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【11/10コミカライズ6巻発売】淑女の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう性格悪く生き延びます!  作者: 糸加


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17、魔法がとけたような

「離れたいってどういうことだ?」


まずは穏やかに質問してくれる。やっぱりお兄様は優しい。


小さい頃から優秀で、本ばかり読んでいたお兄様。

どこか飄々として、たまに人の話を聞いていないときもあるけど、思い起こせば、お兄様はいつも一緒に困ってくれた。


今みたいに。


「そのままの意味ですわ。この家を出てどこか違うところで暮らしたいのです」


馬鹿馬鹿しいと一蹴されても仕方ない思い付きを、うーん、と腕を組んで考えてくれる。


「やっぱり、昨日のことが原因か?」


三年後にミュリエルが家に火をつけることは、お兄様に言うつもりはなかった。

お兄様にとっては、私もミュリエルも妹なのだ。私の話を信じたら、お兄様はきっと悩む。信じてもらえなかったら、私が悲しむ。

私は言葉を選んで説明した。


「お互い離れているほうが、健全な関係を保てると思いません?」


お兄様が憐れみを含んだ視線を寄越したので、慌てて言い添えた。


「あの、お兄様、私、自棄になっているわけではありません。あくまで前向きな結論です」

「そうは思えないけど」


こほん、と私は咳払いする。


「ここにいていつまでもミュリエルと比べられるくらいなら、どこかの家で侍女として働くほうがずっといいと思いませんか? 見聞も広まります」


お兄様は目を丸くした。


「侍女?! クリスティナが?」

「はい。つきましては、肝心の働き先を紹介していただけたらありがたいのですが」

「……そんな大事なことを僕に託していいのか?」

「私よりもお兄様の方が適任ですわ。淑女をやめたので、出来ないことは出来ないと言うことにしたのです」

「淑女をやめる? なんのことだ?」


なんでもありません、と誤魔化して聞く。


「反対ですか?」


お兄様は、大きく息を吐いた。


「いや……父上にあんなことを言わせた責任は僕にある。できれば協力してやりたい」

「さっきも言いましたが、お兄様のせいではありませんわ。でも、それでは」


目を輝かす私を手のひらで制した。


「だけど、働き先は紹介できない。というか、ないだろう」


どうして、と聞く前にお兄様は説明する。


「これでもうちは、四大公爵家のひとつだ。そんな大きな家の娘であり、第二王子と婚約しているお前を働かせる貴族はいないだろう。使いにくくて仕方ない」


ーー確かに。


反論の余地もない。私は肩を落とした。


「その通りです……思い付いたまま申し上げていたから、そんな簡単なこともわからなくなってました……でも」

「まだあるのか?」


納得してしまったけれど、淑女ではない私は諦めが悪いので、すぐに次の提案をする。


「それならば、オキャランのお祖父様のところはどうでしょう。ずっとは無理かもしれませんが、しばらくの間だけでも過ごさせていただけないか、お兄様、手紙を書いていただけません?」

「僕が?」

「もちろん、私も書きますが、一通より二通、二通より三通の方が聞いてもらいやすいのは、ほかでもないお兄様が証明してくださってます」


オキャラン伯爵家とは、母が亡くなってからは活発な交流はしていない。だが、誕生日にカードと贈り物を送り合う程度にはまだ繋がっていた。


悪くない考えだと思ったのだが、お兄様は難しい顔をした。


「聞いてみてもいいが、そこだって安寧の地じゃないぞ。父上が呼び戻せば終わりだ」


私はちょっと笑った。


「お父様が私を呼び戻すことなんてあり得ません」


あの父が、私を必要とすることなど絶対にないだろう。

しかし、お兄様は不穏な表情を崩さない。


「やはり、難しいでしょうか」

「いや、家を出ること自体は、実は賛成なんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。アカデミーで僕が、初めて呼吸ができたと感じたように、お前も違う場所で違う空気を吸った方がいいと思う」

「ありがとうございます!」

「だけど、あと少し我慢したら、イリルと結婚だろ? それを待つのが一番じゃないか?」


正論だと思う。

しかし、私は首を振った。


「待てません。あの人ーーお父様の顔も見たくありませんの。わがままなのはわかっています。でも、我慢の限界なんです」

「領地で過ごすのはどうだ?」


私は歯切れ悪く答えた。


「王都から、出来れば離れたくないのです……」

「ああ、イリルか」


私が思わず顔を赤らめると、お兄様は、そうか、イリルか、ともう一度呟いた。


「話は変わるが……王子妃教育は大変だと聞くけど、そうなのか?」

「ご安心ください。ほぼ終えてますわ」

「本当に?」

「なにか出来る度に褒めていただけるのが嬉しくて。張り切って勉強しましたの」


父は私が何をしても絶対褒めなかった。だがそれも、ミュリエルを「優先」していた結果なのだろう。


ーーわかり合えないことがわかっただけ、よかったと思いましょう。


「クリスティナ」

「あ、はい」


ぼんやりしてしまった私に、お兄様が質問する。


「王太子殿下や王太子妃殿下とは、円満な関係だよな」

「とてもよくしていただいてます」


お兄様はホッとしたように言った。


「じゃあ、宮廷はどうだろう」

「宮廷?」


いいんじゃないかな、とお兄様は呟いた。


「王太子妃殿下の話し相手として、宮廷に住み込むんだ。それなら父上も駄目だと言わない。きっと」


宮廷で暮らせる?

ここから離れられる?

王太子妃殿下の笑顔を思い出した私は、胸がいっぱいになった。


「イリルを通して……いや、僕から王太子殿下にお願いしてみよう」

「よろしいんですか?」

「妹に甘い兄のふりをすればいいんだ」

「もう十分甘いですわ。ありがとうございます! お兄様!」


照れたのか、お兄様は慌てて紅茶を飲み干して、じゃあそういうことで、と部屋を出ていった。


          


その後。

お兄様を通して、宮廷から了解の返事をいただいた私は喜び勇んで、父にそれを伝えにいった。

どこにでも勝手にいけばいい、そう言われると思っていたら、


「何言ってる? そんなことは許さないぞ」


頭ごなしに否定された。


「え? どうしてですか?」


思わず聞くと、父は不機嫌そうに答えた。


「まだわかっていないのか? 私がダメと言えば、それが理由だ」


なるほど、と思った私はすぐに答えた。


「清々しいまでの理由ですね」

「そうだろう」

「それでは一週間後に出発しますので、失礼します」


お辞儀をして私は父の部屋を出た。


クリスティナ、と怒鳴り声が聞こえたが振り向かなかった。

今まで、私にとって父の意向は絶対だった。逆らうことなんてなかった。

でも、やっとわかった。

それとこれは、全然別のものなのだ。


ーーなんだか魔法がとけたような気分だわ。


そう思いながら歩く。




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「王妃になる予定でしたが、偽聖女の汚名を着せられたので逃亡したら、皇太子に溺愛されました。そちらもどうぞお幸せに。2」
2巻は2021年10月8日発売予定です! よろしくお願いします。

書影
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― 新着の感想 ―
[一言] 王城出仕の通達は、王城側が王子妃教育の一環とでもいって上手くやれば最終的には拒否はできなそうですが、ともかくクリスティナに対しては拒否の意向を示したということは、クリスティナがミュリエルの「…
[気になる点] >どこか飄々として、たまに人の話を聞いていないときもあるけど、思い起こせば、お兄様はいつも一緒に困ってくれた。 さすが、糸加様の男性キャラは「人の話を聞かない」人がいる…なんちて。 …
[一言] 弱者を虐げることで自分の価値を見出してる残念極まりない人間。イルヨネェー(╹◡╹) クリスティナちゃんがいなくなったら、当たる人いないもんね。 妨害も何事もなく一週間過ごしてほしい!
2021/06/06 07:15 退会済み
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