合流、仕事へ
「一体、どこで遊んでやがった!」
荷馬車に到着早々、ビョルンが大声を上げた。
年は四十代半ばほど。身長が高く、しっかりと筋肉のついた身体をしている男は威圧感たっぷりで、いかつい顔と暗黒色の髪には、雰囲気を和らげる要素が乏しい。リリアとヴァレール同様、白シャツ・黒ズボン・青いストールを身にまとっている。
「遊んでないもん。ちゃんと〝配達屋〟の仕事してきただけだもん」
「遅くなったのは、こいつがいつものように方向音痴を発揮して迷っていたからです。ついでに、人相の良くないのにも絡まれたのが原因ですが」
「ちょっと、全部私のせい? 絡まれたのは、私のせいじゃないし」
リリアとヴァレールの会話から、いつものことか、と大体を察し、ビョルンはげんなりした。
「もう、いい。わかった。とりあえず、リリア、お前は歩き回る前に人に道を訊け」
三人が乗り込んだ幌馬車は標準よりも大きい作りで、御者台に三人が座れるほどだ。二頭立ての馬車は街中ではとても目立ち、周囲の視線を集めている。
「で、途中まで一緒に来たあの坊ちゃんは何者だ?」
「町の警備兵の少年です。腕も立つのか、面倒な連中を追い払ってくれました。おかげで、たいした騒ぎにもならずに済みました」
「じゃあ、抜刀はしてないな。さすがに、入国早々、刃傷沙汰は面倒くせぇからな」
彼らの腰のストールの下には剣が隠されていた。職業上、危険から身を守る必要があるため、常に帯剣しているのだ。ただ、おおっぴらに帯剣していると、それはそれで面倒ごと(主に警備兵と)が増えるため、ストールを巻いて隠しているのだ。ちなみにリリアのストールの下にはなにもない。彼女に武器を持たせるくらいなら、わき目も振らずに、いくらでもヴァレールが護衛としてついて回るだろう。
「おう、買出しご苦労さん」
進んでいた馬車は、市場の入り口で新たに一組の男女を拾いあげた。幌の中に乗り込んだ二人組の女性は、目を輝かせている。
「やっぱり、ブレマンの織物は最高よね! 糸ももちろん、織り目の美しさといったら! これはぜひとも、大量に仕入れておきたいわぁ」
買ってきた荷物を台の上に置き、両手を頬にあて、うっとりとした様子の美女。ウェーブのかかった豊かな金髪、ふっくらとした唇、出るところは出、くびれるところはしっかりとくびれた、均整の取れたプロポーションをしており、大変魅惑的な女性は、果たして年齢の測りかねる雰囲気も併せ持っていた。名をディアーヌというその女性の様子に、もう一人の青年が嘆息する。
「その類の生地、いくらすると思います? 確かに質の良い品々だとは思いますけどね。値段もそれなりなんですよ。今の我々には、あんな値段の張るものを大量に仕入れる余裕はありません」
中肉中背、薄茶色の髪を肩で切りそろえた、茶色の瞳の青年は、名をフランチェスコと言った。ヴァレールより幾分年上の二十代半ばの印象だが、実はビョルンの次に年長だ。
「でも、今度の興行は辺境伯家の依頼よ? それなりに収入が期待できるじゃない」
「金額交渉はこれからです。そこから、次の興行までの食費、滞在費、雑費など引いていくと、あまり無駄遣いはできません」
「無駄遣いじゃないわよ。衣装を作るためなんだから、立派に必要経費だわ」
フランチェスコとディアーヌはお互いに一歩も譲らず、笑顔で応酬しあっている。
「本当にあなたは浪費家ですね」
「フランてば、本当にケチよね」
「倹約家と言って欲しいですね」
フランチェスコはこの集団の金銭管理を一手に引き受けているため、日々節約に邁進し、よく言えば倹約家、悪く言えばケチである。しかし、フランチェスコが金にがめつい、いやしっかりしているので、取引先との交渉も、かなりこちらの言い値に近い金額で成立させることが可能であった。
反対に、ディアーヌは浪費家、ではないのだが、舞台用の衣装作りや化粧などを担当しているため、各地の名産の織物や貴金属品、化粧道具を見ると、「必要経費!」と言って衝動買いに走る傾向がある。質の良し悪しを見る目は確かなのだが、金額を気にせず仕入れようとするため、こうしてフランチェスコと時折、角を突き合わせるのである。
「布に関しては、フランとディアーヌで相談して決めろ。で、保存用の食料はどうだった?」
ビョルンは、いつも通りの二人のやり取りを軽く流し、品物を物色中のリリアの手元を覗きながら、買出し組に尋ねた。
「そうね、麦類はやっぱり高かったわね。一応、黒麦の焼きパンを買ったけど、それでもいつもの二倍以上の値段みたいだったわ。レイズル麦も黒麦と同じ。クタシー麦に関しては、ほとんど街の市場じゃ流通してないみたいね。菓子屋に並んでいる焼き菓子も、ほとんど黒麦やレイズル麦で作られているの」
「そのせいもあるのでしょうが、野菜類も値段が上がっているようです。麦類が手に入らないので、芋類で代用することが増えているみたいですね」
ディアーヌたちの報告を聞きながら、リリアも思い出して言った。
「そういえば、私たちを案内してくれた女の子も、お礼にお菓子をあげたら、すごく嬉しそうにしてた。服装からすると、そんなに苦しい家庭の子じゃなさそうだったけど。今の麦の状況じゃ、なかなかお家でもお菓子を作ってもらえないってことだよね」
このブレマン国は、隣国のフェディール王国に比べ、肥沃な土地には恵まれず、また乾燥した気候である。そのため、作物の育成はさほど良くなく、生産されているのは黒麦やレイズル麦などの悪環境に強い穀物がほとんどだ。
「やっぱりまた迷ったんですか? 方向音痴の人が配達というのは、間違ってると思いますよ。最初から、ヴァルに任せておけば良かったのでは?」
「そういえば、今日は『厄日』って言ってなかった? きっとまた絡まれたんでしょう?」
団員たちの発言を聞いたビョルンが考え込む横では、フランチェスコとディアーヌの二人に、心配と呆れが半々になった表情で質問攻めにあうリリアが答えに窮していた。
「ま、なんにしろ、この街には何日か滞在する予定だしな。保存食の仕入れは少し様子を見るか。宿屋の食事はあんまり期待できそうにないけどな」
「団長、許可が下りたようです」
いつの間にか馬車は、商業地区を通り過ぎ、辺境伯家の敷地にほど近い場所まで進んでいた。門の先には堅牢な壁が、木々に紛れて覗いている。
ビョルンはひとつ伸びをした。御者台から降りると、ヴァレールの隣に辺境伯家の使いと思われる青年が立っており、幌馬車の方をちらちら見ていた。
「悪いが、中身は企業秘密なんだ。興行をお楽しみにな」
大男のビョルンに突然声をかけられ、使いの青年はびっくりした様子だ。しかし、しどろもどろになりながらも一応の挨拶をし、その場から走り去った。
「なんだ? 中まで案内してくれるんじゃないのか?」
「団長の迫力に頭が真っ白になったんでしょう」
ヴァレールの呆れ顔に、ビョルンは面白くなさそうにふんっと鼻を鳴らす。
「館までの案内が仕事なら、途中で戻ってくるでしょう。……いつものことなんですから、団長もふてくされないでください」
「まったく、何もかもいつも通りってことだな。じゃあ、仕事を始めるとしようか」
ジョングルール、『リドル・ラム』一行は、辺境伯の館へと馬車を走らせ始めた。