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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第五幕 濃夜に沈む
33/38

転換点

 この期に及んでも、一連の事件はすべて辺境伯個人によるものだというベネディクト。さらには『リドル・ラム』を犯罪者とし、追加の武器を寄こさないマリスにすら敵意を向ける。

「兄上、俺が『リドル・ラム』に旱魃をどうにかしてほしくて依頼したのが始まりなんだよ。彼らは手を貸してくれていただけだ。誤解だよ!」

 しかし、ベネディクトはアルプレヒトに見向きもしない。その様子は父親と何ら変わらない。

「ああ、剣ね。五十なんていう本数は、さすがにこの短期間では用意するのは難しかったですが、半分はちゃーんとご用意させて頂きましたよ」

 にっこりと商人用の笑顔に戻ったマリスは後方を示す。示された先には、しかし荷は一切見当たらず、ベネディクトは不機嫌な視線を送る。

「どこに荷が? 先ほどから変な言いがかりをつけたり、無礼な口をきいたり、これ以上侮辱するのであれば、いくら他国の人間でも容赦するつもりは――」

「よくご覧ください」

 言い募ろうとしたベネディクトの耳に、馬の蹄の音が響いた。しかも、一頭や二頭ではない。

 呆気に取られているベネディクトや周りの兵たちの前に、数十騎の騎士たちが隊列を乱さず並んだ。松明に照らされる銀色の鎧はマリスのものと同じ。

「これは一体…。私は、剣を――」

「ええ、間違いなく二十五本。どうぞ、数えてご確認ください」

 つまり、二十五名の兵がいるということらしい。

 さすがにベネディクトは絶句していた。確かに早々にと注文を付けたのは自分だが、あまりにも想定外の用意のされ方だ。

「こちらとしても、国境でこれ以上好き勝手されるのを眺めているのもごめんだしな。そろそろ事を収めたいんだ」

 そういうとマリスは抜刀した剣の切っ先をベネディクトに向ける。

「ベネディクト・フォン・グリムデル。ミレー峠での盗賊行為、およびフェディール王国への侵攻疑いにより、貴公の身柄を拘束する」

「何の権限があって、貴様が! 何様のつもりだ!」

 マリスの宣言、そして銀の騎士たちから溢れる殺気にベネディクトは目に見えて激昂していた。

「盗賊行為? 何を証拠に私を捕えるつもりだ! 父の仕業だと言っている!」

「一連のはな。ただ、“今回”の分に関してはなあ」

「今回?」

「お待たせ!」

 ベネディクトが眉根を寄せたその時、ディアーヌが現れた。夜の山道を馬を駆ってくるには相当な腕が必要のはずだが、それだけでなく背後には警備隊の隊長を連れている。よほど飛ばしてきたのだろうか、息が上がっている。

「恐れながら、申し上げます! グリムデル辺境伯家敷地内より、盗賊に奪われた荷を発見いたしました! 荷は昨日、ベネディクトより運び込む指示が下されたと辺境伯家の使用人たちより証言も取れています!」

 馬から降りた警備隊長はその場に片膝をつき、声を震わせながらも周囲に聞こえるように奏上した。彼はベネディクトを告発することへの恐怖と、目の前の人物への畏敬の念とで心底緊張していた。普通であれば、直接目通りの叶う相手ではない。

「一体、何のことだ…? 私は、確かに荷物を運び込むよう指示したが、あれは別の筋から非常用にと、取り寄せた小麦だ。それを盗賊行為だなどと!」

 ベネディクトの抗議の声に、しかし警備隊長は当惑したような顔を向ける。その顔に、ベネディクトが今度は困惑する。マリスは馬上から警備隊長に声をかける。

「警備隊長殿、貴殿が発見したものについて教えてくれないか」

「はっ! 恐れながら申し上げます。その、私が、発見したのは、その、リンゴでした」

「…り、リンゴ?」

「はい、あの、すべてに『フェディール産』と文字が彫られた、リンゴ、です…」

 最後は尻すぼみになる声とは対照的に、笑いをこらえるようなマリスの言葉が続く。

「先ほど、『荷を間違えた』と言っただろう。小麦を送るはずが、リンゴを送ってしまってね。それにしても、そのリンゴがどうして辺境伯家にあるんだか。しかも、貴殿はなぜ見つかったものが小麦だと思ったんだ?」

「なーにが『間違った』だよ。わざわざ、一つ一つ丁寧に文字を掘りやがって。最初っから嵌める気満々じゃねえか」

「だから『性格が悪い』って言われるんですよね」

「もう大変だったのよ。警備隊に事情を説明するのも、辺境伯家の使用人たちを説得するのも。殿下の書状が遅いから」

「では、団長は一度ディアーヌに書状を届けてからこちらにいらしたんですか。だから、遅くなったのですね」

「お前ら、うるさいぞ」

 口の端を引くつかせながら、マリスは団員たちを見やる。この状況でまったく緊迫感がない連中だ。

 一方リリアは、アルプレヒトを支えていた。目の前で何が起こっているか理解できていない少年が、茫然自失の状態なのは一見して明らかだ。

 マリスは視線を外し、背後に控える騎士の一人に合図を送る。ベネディクトを捕えようとその目の前に進み出たが、ベネディクトが一閃させた刃に数歩後退せざるを得なかった。

「誰に向かって物を言っている! 私はグリムデル辺境伯家次期当主、そしてブレマン国統括軍師団長だぞ! 貴様、誰の許しを得て、邸内を探った!?」

 その言葉に、ベネディクトの部下数人が警備隊長を拘束する。抜刀した兵に取り囲まれ、抵抗もできず警備隊長は体を強張らせる。

「兄上! もうやめてくれ!」

 アルプレヒトは叫び声を上げた。兄に駆け寄ろうとするが、うまく力も入らないようでビョルンとヴァレールに阻まれ、その腕に縋り付くようにへたり込んでしまった。

「理由なんか知らない! でも、父上も兄上もなんで周りを見ないんだよ! 町の人間が、村の人たちがものすごく困ってるんだよ! 安心して生活を送れるようにするのが、領主の務めだろう! その責任を放置して何してるんだよ!」

「周りが見えていないのはお前だろう」

 ベネディクトの声は冷たく、これまで弟に見せていたような優し気な表情は一切姿を消していた。

「今のブレマン国の状態を知っているか? 王を掲げてはいるものの、諸侯が力を持ち、お互いに牽制しあっている状態だ。加えて、職人たちが強く、一部の小領主などは組合の力に劣ることもある。国土も乏しく、手にできる食料とて天候に簡単に左右される。しかし、隣国のフェディールは違う。王家の絶大なる力、統率された軍隊、豊かな土地。ああならなければ、民の生活など保障できないのだ」

「だから? だからなんだよ! 強い国にならなきゃいけないから、今困っている人がでてもいいって言うのか!?」

「軍の力を上げ、国を一つに統率すれば負けない! そのために、武器が必要なんだ」

「『負けない』って、兄上は、何と戦うんだよ? 戦って誰を負かしたいんだよ?」

「その集めた武器で我が国を侵攻でもするつもりか?」

「そう、ミレー峠を越え、領地を得れば――、『わが国』?」

 兄弟の言い争いの中、割って入った声にベネディクトは首を傾げる。視線の先には声の主、マリスが大きなため息をついていた。

「兄弟喧嘩は後でやってくれ。ビョルン、聞いたな」

「おー、『ミレー峠を越えて、領地を得る』って言ってたな」

「しかと、この耳で」

 ビョルンとヴァレールはそれぞれの立ち位置から、マリスに同意する。ビョルンはいつの間にか、警備隊長を囲んでいた兵士を叩きのめしている。

「彼には、私が命じた。領土に侵攻される危険があるから、と書状も作った。ああ、ちなみにブレマン国王へも早馬を飛ばしているから、貴殿の勝手な軍備強化もばれるぞ」

「国王だと!? 貴様何者だ? 一介の商人ごときにそんなことができるわけが――」

「商人じゃないからな。私の名は、フィリップ・マリユス・ド・フィルドヴィクス。改めて、よろしく」

「えええー!」

 ベネディクトの言葉を遮り、名乗ったマリス改めフィリップに、それまで兄を泣きそうな顔で睨み続けていたアルプレヒトが素っ頓狂な叫び声を上げた。

(え、フィルドヴィクスって、フェディール王家の、だって、フィリップって!)

 フェディール王国の王位継承権第一位の〝黄金の獅子〟。兄と同い年の、将来の名君の呼び声も高い王子。憧れの存在の人。目標なんておこがましい。兄にすら追い付けない自分は、ただただ憧憬の念を抱くだけだった。その人が目の前にいた。

「ははは。なるほど、そうか、そういうことですか」

 ベネディクトは笑っていた。なんてことはない。自分より権力を持つ人間がいただけだ。そうであれば簡単に警備隊長が動いたのも納得だ。

 『マリス』に会った時、どこかで見た気がしたのも当然。ウラール帝国との戦役の際に、フェディール軍の統率をしていたのが彼だ。じっくり挨拶する機会はなく、形式的にすれ違う程度に挨拶をした程度。しかもこちらが身分が下のため、ほとんど頭を垂れていたのだ。じっくりと顔を見ることは叶わなかった。

「あなたが、邪魔しに来られたとは。なんとも皮肉なものだ」

 呟くような言葉が届いたのは、フィリップだけ。しかし、一切表情を変えない王子に、ベネディクトは語り掛けた。

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