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群青の配達屋  作者: 大咲六花
第五幕 濃夜に沈む
32/38

闇夜は更けゆく

 そう言って、ベネディクトは持っていた剣をアルプレヒトの足元に放り投げた。血に濡れたそれは、たいまつの火に照らされて、ぬめりを帯びて光っていた。

「父は辺境伯家を裏切った。裏切者には死を持って償っていただく。アルプレヒト、お前が決着をつけろ」

 淡々とした兄の声に、アルプレヒトは混乱する。目の前には、血に光る刃と顔面蒼白の父親。裏切者? 頭は混乱して真っ白だが、体はゆっくりと剣を拾い上げていた。両手で握りしめると、ずしりとその重さを感じる。そのまま、剣先を父親に向けると、これまで見たことのない父親の顔が目に入る。これは誰だ?

「俺は…」 

「アルプレヒト! ダメ!」

 背中から体当たりされたアルプレヒトは、思わず顔から地面へと倒れこんだ。バランスを崩した拍子に、剣は明後日の方向へ飛んでいく。

「何やってるのよ! なんで言われた通りに動いちゃうの? ちょっと冷静になってよ!」

「混乱しているのはわかるが、それなら下手に動かないで欲しい」

 涙を交えた声のリリアがアルプレヒトの背に覆いかぶさっている。背後には、いつの間にか、抜刀したヴァレールが周囲の兵を牽制していた。

「ひい! 誰か、誰でもいいから助けろ!」

「うーん、どっちかというと、あなたを救いに来たんですけどね」

 緊張感に乏しい声に振り返ると、フランチェスコが兵士から辺境伯を奪取していた。いつやってきたのか、気づかれないうちに騒ぎの中心に姿を現していた。その細腕からは想像できないが、辺境伯が身動き取れない程度に拘束しつつ、かつ兵士の刃からも絶妙に間を取っている。

「また、仲間が増えたのか」

 ため息をついたベネディクトは、右手を挙げた。その動作に周囲の兵士たちが辺境伯に向かって抜刀し、一斉に間を詰めた。フランチェスコは辺境伯をかばいつつ、腰から抜き取った短剣を構える。ヴァレールも駆け出そうとした瞬間。

 とすっ。

 辺境伯の胸から矢が生えていた。

「っがは!」

 息をしようとするが失敗したのか、そのまま辺境伯は地面に倒れた。寸の間、痙攣していたが、その体はすぐに動きを止めた。木の陰に隠れて弓を構えた兵士を確認したフランチェスコは再度放たれた矢を、短剣で薙ぎ払い、リリアたちのもとへ駆け寄った。

「すみません!」

「あれは予想外だ! しかし、この状況まずいな」

 ヴァレールは放心状態のアルプレヒトを無理やり立たせたリリアともども、フランチェスコと二人で背にかばう。

 向かい合う兵士たちは数十人。鎧姿から、辺境伯家の抱える騎士たちのはずだ。それなりの手練れがそろっているに違いない。フランチェスコも腕は立つが、獲物が短剣だけでは心もとなかった。

 視線の合わないアルプレヒト、戦力として頭数に入らないリリア、倒れた辺境伯……。

(どうする!?)

「おう! 待たせたな」

 突如聞こえてきた声に、全員が視線を奪われた。

 馬上から飛び降りたビョルンは、そのままの勢いで大剣を振り回し、周囲の兵を一掃する。見れば、すでに木陰にいた弓兵はそこかしこに倒れていた。周囲がたじろぐのを気にも留めず、悠々と倒れている辺境伯に近づき、その肩に担ぎあげた。

「団長! 遅いですよ!」

「悪い悪い。峠を超えるのに、思ったよりも時間がかかっちまってな。こりゃあ、一足遅かったようだな」

「おい! 父をどうするつもりだ!? お前たちが――」

 声荒げたベネディクトは、しかしその目を大きく見開く。

「おやおや、これは一体どういうことです?」

「マリス殿――。あなたが、なぜここに……?」

「こちらの行き違いで、以前送った荷を取り違えてしまいまして。先方にご迷惑をお掛けするので、回収に来たんですよ」

 仕事をミスったという割には呑気な声で、マリスが姿を現す。

緊張感に包まれていた場は、寸の間時間を止めた。マリスの装束は以前とは違い、その身は銀色の鎧に包まれていた。立派な躯体の青毛の馬に騎乗した姿は、とても商人には見えない。

「こんな夜中に、皆さん、どうされたんです?」

「『盗賊が出た』と連絡を受けたので来てみたのでだが、恥ずかしながら、私の父が関与していたようだ…。しかし、荷を取り返しにきたとは? 先日のオランデル商会の商隊は盗賊たちに襲われたと。今更遅いのでは?」

「そうなんです。でもねえ、奪われた荷の行き先が判明したんですよ」

「まさか! そんなわけ……」

「いえいえ、優秀な人間はいるものですね。盗賊たちが奪った荷はどこに行ったんだと思います? 不思議に思ってはいたんですよ。盗賊が商隊を狙う。商品をぶんどる。しかし、その商品が裏も表も含めて市場に流れている形跡はない。では、商品はどこかに隠されているのか」

 ニコニコと馬上から周囲を見渡すマリスに、ベネディクトは眉根を寄せる。

「最近、辺境伯家は物資が潤沢だそうで。これだけ市場に麦が出回らなくても、困っていないようでしたねえ」

「……辺境伯だった父が盗賊を雇った。その彼らが荷をわが家へ運んでいたのだろう。すべて父が原因だ」

 悲痛な表情でベネディクトはうなだれるが、その彼を見もせず「でもねえ」とマリスは続ける。

「すべての荷が辺境伯家に流れた。まあ、いいとしよう。しかし、辺境伯家だけで消費するにはさすがに多い。ではどうしたか」

 一度マリスは言葉を切るが、ベネディクトは黙ったままだ。マリスの口調が変化していることは注意が向いていないようだ。

「最近、辺境伯家では、宴が催されることが度々あった。また、辺境伯自ら周辺の領主のもとに出向いていた。その際には、大きな馬車で行き来していたことは大勢の領民が目撃している」

「父は領主たちに、奪ったクタシー麦を相場よりも高い値で売り付けていたのだろう。盗賊が横行し、旱魃も進み、麦が手に入るかどうか怪しくなっている状態であれば、ある程度高くても領主たちは喜んで言い値で買っただろう」

 悲壮な表情のベネディクトの言葉から、『リドル・ラム』が興行した宴会はその領主たちに麦を売り付ける場であったようだ。リリアはふと、並んでいた馬車がやけに大きかったことを思い出す。あれは来るときには大量の金貨を、帰りは購入した麦を積むためだったということだ。

「驚くほど儲かっただろうな。ほとんどタダ同然で手に入れたものだ。ごろつき達への支払いがあったとしても、たかが知れている。では、その金は?」

「…さあ、私には…」

「貴殿が家の収支を把握しているのは、既に知っているのだが。わざわざジョングルール程度の芸人への支払いすら、貴殿が立ち会っているというではないか。その上で尋ねている」

 表情は穏やかなのに、言葉は強い。マリスの変容にベネディクトはようやく気付く。威圧感すら感じさせるが、不思議と咎め立てする気にはならない。圧倒的に人の上に立つことになれた風格で、むしろこれまでが猫を被っていたのだと実感させられる。

「黙っているつもりであれば、まあいい。こちらはすでに辺境伯家がウラール帝国から武器を密輸入していた証拠も押さえている」

「なっ!? まさか、そんな…。父が盗賊で得た金でウラール帝国から武器を密輸入していたというのか!? そんなまさか…」

 驚きに目を見開き、肩を震わせるベネディクトの様子に、マリスはわざとらしく大きくため息をついた。

「ウラール帝国との武器取引の密書だが、貴殿のサインがあるのだが?」

 以前、ディアーヌが入手した書類を見せると、ベネディクトは眉根を寄せた。

「よくご覧になってから発言された方が良いのでは? 名前は父の――」

「名前はそうだが、この筆跡は貴殿の物だろう。辺境伯は悪筆で有名らしいな」

 マリスの手には、ウラール帝国との武器取引の証書、そして『リドル・ラム』への報酬支払の証書があった。そのどちらにも流麗な筆致でサインが書かれていた。

「代価受け取りの際のトラブル防止に書いて頂いてたものですが、こういう使い方もあるんですねえ」

 勉強になりますーと嘯くフランチェスコだが、ディアーヌが件の証書を手に入れた時に筆跡の確認のために早々にマリスに渡していたに違いなかった。

「つまり、うちでコソ泥を働きそれを手に入れたということか。名前が売れていても、やはりジョングルールだな。程度が知れる」

 そう吐き捨てたベネディクトの目は冷たかった。兄の様子が一変したことにアルプレヒトは恐る恐る顔を上げた。

「弟は簡単に騙されるからな。さぞ簡単に取り込めただろう。それで金目になりそうなものを漁っていたわけか。しかし、その証書がなんだというんだ」

「武器を大量に手に入れて、まさか慈善事業をするとでも? この地でこれほどの武器を準備していることがフェディールに知れたら、戦争になるのでは」

「だから、父を止めるために貴殿に剣を頼んだのだ。まさか、前払いの金だけ受け取って、知らない振りをするつもりではないだろう」

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