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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第五幕 濃夜に沈む
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きみと僕

「以前戦場でお見掛けして以来、私とあなたの違いについてよく考えるんですよ」

 自分と彼の違いは何だろう。

 自分と彼は同い年。生まれ月が数か月異なる程度。

 自分も彼も長男だ。家督を継ぐことは決まっている。

 自分も彼も優秀であると周囲が認めている。物心ついた時から、国内有数の教師がついていた。

 自分も彼も剣の腕が立つ。それこそ、地位に関係なく、そこらの騎士程度には負けない。

 見目も麗しい。自分の周りも彼の周りも慕い寄る女性は多い。立ち居振る舞いも洗練されている。お互いに生まれた時から、貴族として相応の振る舞いを要求されてきた。

「それで思ったんですよ。持ちうる権力の差ではないかと」

 自分と彼との違い。自分は辺境伯家の跡取り、対する彼は一国の王子だ。しかも、国力が異なる。動かせる力の範囲、そして持つ力の強さが違う。だからこそ――。

「同じことをしても、あなたの方がより称賛を浴びるんです」

 峠を一つ越えただけの隣の国。似ているからこそ比較して。

 最初は噂を耳にし、仲間がいるような気持になった。何度もその評判を聞くうちに、「いつかは自分も」と思うようになった。

 実際に彼を目の当たりにしたときには、その差に衝撃を受けた。

 国内でこそ、ウラール帝国との小競り合いの結果は、称賛されるものだった。しかし、国単位で比べれば、フェディールの被害の方が少なかった。

「だから、思ったんですよ。同じ権力、もしくは私が本来持つ権力を持てば、あなたと同等になれると」

 そのためには、軍の強化と家督の相続が必要だった。幸い、ウラール帝国との戦が、彼の地との取引を行うきっかけになった。

 父親は正直、邪魔でしかなかった。目の前の欲に踊らされる愚か者。国の仕事も早々にベネディクトへと押しつけ、遊興にふけることも多かった。さっさと引退してもらおうと思ったが、それなら都合の悪い事をすべて請け負ってもらおうと考えた。

「弟は父に似たんですよ。古ぼけた伝承などに飛びつくあたり、そっくりだ。アルプレヒトが、シルウァスに遣いを送れと言ってきた時にはやはり『あの親にしてこの子あり』だと笑ってしまいましたよ」

 このブレマン国は土の民を祖先に持つ。しかし、その伝承など、たかが言い伝え。それを信じ、あまつさえ呪いにまで手を出すなど愚かにもほどがある。たまたま、旱魃がうまく起こってくれたため、これ幸いと利用させてもらった。

 弟はいてもいなくても一緒だった。幼いころから、兄の真似事ばかり。しかし、凡人で、ベネディクトには決して追いつけない。それなのに、一人前の顔をして領民のことばかり気にする。

 シルウァス島を軽んじるつもりはさらさらない。かの地の巫女たちの力は“本物”だ。しかし、それをあてにするには権力と財力と時間が必要なのだ。たかが領民に、そんな莫大な費用をかけるのは、あまりにもばかげている。

 周囲には、いつの間にか兵士が増えていた。いや、正規の兵士の数は変わっていない。武装した黒づくめの男たちが増えていたのだ。その手には、異国のものとわかる武器が握られていた。

 弟や父親の愚かさをあざ笑う兄の顔は、アルプレヒトが今まで見たことのないものだ。いったいこれは誰だ。今までの兄はどこへ行ったのだろう。

 アルプレヒトは自分の目と耳が、意識から離されたような不思議な感覚を味わう。

「なるほど。つまり、私に『勝ちたかった』と。貴殿が先ほど『力があれば負けない』と言っていたのはこのことか。そのために、肉親まで排除しようとは」

 そのフィリップの言葉に、ベネディクトは不快感を示す。

「私ではご自分に敵わないとでも? あなただって権力を振りかざして、周囲を思い通りに動かしている。私も自分で手に入れたものを、思った通りに動かそうと考えただけだ」

 そう言ってベネディクトは警備隊長に視線を走らせる。問題が起こったとはいえ、他国の、しかも領主が束ねる警備兵を、より強い権力で思い通りに動かした人間に非難されたくはない。

「わ、私は! フィルドヴィクス殿下に言われたから辺境伯家の捜索をしたのではありません! 旅芸人が辺境伯家の次男殿を訪ねて以降、行方知れずになったと届けがでておりました。また、部下の一人が陰謀に巻き込まれたと情報があったため、事の次第を至急解明するためにお伺いしたのです!」

 鋭い視線に臆しながらも、決して他国の権力の言いなりになったわけではないと、警備隊長ははっきりと告げた。その言葉に、アルプレヒトは大きく目を見開いた。

「君は解任だ。今後は他の者を隊長を任命する」

 警備隊長が懸命に告げた内容には全く耳を貸さず、あっさりと切り捨てる台詞を吐き、ベネディクトはフィリップに向き直る。

「フィリップ殿下、取引をしませんか。父の遺体を置いて、ここから立ち去っていただければ、私も貴国の領土には立ち入らないことを約束いたします。周囲の兵士たちも引かせましょう。みだりにお怪我をされたくはないでしょう?」

「事の始末はどうつけるつもりだ?」

「諸々の実行は父が行ったことです。そのまま責任を負って頂きますよ。あとは――」

 ベネディクトは周囲を見回し、『リドル・ラム』を見ながら言った。

「盗賊行為については、そこの卑しい身分の大道芸人に負って頂きましょう。彼らがごろつきどもと関わっていたのは、町の人間も良く知っている」

 フィリップは彼らと付き合いがあるようだが、所詮は一介の大道芸人たちだ。パトロンとして何がしかの援助をする見返りに協力をさせているのだろうが、彼の手足となる人間はいくらでもいる。数名の根なし草が消えたところで、別段、困ることもなかろう、とベネディクトは言う。

「身分卑しい大道芸人? そんな人間がどこにいるんだ?」

 平然と疑問を投げかけるフィリップに、ベネディクトは訝る表情を向けた。

それまで黙って武装集団を威嚇していたビョルンは嘆息し、腰のストールを外した。そこにはフェディール王国の紋章である赤と白の薔薇が刺繍され、ビョルンはその紋章が見えるようにストールをまとい直し、剣の鞘を掲げて見せた。

「フェディール王国近衛隊騎士長、ビョルン・ベルナドッテだ」

「同じく、王国軍近衛隊副隊長ヴァレール・カリエール・ド・デュルフェ」

 ヴァレールもビョルンと同じようにストールをまとい、名乗りを上げた。二人の持つ剣の鞘には、フェディール王国軍の象徴である獅子の横顔が刻まれていた。

「私たちに罪を被せることができなくて、残念だったわね」

 ディアーヌとフランチェスコも同様に、裏返したストールを身につけている。いつの間にか、警備隊長は二人の背後でかくまわれていた。

 アルプレヒトはあまりのことに声も出せず、突っ立っていることしかできない。

「ベネディクト・グリムデル、およびその配下を輸出品強奪の現行犯として捕縛せよ!」

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