリアの手には、屋外での行動で蒸れたアネットの高い体温が髪越しに伝わる。

 幼いアネットの髪は未完成で、細く柔らかな髪は蒸れた頭皮に沿ってうねるように張り付いていた。

 それが可愛くて、リーリアの胸にはむずむずと愛おしい気持ちが沸く。


「ふあっ」


 アネットが気の抜けた声を出した。

 手も足も思わず一瞬突っ張った。

 頭を撫でていたリーリアの手を中心に、魔法の風がそよいだからだ。


 アネットの広い額を風が撫で、つむじを通って後頭部までを通り過ぎる。

 心地の良いその風が通ったあとは汗をかいたことによる不快さが消えていた。


 初めは驚いたアネットも、後は風の気持ちよさに目を細めてリラックスした。

 そして、すっきりしたのだろう。

 元気を取り戻したアネットの表情は明るくなっていた。


 改めて、今度は少し恥ずかしそうにもじもじとリーリアへ目線をやる。


「ししょ、あのね」


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