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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第二幕 大道芸人集団『リドル・ラム』
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難儀な依頼

「うちは旅芸人集団だ。人探しは仕事じゃない」

 ヴァレールが端的に言い放ち、フランチェスコは興味をなくしたように食事を再開している。

アルプレヒトはその様子に、焦りを覚え、椅子から勢いよく立ち上がり、大声で叫んだ。

「だから! ジョングルール『リドル・ラム』なんだろ! あんたたち、〝配達屋〟なんだろう!?」

「あまり、大声を出さないでもらおうか。お前さんの言う通り、俺たちはジョングルールだ。それだけで、国境ではもちろん、どの街でも何かあったら警備兵から容疑をかけられやすいことは、自分が一番わかっているだろう? 〝配達屋〟とわかったら、どんな扱いを受けることか」

 ジョングルールは旅芸人である故、時に〝流れ者〟として蔑視の対象となることもある。罪を犯していなくても不当に疑われたり、国境での執拗な荷物点検があったり。中には、宿泊を拒否する宿屋も存在した。

 多くの人は街にジョングルールが来ると、その興行を楽しみ、差別の目を向けることはあまりない。『リドル・ラム』のように、王侯貴族から興行依頼を受けることもあるのだ。しかし、差別の対象となりやすいというのも、また事実であった。

 〝配達屋〟としての活動は人から人へ手紙を届けることが目的だが、公に認められてはいない。それゆえ、輸入規制品や犯罪に関わるような品を運んでいると思われ、目をつけられる危険性もある。そのような状況になると、円滑に興行を行うどころの話ではない。

「なぜ俺たちが〝配達屋〟だと?」

「最初は噂で旅芸人とか、どこかの商人がそうなじゃないかって……。でも、そんな存在は根拠もないし、眉唾だと思ってた。だけど、今日リリアが町で迷っているのを見かけてさ。案内しようかと思って」

 その後、少女と連れ立って歩き出したが、相手が子どもだったため心配で後をつけたのだと、彼は話した。つまり、リリアたちの行動の一部始終を見られていたのだ。

(お前の方向音痴が原因じゃないか!)

(……ごめんなさい)

 ヴァレールとリリアが視線で会話している横で、ビョルンはため息をついた。

「俺たちが〝配達屋〟だっていうのは認めよう。しかし、大っぴらにできるわけじゃねぇ。人探しも仕事じゃねぇ」

「でも、どうして人探し? この町の人なら自分で調べた方が早いんじゃない?」

 ディアーヌは首を傾げる。よそ者よりも住人の方が詳しいことも多いだろうし、誰かに聞いて回るにしても、見ず知らずの人間に対してはみな口が堅くなるのではないか。

「俺が頼みたいのは〝伝説の巫女〟を探しだすことなんだ」

「ほう、〝伝説の巫女〟ねぇ」

 フランチェスコもディアーヌも眉根を寄せたものの、ビョルンだけは表情を変えることなく先を促す。

「今、この町じゃあ麦が足りなくなっているんだ」

 アルプレヒトの話によると、麦不足は今年に入って急に加速したという。昨年からクタシー麦の値段が少しずつ値上がりしていたものの、現在ほどではなかった。しかし、今年になってクタシー麦はほとんど町の市場では買えず、黒麦やレイズル麦の値段も高騰した。

「黒麦やレイズル麦は、昨年までは十分に生産されていたんだ。でも、今年はその生産地の農村部には、全く雨が降っていない。それで、麦が全然育たなくて」

 もともと、ブレマン国はやや寒冷な土地を国土としている。そのため、穀物や野菜の生育が進みにくい。必然的に寒さに強い植物を育てることになる。それが黒麦やレイズル麦だ。しかし、いくら悪環境で育つ穀物といえども、水分が全くない状態では十分な収穫は望めなくて当然だ。自然環境が厳しいブレマン国でも、ここまでひどい農村部の旱魃は初めてだとアルプレヒトは語る。

「実際に農村部まで馬を飛ばして行ってみたんだ。確かに、畑や作物は枯れかけてて……。飲み水とかは川から引いて、何とかしているらしいんだけど」

「実際に行ったの? あなたが一人で?」

 アルプレヒトの発言に、ディアーヌは目を見開いた。この地から農村部までは馬を駆けたとしても一日以上はかかる。たかが一警備兵がわざわざそこまでするというのか。

「麦だけじゃなくて、野菜なんかの値段もどんどん上がってる。町の人たちの暮らしとか、市場の様子を見てるとさ、やっぱり今まで以上に苦しい生活になってるから。どうにかできないかって」

 茶色の瞳を曇らせる。根が真面目なのか、自分が生まれ育った町の窮地に何かしたいという思いが強いのか、結構な行動力の持ち主のようである。

「なぜ〝伝説の巫女〟を探す必要がある? 農村部の旱魃被害のために、雨乞いの祈祷をするためか? それなら、シルウァス島に要請を出せばいい」

 シルウァス島。フェディール王国の北東に位置し、〝巫女の島〟として古くから人々の尊敬と畏怖を集めていた。島の女性の半数以上が巫女であり、〝星見〟の能力を持つ。彼女たちは、星の動きを読み解き、次の日の天気から人の吉凶、果ては国の運命までをも占う。他にも、雨乞いや病の治癒などの祈祷を行うことも、彼女たちの仕事であった。

 男性も巫女以外の女性も暮らす島であり、周辺国との国交もあり、〝巫女の島〟とはいえ、閉鎖されているわけではない。そのため、島には祈祷や占いの依頼をする人がよく訪れていた。その中でも、国の運命を占うような大事の場合は、派遣団が送られるのだ。

 アルプレヒトが口にしている〝伝説の巫女〟とは、そのシルウァス島出身の巫女で、これまでの歴史のなかで最も力を持った巫女と噂されていた。

「シルウァス島に行くまでに、どれだけの時間がかかると思う? その上、話を聞いてもらえるまでの順番待ちなんてしていたら、とっくに冬になっちゃうだろ」

(冬どころか、来年の春だな。種まきの時期に間に合う…合わねえだろうなあ)

 話を聞きながら、ビョルンはざっくりかかる日数を考える。大陸から島まで移動して、それから順番待ちをしていたら、話を聞いてもらえる頃には餓死者が出てもおかしくない。

 シルウァス島を治めるのは、巫女たちの頂点である巫女(みこ)(おさ)だ。各国から切り離された島であることも手伝い、〝家〟の名前はさほど効力がない。だから、シルウァス島を訪れる者は身分に関係なく、巫女に話を聞いてもらうために順番を待たねばならない。順番待ちをせず、多くの依頼者を押し退けて巫女たちに即依頼可能であるのは、国王やそれに準ずる地位にある責任者の印璽が押された書状を持つ派遣団だけなのだ。

 ついでに付け加えるなら、星見にも祈祷にも、決して安くはない奉納金が必要だ。両方となれば、小さな町一つ買えるくらいの金額を要求される。

「今〝伝説の巫女〟は島にはいないらしい。理由は知らないけど、シルウァス島から出て、今はこっちの大陸に来てるって聞いてさ」

 興奮しながら、アルプレヒトは続けた。

「類まれな〝星見〟の能力で的確な〝お告げ〟を得ることができて、祈祷の力もすごいって噂だろ。彼女が行う祈祷で天候を自在に操ることも可能で、火山の噴火すら止めるし、怪我人の治癒はもちろん、死人が生き返ったって話もある! だから、そんなすごい力の持ち主なら、この旱魃のこともどうにかしてくれるんじゃないかって思ったんだ。だから、探してもらおうと思って」

「どんな魔女よ……」

 興奮気味のアルプレヒトの話す噂の数々に、げんなりした声で呟いたのはリリアだ。

「で、名前は? 年齢は? 容姿は?」

 その質問に、アルプレヒトは、うっ、と唸り、黙ってしまった。

「どこにいるかも、どんな人かもわかんないのに、探しようなんてないわ。諦めて他の方法を考えたら?」

「黒髪! 清浄な雰囲気! それがその〝伝説の巫女〟だって聞いた!」

「シルウァスの巫女はみんな黒髪・黒瞳なのよ!」

 アルプレヒトの大声にリリアはそう叫び返した。またまた唸ったアルプレヒトは寸の間、黙り込んだ後に声をあげた。

「名前は……、〝ラウラ〟だ!」

 得意げな様子にぎょっとしたリリアに代わり、ビョルンが面白そうに尋ねた。

「なんで、その〝ラウラ〟が〝伝説の巫女〟だって思うんだ?」

「その人が今までで一番すごい〝星見〟だって何人もの商人たちから聞いた! それに、漆黒の豊かな黒髪、闇を秘めた様な黒瞳、しかも絶世の美女だって、実際にシルウァスに行った商人からも聞いたんだ。だから、その人が〝伝説の巫女〟に違いないと思う!」

 自信満々な様子で言うアルプレヒトを見ながら、フランチェスコとディアーヌは苦笑い、リリアは眉間にしわを刻み、ヴァレールはため息ついた。

「残念だが、ラウラは既にこの世にはいないぜ」

 ビョルンの一言に、アルプレヒトは衝撃を受けた。

「えっ……。嘘だろ……。でも、ラウラ・シルウァスが死んだなんて、そんな話……。てか、なんで、団長さんがそんなこと知ってるんだよ!?」

「俺の髪と瞳を見て気づかなかったか? 俺はシルウァスの出身なんだよ」

 シルウァス島の巫女たちは、黒髪・黒瞳である。その黒色に神の力が宿っていると思われていた。巫女以外でシルウァス島に暮らす人々の髪や瞳は純粋な黒ではないが、それに近い鉄黒色や黒鼠色の者がほとんどであった。

「ラウラが今までで最高の〝星見〟であったことは確かだがな。しかし、ラウラが〝伝説の巫女〟の異名を取ったことは生前もなかったな。それもお前さんの推測の代物だろ。第一、ラウラは島を出たことがないぞ」

「じゃあ、ジュノンさんは!? あの人も綺麗な漆黒の黒髪だよね! 確かに、瞳の色は黒じゃないけど……。でも、なにか関係とか、シルウァスの事情を知らないかと思ってたんだ」

「ジュノンには〝星見〟の力なんてない」

 リリアの静かだが毅然とした声に、アルプレヒトは気落ちした表情になった。町の人たちのためになにかしたくて、懸命に絞り出した策を一気に叩き潰された気分だ。自分が考えたことはすべて無駄だったのだ。

(結局、俺が一人で空回りしていたってことかよ)

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