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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第二幕 大道芸人集団『リドル・ラム』
7/38

再会は偶然に?

「のんきよねー」

 城の一室を控え室として与えられた『リドル・ラム』の面々は、それぞれ片付けの真っ最中だ。手早く、衣装を畳みながらディアーヌは呟いた。

「なんだって食料が不足しそうな時期に、わざわざ近隣領主を集めて宴会? 団長、何か聞いてる?」

「知らん」

「所詮、貴族なんてそんなものだ。民衆に生活を支えてもらっているくせに、民衆の生活になんて全く関心がない」

 ヴァレールが無表情でそう答え、小物の入った箱を次々積み上げていく。これから、すべて馬車へ運ぶのだ。

「どこの国でも特権階級なんてそんなものですよ。まあ、その特権階級から仕事をもらっている私たちとしては、いくらでも無駄遣いしていただけるとありがたいですけど」

「あんたの台詞には“自虐”って成分が欠片も含まれてないわよね」

「お仕事を頂けることは大変ありがたいことですよ。お金に良いも悪いもないんですから」

「せめて働くことの尊さについて語って頂戴」

「お前ら、口じゃなくて手を動かせよ」

「でもねえ、団長。頂けるときに頂いておかないと、うちは平時には出費の方が多いんですよ」

「依頼料はともかく、控室もお湯も好きに使わせてくれる太っ腹ぶりはありがたいよ」

 ただいまー、の声とともにフードつきのマントを羽織ったリリアが部屋に戻って来た。その手には小ぶりの桶を抱えている。

 普通の興行であれば、準備の部屋を与えられることはほとんどなく、移動手段と収納場所を兼ねた幌馬車の中、もしくは屋外に天幕を張りそこで支度をするのだ。控室どころか、お湯まで提供してくれるという依頼主は一握りだ。

「おかえりなさい。こっちはもう片付けは終わりそうよ」

「じゃあ、あとは礼金の受取が終われば宿に行けるの? お腹空いちゃった」

「いやー、さすが、辺境伯様ですね。交渉開始時の金額が思ったよりも高くて。おかげで当初の予定収入額より、二倍以上いただくことができました」

 フランチェスコは舞台が終わると早々に着替えをし、今回の興行料を受け取りに行っていた。流麗な文字が書かれた証書を握る彼の笑顔はいつも通りだが、瞳は輝き、今にも歌いだしそうな弾んだ声に、団員たちが思ったことはただ一つ。

(かなりぼったくってきたんだな)

 口には出さずに、みな粛々と撤退準備を続けた。いつものことに、いちいち反応していられない。それもあって、数分後には幌馬車の中に荷物をすべて収納することができた。

「それにしても、ここらの領主様方はどんだけ見栄っ張りなんだ。来客者数の割に、でかい馬車ばかり持ってきやがって」

 ぶつくさ言いながらもビョルンは早々に辺境伯家の敷地から馬車を出発させた。一同は町の宿屋へと向かう。その行方に向けられる目が、闇に紛れて光っていた。


 幌馬車に荷物を積み込んだ後、『リドル・ラム』一行は城下の商業地区にある宿屋に向かった。昼間のうちに、良さそうな宿をすでに見繕ってあり、迷うことなく裏手に馬車を止める。団員たちは、宿泊施設となっている二階の部屋に必要な着替えなどを運んだ後、食堂になっている一階に集まった。

 夕食の時間はだいぶ前に終わっているにもかかわらず、席は半数以上が埋まっており、男も女も賑やかに酒を飲んでいる。六人がけのテーブルに陣取り、食事を注文しながら、店の女将にビョルンは話しかけた。

「なんだか景気がよさそうじゃないか」

すると、女将は微妙な表情を浮かべながら、首を振った。

「そうでもないんだよ。最近は麦の値段が上がっちまって、やりくりもなかなか苦しくてさ。レイズル麦のパンと、他は芋がメインの料理になっちまう。旅の人には悪いけど、それで勘弁しておくれ」

「私、レイズル麦のパンもお芋も大好きよ」

「じゃあ、腕によりをかけるから待っておいで」

 すまなそうにそう告げた女将に、リリアは笑顔を向ける。その笑顔に女将は腕まくりをすると、厨房の方へ消えていった。

 黒麦やレイズル麦と言われる種類の麦は、ブレマン国で多く生産されている。パンや酒などの原料となり、力強い大地の恵みを感じられるような独特の芳香が特徴だ。パンに加工されると粗い粒子が噛みごたえのある食感となり、ブレマンの一種の名物となっている。

「やっぱり、麦類は不足しているみたいね」

 そうつぶやくディアーヌに、ビョルンやヴァレールも難しい顔をしている。

「リリアとヴァレールじゃないか! この宿に泊まるのか?」

 突如かけられた声に二人が振り返ると、そこには昼間の少年警備兵の姿があった。仕事が終わったためなのか、上着はなく、いくぶんリラックスした雰囲気が感じられる。

「昼間の、えーっと」

「ああ、自己紹介していなかったな。俺はアルプレヒトっていうんだ。しっかし、偶然だな。俺も一緒してもいいか?」

 言いながら、ちゃっかりリリアとヴァレールの間に腰かけた少年に、ディアーヌは興味津々だ。

「この町の警備兵の子?」

「ええ、そうなんですよ。町のために自分もなんかできたらなって」

「あら、育ててくれた町に恩返しってわけね。いいわねえ。警備兵になったっていうことは、剣の腕が自慢?」

「いやあ、それは全然。小さい頃から師範について習ってるけど、才能ないってくらいダメなんだ」

 リリアは、鼻の下を伸ばすアルプレヒトの横に移動してきたディアーヌと席を替わる。ディアーヌに腕を組まれたアルプレヒトは顔を赤くしながらも嬉しそうだ。

「はいよ! お待たせ!」

 女将が両手に山盛りの料理を運んできた。パンにスープ、ゆでた野菜に少量ではあるが何種類かの肉、そして果実酒。六人分ともなれば、テーブルは料理で埋まり、木目の茶色だけだった目の前は一気に色彩量が増した。

「お腹空いたー! やっとご飯!」

「そりゃ、一働きした後だもんな。辺境伯家じゃ、肩も凝っただろ。ここの料理はみんなうまい、ぞ……」

 レイズル麦のパンにかぶりつくリリアを見ながら、アルプレヒトは、額に汗を浮かべた。背中、脇腹にいつの間にか、鋭利な何かが当たっている。そして正面からは、果実酒の杯越しに鋭い眼光を向けられている。

「目的はなんだ?」

 杯を手放すことなく、しかし一切の油断もないビョルンにアルプレヒトは思わず息をのむ。下手なことを話せば、視線だけで息を止められてしまうかもしれない。

「目的、って。俺は、ただ今日会った二人を見つけて……」

「俺たちが辺境伯家で仕事をしてきたことをなぜ知っているか、ってことを聞いてるんだ」

「それは幌馬車が……。今日は、辺境伯家で宴があって、ジョングルールが来るって聞いてたから……」

「この街じゃ、幌馬車なんか珍しくもないだろう。どうして俺らがジョングルールだってわかったんだ?」

「…………」

 昼間、リリアとヴァレールが警備の少年と出会ったことは聞いていたが、正体は伝えていないということも聞いている。辺境伯家を探していたことは伝わってしまったとしても、推測する理由としては弱い。

「辺境伯の城から尾行していたな?」

 思わず息をのむアルプレヒトだが、問いかけたヴァレールは微塵の疑いも持つ様子はない。確証があってこその問いで、答えなど求めていないことは明白だ。

「誰かいるなあ、とは思っていましたが、あなただったんですねえ。あ、リリア、こちらのお肉もなかなかいけますよ」

「ありがとー。つけられてるなんて気づかなかった。そっちの、杯が空だね。果実酒追加するね」

 フランチェスコとリリアの二人は呑気に食事を続けている。そのため、周囲には大勢で飲み食いしている場面にしか映らないであろう。

「確かに、後をつけていた。不審に思うのも、しょうがないよな。でも、話がしたかっただけなんだ。本当だ!」

 必死な少年の様子に、団員たちは目を合わせる。一瞬の後、アルプレヒトが背中とわき腹に感じていた感触は消えた。

「で、なんで俺たちと話がしたかったんだ?」

「興行の依頼でしたら、まずは日程と予算を伺います」

 いつの間にか、フランチェスコの手にはいくつもの球のついた木枠が握られており、その指は球を高速で弾いている。算盤(さんぱん)と呼ばれる異国の計算機だ。

「興行の依頼じゃない。違うんだ、人探しを頼みたいんだよ!」

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