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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第一幕 内緒の仕事
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内緒の仕事

「お姉ちゃん達、〝配達屋〟なの?」

「あー……。お願い、内緒にしてね」

 興味津々といった様子で目をキラキラさせるマルテに、リリアは困ったように答えた。

 この時代、国と国の行き来には証書が必要で、それは各町の役所や領主によって発行されていた。しかし、発行にはいくつか条件があった。そのほとんどは商人が品物の売買を行う場合や、他の国へ出稼ぎや修行に行く場合に限られており、庶民がおいそれと手にいれることなど困難な代物だった。

 荷物や手紙も然り。人間の行き来以上に厳しく取り締まりが行われ、個人レベルでの私信や物品のやり取りなど不可能に等しかった。

 王侯貴族の書簡などは簡単に国境を越えることが可能であったが、一般民衆においては、不正な売買や密書の横行を防ぐことを目的に厳しく監査され、ほとんどなかったと言ってもいい。つまり、出稼ぎや修行のために他国や、たとえ自国内でも遠く離れた地域に家族や恋人が行ってしまった場合、連絡を取る手段がなかったのだ。

 しかし、近年個人レベルでの手紙のやり取りを行ってくれる〝配達屋〟という存在が、人々の間で噂になっていた。

 ただし、どこの誰がそうなのか、どの地域にいるのか、詳細については全く不明であった。当たり前と言えば当たり前の話で、許可証もなしにそんなやり取りが行われていることがばれると、〝配達屋〟だけでなく、その依頼人や受取人も処罰の対象になるのだから。

「マルテのお手紙は届けてくれる?」

「依頼する人全員の思いを届けられるわけじゃないんだ。依頼されても届けるまでに時間がかかってしまうことも多い。すまないが……」

「そっかぁ……」

 ヴァレールは幼い少女の目線までしゃがみ込み、残念そうに下を向くその頭を優しくなでた。ヴァレールの横にリリアも腰を落とし、焼き菓子の袋を差し出した。

「せっかく協力してくれたのにごめんね。このお菓子。受け取ってもらえる?」

「いいの? ありがとう!」

 マルテは顔を輝かせて袋を受け取り、二人に手を振りながら、もと来た道を走っていった。

 二人は手を振り返しながら、少女が帰っていくのを見届け、商業区画を歩き出した。

「あ!」

「どうした?」

「……道がわかんない」

「ここまで来れば、俺が大体覚えている。本当にお前の方向音痴ときたら……」

「おい。そこのお二人さん」

 別方向からかかった声はマルテのような可愛らしさはなく、やや下卑た男のそれに、二人は振り返らず、しかし目を合わせ頷きあい、声が聞こえなかったかのようにそのまま歩き続けた。

「おい! お前ら、聞こえてんだろ! 止まれよ!」

 声の主は二人にかまって欲しかったようで、無視されたにもかかわらず、大声を上げながら近づいてきた。さすがにこれ以上は無視できないと判断し、二人が振り向くと、目の前には人相のあまり良くない男たちが五人ほど。

「やっぱり、今日は厄日だ……」

 リリアがため息をついた。

「お前ら、よそから来たんだろ。街の案内してやるよ。兄ちゃんは美人だし、嬢ちゃんの方はなんだか変わってっけど、顔はまあ、みられないこともないし、一緒に遊ぼうぜ」

 実は、この二人、服装は簡素であるものの、外見が大変特徴的であった。

ヴァレールは、長身細身で、長く伸ばされた金髪に緑の瞳を持ち、顔の造作はその辺の美人よりも綺麗なのだった。

 対するリリアは、男たちの台詞通り、顔は一般的、はっきり言えば十人並みである。しかし、髪と瞳の色がとても人目を引く少女であった。

 ブレマン国を始めとして、周辺各国でも見られない灰色の髪。やや薄汚れた印象がある髪の毛を、スカーフで一つにまとめて背中に垂らしている。青い瞳は、海を隔てた遠くの国々ではよく見られるらしい。しかし、澄んだ空のように、曇りのない色をしているリリアの瞳は、この周辺地域ではやや異質に感じられるのだ。

 少々目立つ容姿をしている二人に、旅先で声をかけてくる人間は少ない。明らかに余所者だとわかる二人に、それでも声をかけてくる人間は二種類。先程のマルテのような子どもが好奇心で近寄ってくるか、この男たちのように、いかがわしいことが目的であるか。

 特に、ヴァレールが見方によっては女っぽく見えてしまうため、自分たちでどうにかできると思った無頼な輩に絡まれることも少なくなかった。絡まれることに慣れている二人はため息をついて、目の前の男たちを無視して会話を続行していた。

「お前のせいだぞ」

「なんでよ」

「厄日ってわかっていたなら、外出するな。もしくは俺を待て」

「だって、早く届けてあげたいじゃない」

「それに道に迷わなければ、こういう手合いに会うこともなく、まっすぐ団長たちに合流できたと思うんだけどな」

「それは、私のせいっていうよりも……、道がさぁ、入り組みすぎっていうか……」

 自分たちを無視して続行される会話に、男たちが苛立った様子で近づいてきた。

「ごちゃごちゃうるせぇよ。ほら、行こうぜ」

 中の一人がリリアの腕を取った。彼女はその行為に表情を固まらせた。

しかし、その途端、「ぎゃあっ!」と、声が上がった。ヴァレールが、男の一人の腕を捻り上げたのだ。

「おい! てめぇ、なにすんだ!」

「『何すんだ』は、こっちの台詞だ。不潔な手で触らないでもらえるか」

 一見、非力そうに見えた優男に簡単に捻られたのが信じられなかったのか、ばい菌扱いがプライドに触ったのか、はたまた両方か、男たちは表情からニヤつきを取り去った。

「人をばい菌扱いかよ……! はっ! だったら、こいつのこの髪の色はなんだよ! 汚ねぇのはそっちだろ」

 髪のことを言われた一瞬、少女の顔色がゆがんだ。しかし、それは本当に一瞬のことで、その表情の変化に気づいたのは少女の連れの青年だけであったろう。取り囲まれた形になり、リリアは男たちを睨みつけていた。

「汚いっていうなら、わざわざからまないで!」

「困ってるようだから、優しく案内してやろうとしたんだろうが。抵抗しないで、こっちに来い!」

ヴァレールは腰のストールに右手を寄せ、小声で、

「あまり騒ぎは大きくしたくなかったんだが……」

と呟いた。

 日中の商業地区のため、人通りは決して少なくない。しかし、それは大通りに限っての話だ。住宅の密集する裏路地は、人気はほとんどない。それもそのはず、住人は表に立ち並ぶ店で働いているのだから。日中の人目のある場所で喧嘩沙汰にでもなれば、すぐさま警備兵が飛んでくるのだろうが、人のいない場所を見回る警備兵は普通いない。

「何してるんだ?」

 新たな声の持ち主は、警備兵のものと思われる制服を着た少年だった。濃い赤茶色の髪は短く、茶色の瞳には負けん気の強そうな光を宿している少年は、抜刀こそしていないものの帯剣しており、こちらをじろじろと見ている。年の頃はリリアと同じくらいだろうか、着崩された制服は清潔そうだ。

「お前ら、この前も騒ぎ起してなかったか? また、やられたいならやるぞ」

 そう言って、少年は両手の拳を握った。

「まだ、なんにもしてねぇよ」

「ああ、もう行こうぜ」

男たちは少年と以前にやり合って、何度か痛い目にあっているのだろう。早々に引き上げていった。

「助かった。感謝する」

 腰のストールから右手を離したヴァレールが、少年に向かって礼を言った。

「なんともなくてよかったよ」

 少年はそう言うと、にかっと歯を見せて笑う。その邪気のない笑顔は、彼をやや幼く見せた。

「とりあえず、行き先まで送るよ。また、あんなのに絡まれないとも限らないし」

「この街の警備兵の人?」

「そう。市街の見回りが主でさ。さっきの連中、この間も騒ぎを起こしてたから、気を付けるようにはしてたんだけど、よそから来た人たちに早々に迷惑かけてすまないな。二人は町に到着したばかりなのか?」

「ほんの数刻前に」

 そして、到着早々に知らない街に繰り出して迷子になったリリアに、ヴァレールは白い眼を向けるが、向けられたリリアは明後日の方向を向いている。

「それならこんな住宅ばっかの場所じゃなくて、商業地区の店通りに行った方が楽しいんじゃないか? この町は流通が盛んだから、面白い商品もたくさんあるよ」

 このグリムデル地方は、フェディール王国とブレマン国の領境だ。貿易の要の地として栄える町には、国中から様々な品物が集まる。美味しいものも、手の込んだ品物もたくさんある。

「観光、じゃないのか? 旅人、だよな。仕事で来たのか?」

だとしたら、なおさらなぜこのような場所にいるのかと怪訝な顔になる少年に、リリアは慌てる。

(警備隊に正体知られたらトンデモないことに!)

「グリムデル辺境伯家って、どこにあるか知らない?」

「グリムデル辺境伯家? ……場所聞いてどうするの?」

 怪訝さに不信感を足した少年の声に、リリアは更に焦りを募らせ、口を開こうとした瞬間に横腹に衝撃を受ける。

「リムデル辺境伯と言えば、代々この地を守護してきた家柄だからな。屋敷も壮麗だと聞いている。町の警備兵とは別に、兵隊を抱えているらしいし、敷地も相当広いらしいな」

「……観光がてら、屋敷見物ってこと? まあ、別に止めはしないけど……」

(なに、すんのよ!?)

(お前は少し黙ってろ!)

 迷子になるわ、余計なことをくっちゃべるわ、変に目を付けられると困る立場だと、絶対に理解していないと思いたくなる。軽挙妄動は慎むようにと言っているのに、なかなか実践されない。

「そういえば、二人とも名前は? 来たばかりなら、俺が町の中、案内しようか?」

 親切に申し出てくれた少年に、二人は顔を見合わせた。

「私はリリア。よろしく。気にしてくれてありがとう。でも、大丈夫」

「ヴァレールだ。ありがたい申し出だが、そちらも仕事があるだろう。こちらのことは気にしなくて構わない。物見がてら、適当に観て回るさ」

「気にすんなって! 迷子の保護も仕事のうちだし! 町に来てくれたなら、いいところ見て行って欲しいしな」

 邪気を感じさせない笑顔に、しかし二人は言葉を濁す。

(誰が迷子だ! お前のせいだろう!)

(だって、しょうがないでしょう! あの地図、分かりにくいのよ)

(そういうセリフは一度でも正しく地図を読めてから言え)

「おい! てめぇら! いつまで遊んでる! 遅ぇぞ!」

 突然、怒号が聞こえてきた。よく通る声は、大通りの向こうから。大きな幌馬車と、いかつい大男の姿にリリアとヴァレールの二人は、焦りながら走り出した。

「うわ! やばいっ」

「走るぞ」

「ありがとう!」

 助けてもらったお礼を残してかけていくリリアの背中を、アルプレヒトは呆気にとられたまま見送った。


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