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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第二幕 大道芸人集団『リドル・ラム』
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酒場では踊りを

「おい、姉ちゃんたち、もしかしてジョングルールかい?」

 黙りうつむくアルプレヒトの背後から声をかけてきたのは、既にかなり酔っ払っている中年男性だ。呂律の回らない舌で、赤ら顔で陽気そうに絡んでくる。

「全員、黒と白で決めてるなんざ、かっこいいねぇ。どうだい、なんか見せてくれよ」

 濃い群青と黒の区別もつかないほど酔っぱらっている陽気な親父の要求に、食べることに専念していたリリアはにこっと笑って立ち上がった。

「いいわよ。ちょうど、お腹も満たされたし。おじさんのためにご披露しましょ」

 そう言ってヴァレールの腕を取り、店の中央へ歩いていった。

「へぇ、リリアも何か芸ができるんだ。てっきり、裏方で作業してると思ってた」

 特に悪気もないと思われるアルプレヒトの発言は、しっかりと二人の耳に届いていた。ぎりぎりと音がしそうなほど、こぶしを握り締めるリリアを横目で見て、ヴァレールはカウンターから女将に声をかけた。

「ここで一曲披露させて欲しいんだが、構わないだろうか。それと何か楽器があれば貸して欲しいんだが」

「色男の頼みなら何でも聞くよ。店の中は好きに使っておくれ。楽器はこれでもいいかい」

 女将が笑顔で差し出してきたのは、古い二本弦のレベックと、タンブリンであった。

「十分」

 不敵な笑みを浮かべ、レベックと弓を受け取ったヴァレールは、そのままカウンターの前でレベックの音の調整を始めた。雑然としていた食堂に響きだした音色に、酔客たちの視線が次第にカウンターに集まりだす。

 リリアは灰色の髪をぎゅっと縛りなおすと、腕を高く上げてタンブリンを打ち鳴らした。

 澄んだ張りのある音が響くのを合図に、ヴァレールがテンポの速い、陽気な曲を奏で始めた。その曲に併せて、リリアがタンブリンを叩き、ブーツの踵を打ちならしながら軽快に踊りだすと、周囲からは歓声があがり、手拍子が響き始めた。

「二人ともすごいな! 裏方の仕事をしてるのに、あんな才能もあるんだな。『リドル・ラム』って、才能豊かでないと入れないんだなぁ」

 周りと一緒になって手拍子を始めそうなアルプレヒトの様子に、ビョルンは苦笑いを浮かべる。

「シルウァスに行く用事があれば、手紙くらいは届けてやれたんだがな。悪いな」

「いや、無茶な話なのに聞いてくれてありがとう」

 お礼を口にするが、アルプレヒトは沈鬱な表情のままだ。

「麦不足にはフェディール王国も関わってるし……。せめて、領内の麦だけでもって思ってたんだけどな」

「穏やかじゃありませんね。どういうことです?」

 呟かれたアルプレヒトの言葉に、フランチェスコは周りを見回しながら先を促した。

「フェディールからのクタシー麦を強奪する盗賊が出始めているんだ。輸入の麦までなくなったら、パンすら口にできなくなる人たちも出てくるかもしれない……」

 黒麦やレイズル麦と異なり、クタシー麦のほとんどはフェディール王国で生産されている。クタシー麦から作られたパンは、柔らかく、舌触りが良いのが特徴だ。

 ブレマン国内に流通するクタシー麦も、フェディール王国からの輸入品が大半を占めていた。そのため、ブレマンでクタシー麦を毎日口にできるのは王侯貴族がほとんど。しかし、そのクタシー麦の供給がなくなれば、一部の身分の高い者たちが流通している黒麦やレイズル麦を買い占めるだろう。そうすると、生産量が落ちている麦の値段は跳ね上がり、一般の民衆が麦を買うことはできなくなる。フェディールからの荷が襲われているのであれば、領内だけの問題にとどまらず、今後のフェディールとブレマン国との商品のやり取りそのものに影響を及ぼしかねない。

「盗賊の情報について何か知らないか? 商人たちも何度も襲われてるから、周囲の町からも警戒されたら、それも商品の流れに影響するかもしれないし」

 確かにジョングルールとしても、“配達屋”としても、いろいろと情報を持っていないと各地を転々とできない。その情報網を見込んで、といったところか。

「自分のとこの問題だろ。自分たちでどうにかしろ」

「本当ならそうしたいけど……。でも、警備兵は盗賊討伐に関われないんだよ。グリムデリ家が担当するからって」

「ほお」

 ブレマン国軍の統括長をしているグリムデル家が担当するということは、国軍を動かすのだろうか。それとも、辺境伯家お抱え部隊か。どちらにせよ、フェディールとの国境で軍が動くと少々厄介だ。

 苦しそうな表情を浮かべるアルプレヒト。テーブルの周囲からは賑やかな人々の笑い声が響いてくるが、今の彼にはその音も聞こえていないようだ。 

 さらに曲は盛り上がり、リリアと一緒に踊りだす者も出てきていた。タンブリンを打ち鳴らし、軽快なステップを踏むリリア同様、普段めったに笑うことがないヴァレールも笑顔だ。王侯貴族相手の興行では決して演じられることはない民衆の踊りには、楽しそうな笑顔と大人数の笑い声がセットなのが常だ。

 ジョングルールは王城に招かれることもあるが、こうして町や村で興行を行うことの方が圧倒的に多い。特にこうした酒場などは普段は稼ぎ場所であるのだが、今二人は商売抜きで、酔っ払った観客たちとともに純粋に楽しんでいた。

「『伝説の巫女を探すこと』は、つまり旱魃が解消されればよいのですよね? そのための情報収集であれば、私たちにも何かできそうですね。あとは、『盗賊の情報集め』ですか。旅の身としては無関係とはいえませんし、受けても良いのでは?」

「そんな安請け合いしても、情報が手に入るとは限らないだろう」

 戻ってきたヴァレールは眉間にしわを寄せた。彼は、アルプレヒトの話を聞くこと自体にあまり気が乗らない様子だ。

「まあ、たまには雰囲気も変わっていいんじゃない? リリアと同い年くらいの男の子なんて新鮮だわ」

 アルプレヒトを自分の隣に座らせニコニコしているディアーヌに、アルプレヒトは顔を赤らめながらにやけた顔だ。

「まあ、数日はこの町に滞在する予定だし、俺たちも盗賊に襲われる可能性もあるってことだからなあ。情報収集くらいなら、やってもいいぞ。ヴァルもそれでいいな」

「本当!? ありがとう!」

 立ち上がった拍子に椅子が倒れるのも気にせず、アルプレヒトは前のめりにビョルンに抱き着かんばかりだ。

「では、つきましては、依頼料はこれくらいで」

 笑顔のフランチェスコが算盤に示した数を、アルプレヒトは目を瞬かせて見た。

「えっと……マジ?」

「これでも割安にしましたよ?」

「……わ、わかった」

 笑顔の圧に負けたのか、がっくり肩を落とし、それでも支払うと言ってのけたアルプレヒトに、フランチェスコは興味深そうな視線と拍手を送った。


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