43、お茶と事故
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「それではフレイア様、行って参ります」
お出かけ用のドレスに身を包んだ私がそう挨拶すると、
「いいわねぇ……」
フレイア様が、つまらなそうに見送ってくださった。
思わず笑ってしまう。
「早めに帰ってきますわ」
「いいのよ、気を遣わなくても」
言葉とは裏腹にフレイア様は拗ねたように唇を尖らせた。それすら可愛らしくて、どうしても笑ってしまう。
気持ちはわかるのだ。
私も同じ立場なら思い切り拗ねたくなっただろう。
何しろ、リザ様とグレーテ様と一緒にお買い物に出かけるのだから。もちろん、それぞれ護衛を引き連れてだが、それでも心弾むことには違いない。
「お土産買ってきます」
付け足すと、フレイア様は渋々といった様子で頷いた。
「次は私も行くからね」
「もちろんですわ。次こそはフレイア様のご都合のいい日に合わせます」
あいにく今日のフレイア様は王妃様との執務があるのだ。
しかしこちらも、リザ様の婚約者へのお誕生日の贈り物選びが目的なので日程に余裕がないのだ。
「まあいいわ」
気が済んだのか、フレイア様は上目遣いに小さく笑った。
「私は私であなたを驚かせることを企んでいるから」
「先にそれを聞いてしまったら驚かないですよ?」
フレイア様は考え込むように顎に指を当てた。
「どうかしら……いいえ、大丈夫。それでもあなたは驚くわ」
「自信たっぷりですね? だったら今聞かせてください」
「ダメよ、私を置いていく罰なんだから。帰ったら教えてあげる」
「意地悪ですね?」
「お互い様よ。じれじれしながらいってらっしゃい」
フレイア様は嬉しそうに金色の瞳を細めた。
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「それではフレイア様のお土産も張り切って選ばなくてはいけませんね」
待ち合わせのカフェで、グレーテ様はジンジャーティを飲みながらそう言った。
「ええ、何かいいものあればいいのだけど」
私はミントの風味を付けたフレーバーティに口をつけた。
「美味しい」
「でしょう?」
思わず呟くと、グレーテ様は嬉しそうにそう言った。グレーテ様お薦めのお店なのだ。
私は改めて店内を見回す。テラス席や、歩道に面してテーブルや椅子を置いているこの店は、中に入ると、特別な席も用意され、意外とゆったりできるのだ。
「こんなお店あったのね、知らなかったわ」
「最近出来たんですよ。新しいお店には常に目を光らせているんです。急いでいる方は外のテーブル席で。じっくり楽しみたい方はこちらの席で。分けられているのがいいでしょう?」
「ええ。それにお茶の種類も多くて楽しい」
「お菓子も美味しいんですよ、リザ様、早くいらっしゃればいいのに」
どういうことか、肝心のリザ様がまだ姿を見せなかった。
「一番張り切っていらっしゃったから、まさか忘れたなんてことはないと思いますけど……」
私の呟きにグレーテ様も頷く。
「わざわざ私に”新しいお店にお詳しいグレーテ様のお知恵をぜひ拝借したく”とお手紙をくださるほどでしたもの」
一生懸命なリザ様が目に浮かぶようで、私は微笑みながら言った。
「出入りの商人のお薦めではなく、ご自分で選びたいというのがリザ様の可愛らしいところですよね」
「本当に」
同じように微笑むグレーテ様に、私はさりげなく、とてもさりげなく、聞いてみた。
「グレーテ様は、その、婚約なさるご予定とかはありませんの?」
ローレンツ様とのやりとりを見ていた身としてはそれはないだろうと思っていたが、貴族の一員としてもしかして、ということもあり得る。
しかし、グレーテ様はきっぱりと答えた。
「ありません。元が平民だからかもしれませんが、私、結婚相手はよく知っている人がいいと思っているんです」
おお?
前のめりになりたい気持ちを抑えて、さらに聞く。
「よく知ってるとはどういう……?」
グレーテ様は店内を見回した。
「母も男爵様とこんな感じのカフェで偶然出会って、ゆっくりと気持ちを育んだそうです。それなりに苦労はあるようですが、今も毎日幸せそうで。だから、私もお互いのことを知りながら夫婦になりたいと思っているんです」
「なるほどなるほど、ちなみに理想の男性とかいらっしゃるのかしら?」
ぼっ! と火がつきそうに赤くなったグレーテ様は、慌てたようにハンカチを取り出して、口元を押さえた。
「いえそんな、べ、べ、別に……強いていうなら、強いていうならですよ? 真面目で、時々ぼんやりして、でも優しく私の話を聞いてくださる方がいいですわ……もちろん強いていうならですけど……そんな私なんかがおこがましい……」
——よし!
私は心の中で手を握りしめた。
グレーテ様の態度を見るに、乗り越えなきゃいけない壁はいくつかあるだろうけど、かなりよろしい感じだ。
——お兄様にタイミングを逃さないように助言しないといけませんね。
「タイミングを逃した告白ほどもったいないものはありませんものね」
「え?」
「なんでもないですわ、失礼」
胸の内がつい言葉に出てしまった私は、誤魔化すようにカップを傾けた。カップはすぐに空になった。
「追加をお願いしますわ」
「私も」
グレーテ様は火照ったお顔が気になるのか、冷たい飲み物を給仕に注文し、私も二杯目のフレーバーティを頼んだ。
「それにしても遅いですわね、リザ様」
私たちがまた同じ会話を繰り返しそうになっているそのとき、ルシーンとカールが私たちの席に来た。
「クリスティナ様、こちらの方がクリスティナ様とグレーテ様に伝言があるそうです」
見ると、どこかの侍女のようだ。
額に汗をかいて、かなり急いで来た様子だ。それでも彼女は深々とお辞儀をしてからこう言った。
「オコンネル家に仕えるスザナと申します。主人であるリザ様が、事故に遭いまして、今日はお約束を果たせないこと伝えに参りました」
——事故?!
「リザ様のご容態は? 大丈夫なんですか?」
私は思わず椅子から立ち上がった。