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1、私が死んだときのこと

私は自分が死んだときのことをよく覚えている。


「火事だっ! みんな起きろっ!」


気が付けば、屋敷が恐ろしい勢いで燃えていた。


「わっ! こっちはもう駄目だ!」

「水を運べ! 火元はどこだ?!」


真夜中なのに昼間のように明るく、執事のトーマスが大声で駆け回り、使用人たちが、次々と騒ぎ出した。


……何が起きたの?


眠れなかった私は、本でも読もうと図書室に向かっている途中だった。

あっという間に充満する煙に怯えて立ちすくんでいると、侍女のルシーンが慌てたように私に駆け寄ってきた。


「クリスティナ様! ご無事ですか!」

「ルシーン……これは一体?」

「わかりません。とにかく逃げましょう。上の階の方がよく燃えていると聞いて、心配しておりました」


幸い、図書室は一階だった。

このまま玄関まで行けば出られるはずだ。


「火の元には充分注意していたはずよね?」


部屋着の袖で口を押さえて、私は言う。


「もちろんです」


ルシーンも口を押さえながら答えた。


「お父様とお兄様は無事かしら? ミュリエルは?」

「きっと皆様脱出されてますよ。ですからクリスティナ様も急ぎましょう!」


このとき私は気付くべきだった。

なぜ、台所のある地下ではなく、私たちの寝室のある上の階が特に燃えていたのか。


「お姉様こちらです!」


なぜ、異母妹のミュリエルが突然そこに現れたのか。


「ミュリエル! あなた、無事だったのね! よかった」


ミュリエルは、その大きな青い瞳を潤ませた。


「お姉様。こんなときのために、私、お父様から秘密の通路を教わっていますの。でもそれを教えられるのは、公爵家の人間だけ。お姉様だけ、私と一緒に逃げましょう」


——私だけ?


「ルシーンを置いていけないわ」


私は即答した。

だが、ミュリエルは食い下がった。


「ルシーンはトーマスに任せましょう。とにかく、お姉様を一刻も早く、安全な場所に連れて行きたいのです」


ルシーンもミュリエルに同意した。


「私なら大丈夫です。ミュリエル様、クリスティナ様のことをよろしくお願いします」

「でも」

「クリスティナ様に万が一のことがありましたら、イリル様に申し訳が立ちませんもの。あと半年だというのに」


この国の第二王子であるイリル・ダーマット・カスラーンと、私、クリスティナ・リアナック・オフラハーティは、半年後結婚する予定だった。


「無事にイリル様にお会いしなくては。そうでしょう?」

「ルシーン……」


イリルの名前に、私の心は一瞬揺れた。

ミュリエルはそれを見逃さなかった。

私に向かって手を伸ばす。


「行きましょう、お姉様」

「クリスティナ様、お急ぎください」


ルシーンに背中を押された私は、


「ルシーン、後で必ず会いましょうね!」


振り返ってそう言ってしまった。

あまりの状況に動揺していたのだ。


だから。


秘密の通路をなぜ、ミュリエルだけが知っていたのか。

なぜ、そんなに頑なに、ルシーンを置いていったのか。

考える余裕がなかった。


「こちらですわ、お姉様」

「こんなところに……」


ミュリエルが案内したのは、図書室だった。


「知らなかったわ」


本棚の一番奥が外れるようになっており、細い通路が見える。


「暗いからお気をつけて」


ミュリエルは、満足そうに私に微笑みかけた。


          ‡

 

『秘密の通路』は石で出来ており、外まで細く長く続いているようだった。


「煙を吸わないように、お姉様、念のためこれを使って」

「ありがとう、ミュリエル」


借りたハンカチを口に当てながら、私たちは前後に並んで進んだ。

明かりは、ミュリエルの持つ手燭だけだ。

どれほど歩いただろうか。

お互いの足音と息遣いだけが響く中、不意にミュリエルが立ち止まった。


「出口ですわ」


ミュリエルの肩越しに、扉が見えた。

ほっとした私は、思わず呟いた。


「よかった……お父様とお兄様も無事に逃げられたかしら」


ミュリエルはそれには答えなかった。代わりに振り返って、こう言った。


「お姉様は本当に馬鹿ね」


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「王妃になる予定でしたが、偽聖女の汚名を着せられたので逃亡したら、皇太子に溺愛されました。そちらもどうぞお幸せに。2」
2巻は2021年10月8日発売予定です! よろしくお願いします。

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